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四、領主の娘
「さぁ、ここが娘の部屋だ」
と、言われて、相手が領主ということを忘れて、さよは「嘘でしょ?」と声を上げた。
部屋の戸にがっちりとした大きな錠前がかかっていたからだ。本当にこの奥にこの人の子がいるの? こんなふうに子供を出られないようにするなんてどうかしてる!
「娘は時々暴れるのだ。しかし、実際のところ閉じ込められているのは我々の方かもしれない」
訳がわからない! さよは、領主を睨んだ。
「もう鍵なんてかけないでください」
領主は「わかった」と答え、南京錠を開ける。
おずおずと部屋に入ると、少女がこちらを向いて、見慣れない、背もたれのある腰掛けに座っていた。
「こんにちは」
目が見えないと聞いていたのに、少女はさよの目を見てニコリと微笑んだ。
「わ、嬉しい。あなたが新しい友達なのね。私は詩織。お名前は?」
「さよっていいます」
と答えつつ、目算で少女との距離を測っていた。詩織が立ち上がってもすぐには自分に手が届かない位置はどこか。さよは、山の中で獣に出くわした時のような緊張感を感じていた。
領主が出て行って部屋に詩織と二人きりになる。
「お嬢さんは平気なんですか」と聞くと、詩織は小首を傾げた。
「何が?」
「お部屋に閉じ込められて、辛いんじゃないかって……」
と、さよは言いかけ、絶句した。詩織がいつの間にか、鼻先がふれそうなくらい近くにいる!
「お前の息、臭いね。肉を食ったな」
言われた内容にかぁっと顔が熱くなる。あわてて口を手で覆う。まさか、お狐さまにも臭いって思われた?
「あ、当たり前です。山で暮らしてるから。畑はすぐ荒らされるから、罠を張って鹿とかウサギとか。食べなきゃ生きていけないもの。お嬢さんは肉なんて食べないかもしれないけど」
早口で言ったら、ものすごい力で手首を掴まれた。
「ゆるさない」
さよは、
「ぎゃっ」
と、悲鳴をあげた。詩織が肩にガブリと噛みついたのだ。詩織を突き飛ばして、血の噴き出る肩をかばいながら部屋の戸を開けようとするが、引いても押しても戸はぴくりともしない。
(鍵をかけられた!)と気づいて、領主の顔を頭に浮かべ、思い切り引っ叩きたくなる。
「わ、私を殺したら、旦那さまが許さないから!」
と、詩織に凄む。単なる強がりとそうだったらいいなという希望から。
お狐さまは私の言葉を聞いてくれた。あんなひとがそばに一生いてくれたらいいなぁと思ったのだ。
詩織が笑いの形に唇の両端を吊り上げる。
「狐の嫁取りなど生贄を誘い出す嘘。あの社の境内に置いて行かせた娘を、この館まで運んで私が喰っていたのよ」
「領主は? 領主さまは知っているの?」
「あの男はいまだに私を自分の娘と信じている。いや、信じたがっている」
「やだ! 来ないで」
このままでは喰われる! 隣村の子に起きたことが自分にも起こるのだ……。はるの話を思い出してさよは震え上がった。無事な方の腕を振り回すと、詩織の顔に当たった。詩織が片目をおさえる。彼女の手の下から白い頬をつたってドロリと黒い血が滴り落ちる。
「うう……右目が痛む。せっかく若い娘の目と交換してもすぐ腐る。どうして元に戻らない? 奴は私の子を殺し、この娘に食わせた。私は仕返しに娘を喰ってやった。あぁ、痛い、痛い。奴にやられた矢傷がまだ痛む」
うめいた詩織が顔から手をどける。現れた眼窩には眼球がなくなっていた。
「さぁ、お前の目をおくれ」
詩織が手を伸す。さよが恐怖に喉を震わせた時、
「やめよ」
部屋に別の誰かの声が響いた。
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