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それにしても、綺麗な顔立ち。艶のある黒髪に、すっと通った鼻筋。キリッと切長の眼は少し冷たい印象だけど。
空を仰ぐその横顔はまるで作り物のようだ。
きっとモテるだろうなぁ。
「ねぇ、ところでここ、どこ?」
「ここ? ってここか? 其方そのようなことも知らずに空から落ちていたのか?」
「はい。すいません」
「ふぅ。ここは黄尭だ」
「こうきょう?」
「あぁ。今其方が座り込んでいる土地も黄尭の領地だ」
「黄尭っていうのは、国の名前?」
「其方は変わった言葉を使うからな。私が言う『国』と其方が考える『国』が同一のものかどうかはわからぬが、『国』であることには違いはない」
「う、うん」
もう! 一つ一つの言葉が回りくどいよ。丁寧に説明をしてくれているみたいだけど、もう少しあっさり喋ってくれたらいいのに。
「貴方は誰?」
「ん? 名前を聞いているのか?」
あれ? 今空気が変わった。名前を聞くのはまずかったかな。
それまで親切に教えてくれていたのに、名前を聞いた途端にピリッとした空気が走る。
「えぇ」
「私に名前を聞く前に、自ら名乗るべきであろう?」
「そ、それもそうだね。私は相澤 遥香」
「アイ?」
「覚えづらい? そんなに変わった名前でもないんだけど」
「言いづらい。それは本名か?」
「そうだよ。どうして?」
「それほど簡単に本名を名乗るとは……」
「え? ダメなの?」
「ダメではない。だが、私の周りでは誰もやらぬだけだ」
「どうして?」
「どうって……名前を覚えられるではないか」
「良いじゃない」
「はぁぁああ」
何、この嫌なため息。名前聞くだけなのに、何でこんなやり取りしなきゃいけないの?
「其方の考えは私の考えとは大幅な乖離があるようだ。私は尚だ」
「尚? それだけ?」
「それだけで構わぬ。誰もが皆、私のことは尚と呼ぶ。其方に教えるべきもそれだけで良いであろう」
尚だけって。苗字? 名前? そもそもそういう区別のある世界なのかな? それに、何で名前覚えられちゃいけないの?
うーん。こういう時こそスマホが欲しいよぉ。
「もう良いな。そろそろ私は散歩に戻る。其方も自分の行くべきところへ行くが良い」
私が頭を悩ませてるうちに、尚の中では全てが終わってしまった様だ。さっきまで乗っていたバランスボールをどこからか取り出し、また器用に座る。
尚が座った途端にフワッとバランスボールが浮かび上がった。
えぇ?! そんな風に浮かぶの?
って違う違う! 置いていかれちゃう!
「ちょ、ちょっと待って!」
私は慌てて、バランスボールにしがみつこうとした。だが、ほんの少し腕の長さが足りなかったみたい。私の手がバランスボールに触る前に空を切る。
それを知ってか知らずか、尚はあっさり飛び立って行ってしまった。先程の様に散歩といえる速さじゃない。ツバメが飛んでいくかの様にサーっと飛んで行ったのだ。
「本当に置いていかれた。こんなところに。行くべきところって、どこよぉ!」
尚の最後のセリフが頭の中に響き渡る。空から突然落ちてきた私がこの世界で行くべきところって、どこにあるの?!
方角も、地図も、自分の居場所すら、スマホがなければわからない。
あの箱に頼りきって生きてきた私に、この世界はハードルが高すぎる。
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