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彼の笑顔を直視するのはどうしても照れくさくて、俯いた私の顔を彼が覗きこんできた。
イケメンの、どアップ。
その破壊力抜群の顔を、不用意に近づけないでもらいたい。
どんどん火照っていく私の顔色を見ながら、彼の眉毛がハの字を描く。
心配かけさせてる!
「はるか、ダイジョウブ? タイチョウワルイ?」
「えっと……あの……」
もう! 言葉が通じないって何て不便なの!
「オイ、リョク。ソロソロイクゾ」
私達がまごまごしている間に、父親だと思う髭面の男の人は荷馬車の方へと足を向けていて、男の子に向かって声をかけた。
「トウサン、マッテヨ。はるかヲコノママオイテイケナイヨ」
彼の言葉の中に、自分の名前が混じったのは聞き取れた。間違いなく、私のことを話してる。
「マサカ、ツレテイクキカ」
「ダッテ、はるかハコンナニチイサインダヨ。オイテイッタラ、シンジャウヨ」
「ソウハイッテモ、ニンゲンダゾ。イツモヒロッテクルドウブツトハチガウンダ」
「ソウダヨ! ニンゲンダカラ。ミステラレナイ」
自分のことを話してるのに、その内容が言葉のせいでさっぱりわかんない。
もやもやするような、イライラするような。やるせない思いに、ついため息を吐いて空を見上げた。
尚もきっとこんな気持ちだったよね。
私の話す単語はどれも意味がわかんなくて、呆れて、イラついて。
助けてくれたのに、悪いことしちゃった。
そりゃ、置いていかれても仕方ないよ。
「はるか。ドウスル? ボクタチトイッショニ、クル?」
荷馬車に戻ろうとする父親の方に片足を向けたまま、彼が私に向かって手を差し出した。
握手? 何で?
「リョク、イクゾ」
「ワカッテルッテ!」
父親に向かって何かを叫びながら、それでも彼は私に笑顔を向ける。
差し出されたその手は、私が手を掴むことを待っている様で。
「ネ。イッショニイコウ」
彼の手が、もう一度より遠くに差し出す様に揺れる。
そしてその手を、すがる様に握りしめた。
荷馬車に向かって歩いていくほんの少しの距離でも、男の子がたくさん話かけてくれるのがわかる。
その中で、なんとか理解できたのは、彼の名前が『りょく』ということだけ。
言葉の通じない不便さに、こんなに悩まされるなんて思ってもなかった。
現代なら、通訳アプリが活躍してて、たどたどしくたって最低限の会話ができる。
そんなに苦手じゃなかった英語を使えば、海外旅行だってわりと平気だったし。
自分の名前を伝えるのすらこんなに苦労する場所で、これからどうしよう。
りょくに付いていくって決めたけど、その決断が本当に正しいのかすらわかんない。
独りぼっちでいることに耐えられなくて、偶然出会っただけの人に未来を掛けているような、そんな状態がいいわけない。
それでも、あの草原を自力で抜けられる自信もなくて。
りょくの手を取った。
だって、仕方ないじゃん。
何とかしてこの草原を抜けなきゃ。
そこまで生きていられたら、またその時考えるよ。
そんな風に、自分の決断に言い訳ばかり並べ立てる。
それにね、どうせ死んじゃうなら、独りぼっちよりもイケメンの顔を見ていられればいいななんて。
うん。まずは一分でも一秒でも長く生きられることを、かけらみたいな可能性に掛けよう。
一つ一つを乗り越えたら、きっと何とかなるよ。ケセラセラだ。
大好きな言葉を心に刻み込んで、ぐっと目の前の荷馬車を睨み付けた。
この荷馬車に乗ることが吉と出るか凶と出るか。
そんなことは未来の私に任せよう。
今の私は、今の私ができる最善の道を進んで行くしかない。
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