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12
「ハルトは教師になるつもりだった」
怒ったようにファロムが言った。
「なのに戻らない。なぜだ?」
「魔法使いになった後、気が変わったのかも知れないわ」
「ハルトはランフェル先生の仕事を引き継ぐと決めていたんだ。その考えが変わるとは思えない」
みなのしばしの沈黙の後、ウゲンがつぶやいた。
「魔法使いになれなかったということだ」
「信じられない!」
イルーは顔を歪めて首を振った。
「ランフェル先生は、ハルトなら大丈夫と願書を出してくれたはずよ」
ランフェルの家を閉ざす日だった。
次の入居者が使わないだろうものは処分し、本類は図書館に運び終えた。よそよそしく片づけられた部屋の中、暖炉の火はすでに消され、火床は冷たい影をたたえていた。
トルグたちはそれでも、暖炉の前に座り込んでいた。夕暮れと共に、室内は薄暗さが増してくる。四人の表情は、それ以上に暗かった。
「誰だって、教師に推薦されて試験を受けるんだ」
ウゲンは言った。
「それでも認可されない者はいる」
「信じられないわ」
イルーが同じ言葉を繰り返した。
「教授が替わったから? ハルトが、ランフェル先生の教え子だったから?」
「リイシャは」
トルグは弱々しく言った。
「デュレン先生のところにいた」
イルーは眉を寄せ、トルグを見た。
「そうね。あなたのお友達も帰ってないのね」
トルグはうつむいた。
リイシャの笑顔ばかりが頭に浮かんだ。
自信に満ちた輝かしい笑顔が。
魔法使いになったら、教師としてアイン・オソに残るつもりだと言っていた。
ハルトのように、はっきりと。
塔から帰って来ないということは、魔法使いとして認可されず、〈力〉も奪われ、そのままアイン・オソを出たということなのだ。
「平等、というわけだ」
ウゲンが肩をすくめた。
「いったい、認可の基準はなんなの?」
「ハルトの〈力〉は充分だったと思う。魔法使いの向き、不向き? しかし、だったら予備舎のうちに島を出されるはずだ」
ファロムは腕組みして目を閉じた。
「わからない」
「おれたちが思っている以上に、魔法使いになれる者は少ないのかもしれない」
ウゲンが言った。
「塔に上った者の合否を、おれたちは知りようもない。たまたま教師志望の二人が戻って来なかったから、結果がわかったようなものだ」
「リムはどうだったのかしら?」
イルーは、つぶやいた。
「あたりまえに魔法使いになって故郷に帰ったと思っていたのに」
「今となっては、何とも言えない」
「怖いわ。いったいどんな試験なの」
ウゲンはゆっくりと首を振った。
「自分で経験するしかなさそうだ」
部屋の中はもう、互いの顔もよく見えないほど暗くなっていた。
「帰ろう」
ファロムが深々とため息をつき、みなを促した。
「わたしは、帰って瞑想するよ」
自分の部屋に戻っても、心は千々に乱れて瞑想などできなかった。
トルグは、寝台にうつ伏せに横たわった。
リイシャは常に自分の一歩先にいて、微笑んでいた。リイシャはトルグの憧れ、彼女に追いつくことが目標だった。それが突然失われてしまったのだ。
リイシャは誰よりも魔法使いにふさわしいはずなのに。
何かのまちがいだと思いたくなる。リイシャは魔法使いとしてアイン・オソを出て、また戻ってくるにちがいない。その時まで、このまま待っていようか。
トルグは耐えきれず、硬く目を閉じた。
真実を知りたかった。
リイシャはいま、どうしているのだろう。
トルグはリイシャに精神を伸ばした。予備舎で彼女がいなくなった時のように、リイシャの気配を探し求めた。
あの時は、時空を隔てていたとはいえリイシャも自分を求めてくれていた。だから容易に辿り着くことができたのだ。こんどは、自分が一方的にリイシャの存在を感じ取らなければならない。
だが、あの時よりははるかに自分の〈力〉は強くなっている。ランフェルが生きていたら、己のためにだけ〈力〉を使うトルグを叱り飛ばすに違いない。そもそも、〈力〉をアイン・オソの外に向けることは禁じられているのだけれど。
トルグはかまわず、アイン・オソの河向こうに心を広げた。
北にも南にも。
そう遠くには行っていないはずだ。
しかし、リイシャはどこにもいなかった。
探しあぐねてトルグは大きく息を吐いた。これほど〈力〉を広げたのははじめてだ。気が遠くなりそうなほど疲れていた。
トルグは思念をそろそろと引き戻した。中州に帰ってきた時、心が馴染み深いものの上をかすめた。
リイシャ。
トルグははっとして、それをしっかり掴もうとした。
しかし、すでに力は尽きていた。
リイシャはすり抜け、トルグはそのまま深い眠りに落ちた。
リイシャの夢を見たような気がしたが、目覚めた時に憶えていたのは、去っていく彼女の後ろ姿だけだった。
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