もう小説なんて書かない

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ガキの頃から小説を書くのが好きだった俺は、中学では文芸部に入り、執筆に勤しんできた。 また、インターネットの小説投稿サイトにもたくさんの作品を投稿してきた。 そして、高一の時、俺が書いた小説が大賞を受賞し、書籍化された。 そのことをどこで聞きつけたのか、学校では全然知らないやつからもサインをねだられるようになった。 「本、すごくよかったです! 千博さんのファンです!」 そんなこともよく言われた。 この頃が俺の人生での頂点だったのかも知れない。 しかし、俺はある理由で筆を折ることにした。 作品を書かない俺の存在は、次第に忘れられていった。 そして、時は流れ、俺は高三になった。 過去に小説を書いていたことなんて、覚えているやつはほとんどいないと思っていた。 しかし、今、目の前にいる女の子は、俺のことを知っているようだ。 「この本、千博先輩が書いたんですよね? あの……サインしてほしいです!」 ペンと共に手渡された本。 自分の作品が実際に本になったときの感動が蘇る。 あのときは舞い上がるくらいに嬉しかったものだ。 俺は今、久しぶりにとして扱われている。 悪い気はしなかったが、現在はまったく書いていない。 なんだか申し訳ない気持ちになってしまう。 サインを書き、ペンと共にその本を返す。 「はい。これでいいかな」 「ありがとうございます!!」 女の子の笑顔がまぶしい。 なんだか照れくさい。 「千博先輩……あの……握手、してもらえますか?」 「え? あ、あぁ……いいよ」 差し出された手を握る。 その手はとても柔らかく、そして、温かかった。 「ありがとうございます!!」 そう言うと、女の子の顔は真っ赤になり、そして、走り去っていった。 俺の手のひらには、まだ彼女の手のぬくもりが残っていた。 我に返り、自分も顔を紅潮させていたことに気がついた。 女の子と握手するなんて、しばらくなかったことだった。 こうして、昼休みは終わった。
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