チョーク(の僕)、おにぎり(の僕)、バケツ(の僕)、それから〇〇の僕、僕、僕。

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真っ白いチョーク、海苔の巻かれたおにぎり、ブリキのバケツ…… どれもこれもに変身、そう、化けちゃったりするのは、もう飽きちゃったかな。 ――なんて、なんて、そんなことを、この頃の僕は思っちゃったりしてる、かもしれない。 だってさぁ、その1のチョークへ変身したい、うん、化けたいっていうのにも、何も高尚な高邁な、えへへ、そうだね、コーショーにコーマイ、そんなこんなの目的や意思があってのことではない、なかったりするわけなんだ。 たとえば、どうってことない普通のにんげんの子供として生まれた僕ってやつが、黒板に文字や図形などを、先生がすらすらと書き記す1本の純白のチョークに変身する、化けるってことの意義や意味が、どーのこーの、なんてことを僕は一瞬たりとも思ったりしたことなどありゃしない。うん、ホントにホント、ありゃしないんだ。 そうだよ、化けることへの動機は、実にジツに、単純なものであったりする、わけ。 たとえばたとえば、大好きなカイドー先生が、担当科目の数学の授業で、何たらかんたらっていう公式の論理を説明しながら、「ここネ、そう、ココココ。ここが大事なポイントなの。ここを押さえておけば、テストの問題もモンダイなく解けちゃうのヨ」と黒板に数式をお書き遊ばしてやまない、そんな1本の真っ白いチョークになりたいものだと思った僕は、いや、気が付けば、ホントにそのチョークになっちゃうことができて、そんでもって、カイドー先生の細くて長ーい上品な指に握られ、スイスイとね、数字や図形が書かれるたび、チョーク(の僕)は、文字通り〝身を削られる〟という状態になるのだけれども、それがまた快感、というか、キモチよくって仕方がない。ああ、今日の授業で5ミリ僕は短くなった、明日は1センチくらい行くとイイな、なんてね。 そんなことを願っていたら、翌日の授業で、カイドー先生は、チョーク(の僕)を強く握り締め過ぎたのか、おかげで、チョーク(の僕)は、真ん中あたりからポッキンと折れちゃって……「あ、シツレイ」なんて、カイドー先生はキレイなうなじなんて覗かせながら小首をかしげて、チョーク(の僕)を拾い上げた。ああ、そんなカイドー先生ってますますステキ、なんて、チョーク(の僕)は見惚れちゃいそうだったけれど、折れちゃったからには、身双つになってしまってたのは、モッチロンのこと。。 それだけでは済まない。ウカツにもこんな事態は予想していなかったので、すっかり慌てたチョーク(の僕)は、何だか知らないうちにも〝自ら身を削る〟って感じの醜態をさらしてしまっていたんだね。 「あっらー、どうしてかしら、今日のね、このチョークって、何だかすっごい減り方だわ。どうしちゃったんだろう」てね、カイドー先生は、そんなことをクラスのみんなに向かって、目をまーるくして言っていたけれど、身双つになったチョーク(の僕)が、慌てるあまりに流した涙が、チョークの粉になって、いっそう身を削らせたせいだなんて、ソンナコト思いもしなかっただろうね。うん、それは、それでいいんだけれど。 さて、それから、その2の海苔の巻かれたおにぎりへの大化けについても、動機はやっぱり複雑なものではなかったと思う。 日頃から憎からず思っているクラスメートのモリカワくん――そうなんだ、名前に負けず、いつも元気モリモリ、朝から晩までいつでもガハハッと笑っているような彼のことが、僕はずっと大好きで、何とか親しくなりたいと願っていたのだけれど、中1中2とおんなじクラスでいたものの、何だか付き合いの距離ってのが縮まンないってところがあって、僕はイジイジとしていた。 モリカワくんってヒトが、ものすごい人気者で、その分近寄りがたいって感じなら、アキラメも付いたかもしれないけれど、ほどほどそんなこともなくって、あいつみたいなのが無芸大食っていうか、そんなヤツなんだよな、とそれしきのワルクチめいたものもクラス内ではささやかれている風でもあったけど、いつだって元気モリモリ、何を言われようがやっぱりガハハッといつだって笑ってやり過ごしているような彼のことが、僕は好きにならずにいられなかったってわけなんだ。 