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1 幽閉令嬢、脱走をする。
この世界の誰しもが守護精を憑依させて生れてくるのは周知の事実だが、それは選ぶことができるわけではなく自分が持って生まれた髪の色や瞳の色のように決まっている。
と言うのは通説で、最近の学者の中にはある程度選択肢があると言う者もいる。
この守護精がいなければ人間は生きていけない事は今更確認するまでもないことだ。心臓や脳がないのに生きている人間などいないだろう。
息を吸って吐くのと同じように、守護精がいることでヒトは魔力を体に貯め過ぎず、“吐く”ことができるのだから。
それらは守護降ろしの儀にて実体化させることができるが、根本的な部分は宿主と繋がっており、離れていても一瞬で戻ることができる。
「戻す」とは体の中、もっと詳しく言えば宿主の精神的な部分に入り込むことである。
多くの人が日常的にこの状態であるからその感覚はよくわかるだろう。
もう一つ「融合」は守護精の力の一部を宿主に憑依させ、見た目にも変化を与える。合体と言った方が分かりやすいかもしれない。
これは主に特殊な力を持った守護精や、見た目の好ましい守護精の宿主が行うのであって、あまり体験した者は多くないかもしれない。
そしてほとんどの守護精は宿主の生命を維持する「器官」であり、特別な力を付与することはない。
この力の差がどこから来るものなのかは詳しくはわかっていないが。
多くの場合守護精は小動物の形を取るが、貴族、果ては王族ともなれば大型動物のみならず、幻獣を持つこともある。
例えば16歳になり旅立ちの儀に出たこの国の第一王子は、幻獣クラスで炎を操る最高種、プロミテウス種のドラゴンだ。
ここまで伝説級に強い守護精でないにしろ、高位貴族ともなれば強力な、或いは優美な動物や幻獣であることも珍しくない。
侯爵令嬢の一人マリアンネは強力な守護精ではないが、白鳥は優美で美しい。癒しの力を持ち、天使と謳われる彼女にはぴったりだろう。
だが妹のレジーナは…
不遇の守護精と言う他ない。
地位の高い侯爵家の令嬢が、足元に這いつくばるトカゲを連れて歩いているところを想像して欲しい。
誇りと家格だけは異様に高い侯爵家が、そんな守護精を持つ娘を許すはずないのは想像に難くないだろう。
「トカゲじゃないよ、ドラゴンだよ」
守護降ろしの儀で己の守護精を自覚したばかりのレジーナはそう言うが、誰がどう見てもその姿は小型の火のトカゲ、フレイムリザード。翼でもあれば確かにドラゴンに見えたかもしれないが、足元を這いまわるその姿はやはりドラゴンと言うよりトカゲだ。
不気味な爬虫類を連れる幼いレジーナは、守護精を確認する儀式が終わってすぐに領地の屋敷に幽閉され、病弱と言う設定が付けられた上で社交界から退場させられた。
レジーナにしてみればどうして突然家族から離れ、自分だけ領地の屋敷に、しかも鉄格子と鍵のついた部屋に閉じ込められたのかわからなかった。
それまで大事にしてくれていたはずの両親だけでなく、大人たちは皆残念そうな顔をしていた。
2歳上の姉は「あなたと私は違うんですって」と子供らしい残酷な態度に変わった。
社交のオフシーズンである夏になれば両親は屋敷に来たが、顔を合わせることはない。そんな中姉は時々やって来ては「トカゲの子」と蔑んでいった。
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