騙し騙され、恋してる。

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 さて、逃げ出した一人と一匹、その後はどうなったかというと…… 「あの、すみません。さっき俺と一緒にいてた人は……」  料理屋の暖簾を恐る恐る捲れば、箒を手にした女中や腕まくりをした若い衆の視線が一斉に向けられた。 「あれが人なもんか。お前さん、狐に騙されてたんだよ」  未だ眦を吊り上げた女中が、仁王立ちで鼻息荒く言う。そうして塩を盛った小皿を手にした若い衆からそれを受け取ると、むんずと一掴み外へと撒いた。 「本当に人を騙して何が面白いんだか。さ、仕事に戻るよっ」 「あの……」 「どっちに行きましたか?」と訊こうと伸ばしかけた手は、不格好なまま宙で止まる。  大山田は八の字眉を更に下げ、僅かに唇を尖らせつつ手を下ろした。「はあ~」と沈んだ息を吐く。  あの様子からして、女中たちは章子を手酷く追い出したんやろう。悪い事してもうたな……  そう思う脳裏に、先程目にし触れた章子の体が浮かぶ。男にしては柔らかくあったかい肌……。鼓動が大きく跳ねた。  いやいや相手は男やし、何より狐や。  頭を振って記憶から追い出そうとするも、最後に何か言いたそうだった目が何度も甦る。それと罪悪感に、大山田は拳を一握り、くるり、と踵を返した。
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