無芸大食なんてワルクチはどこ吹く風のモリカワくんの昼ご飯は確かに、すっごいボリューム感がある。 顔の半分ほどはありそうなおおっきなおにぎりを、何個もお弁当として持ってきていてさ、そのおおっきなおにぎりを、モリカワくんは、ほんのヒト口で、というぐらいあっけらかんと口に入れてしまう。満足そうにもぐもぐやって、すぐ飲み込む。お茶を飲む。お義理めいたおかずのカラ揚げやソーセージをちょっとつまんだりしながら、それから2個目3個目と凄いスピードで平らげ、またあっけらかんとガハハッと笑う。 そんな彼を、やっぱり好きだと思うしかない僕は、ある日決心して、おにぎりに変身、大化けして、彼に食べられてやることにした。 見事な大食漢ぶりを発揮するばかりの彼の体の中は、どんなぐあいになってるんだろうと思ったからだ。 おにぎりのうちの1個に成りすませた僕は、さっそく、モリカワくんに食べられる。咀嚼されるばかりの僕だけれど、都合のいいことに、おにぎりの僕には何処を探しても痛覚なんてものはないのだから、ヘイ気の平左。 ほらね、粒粒のごはんが、噛まれて噛まれて、モリカワくんのノドから食道を通過し、胃へと落ちる。コレって冒険だね、凄いね、とワクワクしているうち、僕は情けなくも気を失ってしまった。でも、これだって強運至極ってものでね。おかげで、ぼくはさぁ、やがて消化されて、排泄物になったのであろう自分ってものをイシキすることも自覚することもなかったってわけ。 さてさて、それからそれから、そうそう、そうだよ、その3のブリキのバケツについては、こんな感じだった。 毎日の放課後、教室の掃除のたんびなどに使われるバケツってのは、長いことコキ使われているせいで、ブリキの肌のところどころにイビツなへっこみなんてやつが来ている代物なんだけれど、これをさぁ、僕の大嫌いなクラスメートのブンコとタスケの男女2人組が、まあエラっそうに、ヨッコリャショヨッコリャショって感じに手洗い場で水をいっぱいにして運んで来るわけ。 ばかりか、オレらはボスだよ、ってな雰囲気で、あいつらは掃除の指示をみんなに下す。ほらほら、そこのキミ、もっと雑巾しっかり絞ってよ、そうそう、その横のおまえもな、ってぐあいにね。 まともに名前なんて呼びもしないで指示するブンコとタスケを、掃除当番のみんなは当然快く思っていなくって、そうなんだ、その右代表って感じで、ボス気取りの2人をヒトツぎゃふんと言わせてやろうと決めた僕は、ある日、そのブリキのバケツに変身、化けてやったってわけだ。 ジャージャーとバカみたいに水をいっぱいにされたバケツ(の僕)を、ブンコとタスケはいつも通り、教室まで運ぶ。ちゃぷちゃぷとバケツの中の波立ちが、ふだんより激しい、それはもちろんバケツ化した僕のたくらみのせいだけれど、そんなことに気づきもしないで、彼らは敵ながらアッパレの小走り風情。 僕だって、モッチロン、負けてられない。何てったって、こうして、バケツにまで化けてやってる僕なんだもの。あいつらが、エッサエッサとね、教室の入口ドアのとこまでやって来たところで、僕はエイヤッとバケツの中の波立ちを最大限のものとしてやった。 一瞬足を止めて、バケツを左手で握ったままのタスケが右手を伸ばして、ドアを開け、あいつらが仲良くいっしょに教室に1歩踏み込む瞬間、エイヤッの号令を合図に、ザンブザンブと波立ちを激しくせずにいないバケツの勢いに煽られ、ブンコとタスケは見ン事、転倒。辺りは一面水浸し。 あんたらのせいなんだから2人だけで始末しろよ、とクラスメートの一人二人から雑巾を投げつけられては、彼らもさすがにエラそうな顔は出来ず、せっせと水拭きに精を出した――ってわけ、うん、そんな感じ感じ。 さてさてさて。 それからそれからそれからも、僕の変身、大化けは続いて続いて、途切れることがなかったんだ。 運動会のクラス対抗リレーでは、ゴール間際のコース上に突如出現する大岩へと身を変えて、トップを独走していた隣りのクラスのアンカー選手の足先をぶつけさせ転ばせ、我がクラスのランナーを1等賞にしてやったり、春の遠足では、行先が他校とぶつかり、桜の木の下とかでのお弁当を食べる場所が取り合いになりそうになると、大降りの雨に化けて、他校の生徒たちが先取りしていた桜の木の根元のところだけに雨を降らせて、場所を移動させてやったり(これはさすがに大技で、他校の生徒たちは不思議そうに、お空にマジックが掛かってる~なんて叫びながら、小走りの避難風情だった!)