十歳の男の子に拾われました

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 彼の笑顔を直視するのはどうしても照れくさくて、俯いた私の顔を彼が覗きこんできた。  イケメンの、どアップ。  その破壊力抜群の顔を、不用意に近づけないでもらいたい。  どんどん火照っていく私の顔色を見ながら、彼の眉毛がハの字を描く。  心配かけさせてる! 「はるか、ダイジョウブ? タイチョウワルイ?」 「えっと……あの……」  もう! 言葉が通じないって何て不便なの! 「オイ、リョク。ソロソロイクゾ」  私達がまごまごしている間に、父親だと思う髭面の男の人は荷馬車の方へと足を向けていて、男の子に向かって声をかけた。 「トウサン、マッテヨ。はるかヲコノママオイテイケナイヨ」  彼の言葉の中に、自分の名前が混じったのは聞き取れた。間違いなく、私のことを話してる。 「マサカ、ツレテイクキカ」 「ダッテ、はるかハコンナニチイサインダヨ。オイテイッタラ、シンジャウヨ」 「ソウハイッテモ、ニンゲンダゾ。イツモヒロッテクルドウブツトハチガウンダ」 「ソウダヨ! ニンゲンダカラ。ミステラレナイ」  自分のことを話してるのに、その内容が言葉のせいでさっぱりわかんない。  もやもやするような、イライラするような。やるせない思いに、ついため息を吐いて空を見上げた。  尚もきっとこんな気持ちだったよね。  私の話す単語はどれも意味がわかんなくて、呆れて、イラついて。  助けてくれたのに、悪いことしちゃった。  そりゃ、置いていかれても仕方ないよ。 「はるか。ドウスル? ボクタチトイッショニ、クル?」  荷馬車に戻ろうとする父親の方に片足を向けたまま、彼が私に向かって手を差し出した。  握手? 何で? 「リョク、イクゾ」 「ワカッテルッテ!」  父親に向かって何かを叫びながら、それでも彼は私に笑顔を向ける。  差し出されたその手は、私が手を掴むことを待っている様で。 「ネ。イッショニイコウ」  彼の手が、もう一度より遠くに差し出す様に揺れる。  そしてその手を、すがる様に握りしめた。  荷馬車に向かって歩いていくほんの少しの距離でも、男の子がたくさん話かけてくれるのがわかる。  その中で、なんとか理解できたのは、彼の名前が『りょく』ということだけ。  言葉の通じない不便さに、こんなに悩まされるなんて思ってもなかった。  現代なら、通訳アプリが活躍してて、たどたどしくたって最低限の会話ができる。  そんなに苦手じゃなかった英語を使えば、海外旅行だってわりと平気だったし。  自分の名前を伝えるのすらこんなに苦労する場所で、これからどうしよう。    りょくに付いていくって決めたけど、その決断が本当に正しいのかすらわかんない。  独りぼっちでいることに耐えられなくて、偶然出会っただけの人に未来を掛けているような、そんな状態がいいわけない。  それでも、あの草原を自力で抜けられる自信もなくて。  りょくの手を取った。    だって、仕方ないじゃん。  何とかしてこの草原を抜けなきゃ。  そこまで生きていられたら、またその時考えるよ。    そんな風に、自分の決断に言い訳ばかり並べ立てる。  それにね、どうせ死んじゃうなら、独りぼっちよりもイケメンの顔を見ていられればいいななんて。  うん。まずは一分でも一秒でも長く生きられることを、かけらみたいな可能性に掛けよう。  一つ一つを乗り越えたら、きっと何とかなるよ。ケセラセラだ。  大好きな言葉を心に刻み込んで、ぐっと目の前の荷馬車を睨み付けた。  この荷馬車に乗ることが吉と出るか凶と出るか。  そんなことは未来の私に任せよう。  今の私は、今の私ができる最善の道を進んで行くしかない。
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