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私が不審な顔をしていると、馬の手綱を引いていた男の人が馬車から降りてこちらへ近づいてきた。目の前に立たれるとかなり大柄な人。
怖い。ボザボサの髪の毛や伸びきった髭が余計に怖さを引き立てる。
「コンナトコロデドウシタンダ?」
どうしよう。やっぱり、わかんないよ。
「ナニヲヤッテイルンダ?」
何を言ってるかわからずに、混乱してる私に、その男の人が更に何かを言ってる。
何語? 日本語じゃない。でも、英語でもないよね。
「シャベレナイノカ?」
何も答えない私を見て、男の人の口調に苛立ちが混ざっているのがわかる。
嫌だ。怖いよ。
その後も男の人が私に向かって色々話しかけてくれる。だけど、やっぱり何を言ってるかわからなくて、しかも声は太くて低い男の声で、腕は筋肉がしっかりついていて、おまけに顔は髭がたっぷり。
現代日本ではあまり見かけないタイプの男の人に、街中の平凡な大学生だった私が見慣れてるわけもなく、とにかく怖い。
「あの……私……」
何とか口を開くけど、何を答えれば良いんだろう。何を聞かれてるかもわかんない。それに、私の言葉だって、通じないよね。
「ナニヲイッテル? コトバガツウジナイノカ?」
こんな草原にたった一人。着の身着のままの私は、どうしたって怪しいよね。
髭面の男の人の眉間には、どんどん深くシワが刻まれていって。
絶対、怪しまれてる。
でも、せっかくのこのチャンスを逃すわけにもいかない。また置いてきぼりにされて、独りぼっちになるなんてまっぴらだ。
どうやってでも、この人たちにしがみついていかなきゃ。
「トウサン、コワガラシテルヨ」
ぐっと唇を噛み締めて、男の人を目を見つめ直したその時、その後ろから男の子の声が聞こえた。
荷台から降りてきた彼は、私より少し身長が高くて、クリッとした目元が可愛い男の子。
髭面の男の人と同じ吸い込まれそうな深い緑色の瞳と、紺色の髪の毛がアニメの登場人物のようで、そんな彼が人懐っこい笑顔を、怪しさ抜群の私に振りまきながら、こっちに近づいてくる。
可愛い男の子と目の前の髭面男性は親子だろうか。瞳の色以外の共通点を探そうと顔を見比べてる私の目の前に、すいっと手が差し出された。
「ボクハリョク。ナマエナンテイウノ?」
身長の低い私と目線を合わせる様に、男の子は少しかがみ込んでくれる。
何て言ってるかわからない。
でも、これはさ。きっとね。
「わ、私遥香!」
初対面で、手を差し出しながら、言うことなんて名前でしょ。
言葉が通じない彼にも聞き取ってもらえる様に、せいいっぱい大声で、自分の名前を叫んだ。
「ワタシハルカ?」
ん? 今、はるかって聞こえた。何か変な言葉が引っ付いていた気がするけど、間違いなく『遥香』って言ったよね?
「そう……遥香! はるか!」
「ハル……カ?」
彼が繰り返す自分の名前に向けて、首が折れちゃうんじゃないかってぐらいの勢いで頷いた。
「ハルカ! ハルカ!」
彼が嬉しそうに何度も繰り返してくれることに、私まで嬉しくなって、心細さが一気に拭い去られて、目尻から涙が出て零れ落ちる。
全然知らない場所にたった独り。
そんな時に、見知らぬ男の子に向けられた笑顔に、心の底からほっとした。
「はるかナイテルノ? ドコカイタイ?」
泣いてる私を見て、男の子が心配そうな顔を向けてくる。
そうだよね。せっかく声をかけた相手が、突然泣きだしたりしたら、心配にもなるし、近づかないようにしようって、避けたくなっちゃうよね。
でも、どうしよう。涙が止まんない。
必死に目元を拭って、泣くのを止めようとすればするほど、目尻から伝い落ちる涙が止まらなくて。
やっと出会えたこの人たちを逃すわけにいかないのに。感情が言うことを聞いてくれない。
「コワガラセテゴメンネ。トウサン、アレデモコワクナイカラ」
泣きやまない私の頭を撫でるように、男の子の手が頭に触れる。仔猫を撫でるようなその手は、くすぐったいぐらい優しくて、心の中からじんわりと広がっていく温かなものに涙が拭われていく。
「もう、大丈夫」
何とか笑顔を作って、男の子に笑いかければ、彼の手がぴたりと止まり、彼の顔にも笑顔が浮かぶ。
一目見たときから、可愛い顔だと思った。
その彼の笑い顔は、一気に私の心を鷲掴みにする。破壊力、抜群だ。
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