もう小説なんて書かない

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翌日。 いつものように俺は中庭のベンチに座り、一人で弁当を食べる。 「千博センパ~~~~イ!!」 昨日の子がまたやってきた。 「昨日、サインしてもらった真奈美です」 つい、顔がデレっとしてしまいそうになる。 ここは元作家として威厳を保たなくては。 俺は努めて冷静を装った。 「あぁ、真奈美ちゃん……だっけ?」 「お話していいですか?」 「あぁ……いいよ」 「この本の続編は、いつ出るんですか?」 あちゃ…… そうきたか…… それも結構言われてきたことだった。 「ごめん。続編は出ない。俺はもう、小説は書いていないんだ」 真奈美はきょとんとした顔をする。 「どうしてですか? 続編、読みたいです!」 「そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、俺はもう書かないと決めたんだ」 「え~? もったいないですよ! だって、二人の関係がこの後どうなるのか気になるし、それに、なんでこんな事件に巻き込まれたのか、その謎だって明かされていないじゃないですか!」 結構、読み込んでくれているみたいだ。 真奈美の言うことはもっともである。 この本は、始めからシリーズ化を狙って書いたものだった。 だから、ヒーローとヒロインはお互い好き同士なのに思いを伝えられないまま終わっているし、伏線もあえていくつか回収せずに残しておいた。 そういった、続編の余地があるところが編集部に評価されたようで、俺の作品は書籍化が決まったのだった。 「作品、ちゃんと読んでくれてありがとう。続きを読みたいと言ってくれるのは作者冥利につきるよ」 「ちゃんと書いてくださいね!」 「いや……それは……」 出版社の方からも、続編の依頼は来ていた。 しかし、俺の事情でそれは断っていた。 「なんで書かないんですか!」 「……まぁ、俺にもいろいろあって……」 「いろいろって何ですか?」 「いや、それは絶対に秘密なんだ」 真奈美は、ふくれっ面になっていた。 そんな顔もかわいいと思った。 しかし、こんなにも続編を期待されているにも関わらず、書かないと言い張ることへの罪悪感も生まれてきた。 しかし、いろいろと秘密にしておかないといけない事情が俺にはあった。 仕方ない。話題を変えよう。 「ところでさ、真奈美ちゃん。前に会ったことある?」 「え? ないですよ。昨日、初めて会ったんですよ」 「だよな……」 真奈美の顔を見ていると、なんとなく既視感を覚えるのだが…… 確かに、俺はこの子に会ったことはない。 けれども…… 話題を変えたつもりだったが、結局は続編を書いてほしいという話題に戻ってしまい、「書かない」「どうしてですか」の無限ループにはまってしまった。 「真奈美ちゃん、お昼、まだなんだろ? ほら、早く教室に帰りなよ」 真奈美はむっとした表情で教室に帰っていった。 ふぅ…… しつこかったな……
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