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あの子がマスクを外したら
「実憂、学校帰りにいつもの所、行こうよ!」
教室に入った実憂に、冬美が元気に手を振った。
近くにいた陽菜と友梨奈もうなずいた。
彼女のグループは、クラスのカースト一位、いわゆる陽キャ組だ。
実憂はいつも、このメンバーでカフェに寄って帰る。
世界中で蔓延していたウイルスが峠を越え、学校でもほとんどの人がマスクを外すようになった。
マスクが苦手な実憂は一番に外した。
やっぱり会話するときは、相手の顔が見える方がいいと思っていた。
しかし、友梨奈と陽菜は、ずっとマスクをしていた。本人たちは「外すタイミングを見失った」とか言っている。
* * *
「五名様ですね。こちらは四人席ですが、椅子を一つ、持って来ます。ごゆっくりどうぞ」
いつも寄るカフェに入ると、男性店員が愛想良く告げた。
駅近くの裏通りに入った先にある喫茶店が、実憂たちの行きつけである。
「あの日本史の授業、まじで寝ちゃうよね。動画撮ってオンラインにしたほうがまだマシ」
陽菜が苦笑した。
「それ分かる! あの先生の授業、寝ない日はないわ。マジで授業、退屈」
友梨奈が答えながら、器用にマスクの隙間にストローを挿入してミルクティーをすすった。
実憂は、こうして友人と話す時間が大好きだった。
「ねえ、実憂も、そう思わない?」
――あれ? 今の友梨奈だっけ? 陽菜だっけ?
心の内でつぶやく。
実憂は、マスクをしている人の顔を区別するのが苦手だった。
時々、マスクを外さない友梨奈と陽菜のどちらが話しているか分からなくなることがあった。
二人は外見も似ていた。
セミロングヘアで痩せ型、マスクより上の顔はパッチリ二重である。
質問されていたことを思い出した実憂は、慌てて「私もそう思うよ、陽菜」と答えた。
「私、友梨奈だよ。また間違えるし」
友梨奈が、ムッとした声で眉を寄せた。
「ごめん、ごめん。マスクしてる人を区別するの苦手なんだよね」
実憂は、ため息をつきながら返答した。
「最近のスマホは、マスクしてても顔認証できるらしいよ。実憂、スマホに負けてんじゃん」
幸いなことに、陽菜の言葉で、場の空気が和んだ。
その後、三十分ほど話をして解散した。
* * *
「あー、やっぱりマスクは苦手」
その晩、実憂は、湯舟に肩まで体を沈めながら回想した。
「あれ? 何かおかしい気がする」
カフェでの出来事を思い出したら、違和感を覚えた。
「確か、店員さんは『五名様ですね』って言っていたような。私たちのグループって四人だよね?」
記憶を辿る。
テーブルには確かに、五人いた。
一番奥に座り、何も話さなかった子。
その子もマスクをしていた。
体つきは、友梨奈と陽菜に似ていた。
「あの子、誰? マスクで区別しにくいとはいえ、なぜ気付かなかったんだろう?」
見た目が似ているからといっても、一人多いのはおかしい。
さすがに誰か気付くはず。
しかし、誰一人、彼女の存在に触れなかった。
「……なんだか気味が悪いなぁ」
暖かい湯の中なにのに、背筋が急に冷たくなった。
風呂を済ませたあと、自室に戻りベッドに寝そべる。
『今日も喫茶店、行ったの?』
彼氏からのメッセージが、スマートフォンに届いていた。
最近、付き合い始めたサッカー部の彼。
まだ、誰にも言っていない。
冬美は最近、失恋したばかり。その他の子は彼氏がいないので、なかなか言い出せなかった。
『行ったよ それでさ、少し気味が悪いことがあって……』
そう打ち込んだが、送信前に消した。
気にしすぎない方がいい。
自分にそう言い聞かせ、取りとめもない返答をした。
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