あの子がマスクを外したら

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 女子生徒は、声を弾ませる。楽し気な声が、不気味さを助長させていた。  ――嘘! 冬美が知っているわけはない。  先々週、告白されて付き合い始めた彼氏。  その彼は元々、冬美と付き合っていたのだ。  実憂(みゆ)も知っていた。  しかし、彼が「冬美と別れた」と言ったので付き合うことにした。  彼はサッカー部のキャプテン。女子の人気は高い。 「彼がまだ、冬美さんと付き合っているときに、あなたが付き合い始めたってこと」  実憂(みゆ)は、あとからそれを知った。  告白された時点では、まだ冬美とは別れていなかったのだ。  彼が冬美を()ったのは、先週。  つまり、実憂(みゆ)が付き合い始めたときは、二股だったということになる。  実憂(みゆ)は、彼に気が合ったので一週間程度の重なりは気にしなかった。  しかし、冬美に知られるのはまずいと思っていた。 「冬美さん、あなたが奪ったと思ってるわよ。校門前の形相(ぎょうそう)見た? 私、身震いしちゃった」  彼女はフフフと、楽しそうに笑った。 「それでも友達を続けるなんて、本当に偉いわ。冬美さん」 「あなたには、関係ないでしょ!」 「それが、関係、大ありなのよ」  彼女は、冗談交じりで(あお)るように言う。 「分かった。冬美が嫌がらせするために、私の知らないあなたを巻き込んで怪奇現象を演出したんでしょ?」 「ブー。不正解です。仮に冬美さんがそうしたいと思っても、他の二人はそんな悪ふざけに乗ってくれないわ」  彼女は上目遣いでニッと笑った。  マスクで口元は分からないが、実憂(みゆ)にはそう思えた。 「ふざけないで!」 「ふざけているのはあなたでしょ!!」  突然、女子生徒が大きな声で叫んだ。実憂(みゆ)は、驚きで数歩、後ずさった。 「あなた、悩んでないフリして、実はすごく気に病んでいたでしょ。バレたらどうしよう、冬美さんに言ったほうがいいのかな? って。ストレスで一杯だったんじゃないの?」 「だとしたら、何だというの!」  彼女は足音を立てずに、実憂(みゆ)に近付いた。  手の届く距離で、足を止める。 「誰だか知りたい?」  彼女は自分のマスクに手をかけた。そして、マスクのゴムに手をかけてそっと外した。 「……」  実憂(みゆ)は絶句した。 「あ、あなたは……私!?」  そこには、実憂(みゆ)のそっくりさんが立っていた。  なるほど、声に聞き覚えがあるはずだ。 「あなた、変装して、私と入れ替わる気? そんなの、直ぐにバレるわよ」  精一杯の反撃にも、相手は動じる様子はない。 「私が、本物の実憂(みゆ)」  彼女がクスっと笑う。  そして、実憂(みゆ)のスマートフォンを自分の顔に向けた。 「ほらっ」  彼女が実憂(みゆ)に向けた画面。  それは、顔認証のロックが解除された状態だった。 「実憂(みゆ)は、私よ!」 「分かってないわね。あなたはもう用済みなの」 「用済み? バカじゃないの! 頭がおかしい! 狂ってる!」  実憂(みゆ)は、普段、使ったことがないほど汚い言葉で吐き捨てるように叫んだ。 「あなたは、ストレスが大きくても、それを無視できるタイプなのね。それが良くなかった。深層心理では冬美に悪いと思ってた」 「それが、どうしたっていうのよ」 「悪い、会いたくないと思っているの実憂(みゆ)があなた。悪いのは彼だと思っている実憂(みゆ)が私ってこと」  ――私が……二人? あり得ない! 「分裂しちゃったのよ、あなたと私。そりゃ、友達も気が付かないわ。だって、どちらも実憂(みゆ)ですもの」  彼女は立ちすくむ実憂(みゆ)の回りをスタスタと歩き始めた。  そして、背後から耳元に口を寄せてこう呟いた。 「私ならうまくやれる。だって、悪いのは彼。そうじゃない? 解決策は簡単」  彼女は、スマートフォンを操作し始めた。 「勝手に操作しないで!」 「ほら、これでOK」 『あなたみたいな軽い男は大嫌い 別れてください』  既にメッセージは送信されていた。 「顔はいいけど、薄っぺらいのよね。あの男。私は友情を取るわ」 「こんな、バカなことある訳ないよ!」  実憂(みゆ)(うな)るように言った。 「悪いのはあなた自身。ストレスに耐えきれなくなったあなた自身よ。じゃあね」  彼女は、実憂(みゆ)から離れて、林道の方へと歩き出した。 「待って!!」  実憂(みゆ)の叫びに、彼女は足を止めた。  ゆっくりと振り返ると、ポケットから何かを取り出して地面へ置いた。 「新しいマスク。あなたにあげる」  言い終わると、振り返ることなく、雑木林へと消えて行った。  しばらく立ちすくんでいた実憂(みゆ)は、急に我に返った。 「連絡……あっ、スマホ、取られたんだ」  周囲をキョロキョロとする。 「あれっ? 連絡って……いったい、誰にだろう? 私、なんでこんなところに居るの?」  既に日は落ち、辺りは真っ暗になっていた。 (了)
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