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「ハルトは教師になるつもりだった」  怒ったようにファロムが言った。 「なのに戻らない。なぜだ?」 「魔法使いになった後、気が変わったのかも知れないわ」 「ハルトはランフェル先生の仕事を引き継ぐと決めていたんだ。その考えが変わるとは思えない」  みなのしばしの沈黙の後、ウゲンがつぶやいた。 「魔法使いになれなかったということだ」 「信じられない!」  イルーは顔を歪めて首を振った。 「ランフェル先生は、ハルトなら大丈夫と願書を出してくれたはずよ」  ランフェルの家を閉ざす日だった。  次の入居者が使わないだろうものは処分し、本類は図書館に運び終えた。よそよそしく片づけられた部屋の中、暖炉の火はすでに消され、火床は冷たい影をたたえていた。  トルグたちはそれでも、暖炉の前に座り込んでいた。夕暮れと共に、室内は薄暗さが増してくる。四人の表情は、それ以上に暗かった。 「誰だって、教師に推薦されて試験を受けるんだ」  ウゲンは言った。 「それでも認可されない者はいる」 「信じられないわ」  イルーが同じ言葉を繰り返した。 「教授が替わったから? ハルトが、ランフェル先生の教え子だったから?」 「リイシャは」  トルグは弱々しく言った。 「デュレン先生のところにいた」  イルーは眉を寄せ、トルグを見た。 「そうね。あなたのお友達も帰ってないのね」  トルグはうつむいた。  リイシャの笑顔ばかりが頭に浮かんだ。  自信に満ちた輝かしい笑顔が。  魔法使いになったら、教師としてアイン・オソに残るつもりだと言っていた。  ハルトのように、はっきりと。  塔から帰って来ないということは、魔法使いとして認可されず、〈力〉も奪われ、そのままアイン・オソを出たということなのだ。 「平等、というわけだ」  ウゲンが肩をすくめた。 「いったい、認可の基準はなんなの?」 「ハルトの〈力〉は充分だったと思う。魔法使いの向き、不向き? しかし、だったら予備舎のうちに島を出されるはずだ」  ファロムは腕組みして目を閉じた。 「わからない」 「おれたちが思っている以上に、魔法使いになれる者は少ないのかもしれない」  ウゲンが言った。 「塔に上った者の合否を、おれたちは知りようもない。たまたま教師志望の二人が戻って来なかったから、結果がわかったようなものだ」 「リムはどうだったのかしら?」  イルーは、つぶやいた。 「あたりまえに魔法使いになって故郷に帰ったと思っていたのに」 「今となっては、何とも言えない」 「怖いわ。いったいどんな試験なの」  ウゲンはゆっくりと首を振った。 「自分で経験するしかなさそうだ」  部屋の中はもう、互いの顔もよく見えないほど暗くなっていた。 「帰ろう」  ファロムが深々とため息をつき、みなを促した。 「わたしは、帰って瞑想するよ」  自分の部屋に戻っても、心は千々に乱れて瞑想などできなかった。  トルグは、寝台にうつ伏せに横たわった。  リイシャは常に自分の一歩先にいて、微笑んでいた。リイシャはトルグの憧れ、彼女に追いつくことが目標だった。それが突然失われてしまったのだ。  リイシャは誰よりも魔法使いにふさわしいはずなのに。  何かのまちがいだと思いたくなる。リイシャは魔法使いとしてアイン・オソを出て、また戻ってくるにちがいない。その時まで、このまま待っていようか。  トルグは耐えきれず、硬く目を閉じた。  真実を知りたかった。  リイシャはいま、どうしているのだろう。  トルグはリイシャに精神を伸ばした。予備舎で彼女がいなくなった時のように、リイシャの気配を探し求めた。  あの時は、時空を隔てていたとはいえリイシャも自分を求めてくれていた。だから容易に辿り着くことができたのだ。こんどは、自分が一方的にリイシャの存在を感じ取らなければならない。  だが、あの時よりははるかに自分の〈力〉は強くなっている。ランフェルが生きていたら、己のためにだけ〈力〉を使うトルグを叱り飛ばすに違いない。そもそも、〈力〉をアイン・オソの外に向けることは禁じられているのだけれど。  トルグはかまわず、アイン・オソの河向こうに心を広げた。  北にも南にも。  そう遠くには行っていないはずだ。  しかし、リイシャはどこにもいなかった。  探しあぐねてトルグは大きく息を吐いた。これほど〈力〉を広げたのははじめてだ。気が遠くなりそうなほど疲れていた。  トルグは思念をそろそろと引き戻した。中州に帰ってきた時、心が馴染み深いものの上をかすめた。  リイシャ。  トルグははっとして、それをしっかり掴もうとした。  しかし、すでに力は尽きていた。  リイシャはすり抜け、トルグはそのまま深い眠りに落ちた。  リイシャの夢を見たような気がしたが、目覚めた時に憶えていたのは、去っていく彼女の後ろ姿だけだった。
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