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五年後再会した彼は、仙人でした
「誠弦さん。あんただってわかっているだろう。緑だって、もう大人になったんだ。そろそろ嫁さんだって考えなきゃいけない」
緑の成人の儀は聖廟でしめやかに行われた。
ずらっと並んだ新成人の中でも、緑が一番素敵に見えてたのは、ただの贔屓目かもしれない。
それでも、緑が私の方を見ながら微笑んでくれる度に、周りのお姉様方から妙な視線を浴びせられることを思えば、贔屓目ばかりではないはず。
私が縫った衣装も、他の男性に負けてなくて、小さい鼻が少し高くなったみたい。
その日の夜は、村の広場でもお祝いが行われて、日が暮れれば大人たちはそれぞれの家で親しい友人と、更にお酒を酌み交わす。
そんな夜でも、私の小さな体はいつもと同じ時間に睡魔に襲われて、誰よりも早く眠りについた。
隣の部屋から話し声が聞こえたのは、お酒を飲んだせいで声の音量の調整が効かなくなってるのか、いつもより大きな声だったから。
浅い眠りだった私の目を覚ますには、十分な音量だった。
「緑に嫁? まだ早いだろう」
「そんなことないさ。結婚する何年も前から、みんな相手を見つけ始めてる」
「そうかぁ?」
「あぁ。そんな大事な時に、あの子がいたんじゃあ、誰も寄りつきゃしないよ。そろそろ、良いんじゃないか?」
薄い戸越しに聞き耳たてていれば、お祝いモードだった話し声は、徐々に不穏な空気を漂わせる。
父さんの話し相手は、きっといつもの幼なじみだ。
「おい! はるかはうちの大切な子だ。文句があるのか?」
会話に出てきたあの子……はやっぱり私のことだよね。
父さんや緑がいくら大切に思ってくれてたって、五年もの間成長しない私は、周りから見れば不気味で仕方ないはず。そりゃ、そうだよ。
「文句じゃねぇけど。もう五年も面倒みたんだし、緑のためにも……なぁ」
「はるかを捨てろっていうのか?!」
「そ、そういうわけじゃない」
「それじゃどういうわけだよ! 俺たちがどれだけはるかに世話になってるのか、わかってねぇのか!」
どんどん大きくなっていく父さんの声。珍しく本気で怒ってるのがわかる。
髭面の第一印象とは対照的に、父さんはすごく優しい。
それは私にだけじゃなくって、誰に対しても優しくて、強くて、かっこいいんだ。
そんな父さんが、あんなに声を荒げて怒ってる。
私の……せいで。
「わかってる。わかってるよ。だが、ちょっと考えてもいいんじゃないかって」
「うるせぇ! うるせぇ! もう出てけ!」
父さんの怒鳴り声の後、ドンっと聞こえた大きな音に、心臓が跳ね上がる。
飛び跳ねた心臓は、そのまま全力疾走した後ぐらいに鼓動を早くして。
息をするのも苦しいぐらいに、呼吸が浅くなる。
何とか息を整えようと、体操座りになって身を縮こませていれば、何かがそっと耳に触れた。
突然の感触に驚いて、俯いていた頭を思い切り振り上げれば、目の前にあったのは緑の顔。
耳に当たってたのは、緑の手。その手が私の耳を守るように、そっと包み込んでいた。
「はるかには、聞かせるつもりなかったのに」
隣の部屋に聞こえてしまうことを気にしてか、緑の声が耳元で響く。
五年前に比べて、ぐっと低くなった緑の声は、私の体の中に沈み込んでいくようで。
その言葉が、余計に頭に残る。
こんな風に言われてること、緑は知ってたの?
そしたら、きっと父さんも知ってる。
今日が、初めてじゃあないんだ。
「父さんも、お酒飲んで気を回せてないね。仕方ないなぁ」
呆れたように呟いた緑が、私の顔を見て困ったように笑った。
私の耳を塞いでいた手がそっと離れていくのが、何となくもの寂しくて、離れていってしまう手を握りしめた。
「今日は、はるかも疲れたよね。たまには、一緒に寝ようか?」
この家に来てから、何年も同じ布団にくるまって寝ていた。別々に寝始めたのは、緑が成人するからって、そうやって年齢を意識し出した最近のことだ。
何も知らないこの世界で、まるで親鳥にすがる雛の様に、元の年齢なんて省みることもなく、緑に寄っかかって生きてきた。
そして今夜も、緑の言葉に縋りつく。
身体が小さくなると、心まで幼くなるのかな。
抱え込み切れない不安が大きすぎて、一人で立っていられない。
緑が入れてくれた布団の中で縮こまって、さっきの会話をどこかに押しやろうとした。
そしてそのまま、強く目を閉じる。
もう少しここに、いさせて。
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