、そんなこんなの大化けぶりには、我ながら「快挙!」と叫んで我が身を褒めてやりたいくらいだったのだけれど――でも、そんな僕は、そうなんだ、いつだって、ヒヤヒヤしているところもあった。 〝化ける自分〟ってものを、誰かに気づかれはしないか。そう思うと、胸がドキドキして、たまらなくなったんだ。 だって、チョークやおにぎりやバケツに変身、化けているのがこの僕だって知られたら、万事休す、僕の大化けの能力ってのはゼロになってしまう、それを僕は知っていたからだ。 誰から告げられたわけでもなく、教えられたわけでもなく、僕はそのことを知っていた。ヒヤヒヤ、ヒヤヒヤ。いつか、その時はやって来るのだろうか。僕は、恐れていた。 そんなボクに、やっぱり、でもね、難局ってものが、そのうちやって来たんだ。 その原因をもたらしたのは、なんと、僕の大好きな、あのモリカワくんだった。 ある日の昼休み、珍しくモリカワくんの方から誘いを掛けて、ご飯をいっしょに食べたりなんかしていると、「なんかさー、オレって、この頃思ってることがあるんだけどな」と 彼は突然言ったのだ。 「え?」 普段のモリカワくんらしくない表情を浮かべている彼を見て、僕はちょっと変な予感もしたのだけれど、案の定、彼は更に、言葉を重ねた。 「きみってさー、時々さー、何だか、透き通ったりしてないかい?」 「す、透き通る?」 「うん、そう、透き通る。透明」 「ト、トーメイ?」 「いや、全部が全部、透明ってわけじゃないんだけど。だって、それだったら、きみの姿は全く見えないってことになるわけだからね。そうじゃなくって――」 「そうじゃなくって?」 「そうだな。だから、半透明かな、そんな感じなのかな」 「半透明人間に見えるってわけかい?」 「うん、何だかそんな気がする時があるんだ。何か、コトが起こった時とかにね」 「コ、コト?」  モリカワくんは、うんと頷き、カイドー先生のチョークが折れちゃった時も、バケツを抱えたブンコとタスケがひっくり返った時も、それから、そうそう、このオレが昼飯のおにぎりをパクパクやってた時も、ふっときみを見やれば、きみってヒトは何だか透き通って見えてるような気がしたんだ、と早口で言った。 「そ、そんな。だって、今きみの言ったどんな時だって、僕は僕のままで、そうだよ、ずっと僕のままでいたわけだろう?」 「そりゃ、まあ、そんな感じだったけどな」 モリカワくんは、そうこたえながらも、納得はしていない顔だ。 どんな大化けをしている場合も、一方で僕は僕の姿のまま、そこにいる、いられる、それはホントにそうなのであって、と僕は確信しているが――いや、見抜くヒトには見抜かれていたのだろうか。変身、大化けした僕ってのは、さすがにその分、そのことが労力が費やされて、僕自身の体に負担が来て、僕は知らず知らず、半透明になっている、のか? もしかしたら、そう??? ヒヤヒヤの思いを見る間に募らせて、僕は訊かずにいられなかった。 「ほかにも、いるかい? 僕が透明人間、いや、その半透明人間みたいだって、そんなこと言ってるヒトは」 まあなぁ、とモリカワくんは微妙な表情を浮かべて、 「まあ、ちらほらとはね」と僕の顔を真面目な眼付きで見詰めた。 そして、ヒト息にも言い切るように言葉を放った。 「この間の運動会や遠足で、オレはけっこうハッキリとそう思ったりしたよ。どっちの時も、オレはきみのすぐそばにいたけど、〝あ〟って声を洩らしたくなるくらい、きみは透き通って見えた。体の中の血管とか内臓とかまで、見えちゃうかなってくらい……まあ、それは大げさかもしれないけどね」 どうしよう、どうしたらいいのだろう。 悩める時間が、日に日に僕を襲ってきた。 モリカワくんは、少々控えめな言い方をしているのかもしれないけれど、おおかたのところを見抜いている気が、僕はしている。 そして、そのモリカワくんが、こうも言ったことが頭から離れない。 そうだ、モリカワくんは言ったではないか――「まあ、ちらほらとはね」 僕の変身、大化けってものを、全くちらほらとは見抜いているにんげんがクラスには、何人もいる、いるらしい、それは間違いないってわけだ。 僕の「化ける」という特殊能力ってものは、見抜かれてしまえばおしまいなんだと僕は知っているわけだから、事は大ごとだった。 どうしよう、どうしたらいいのだろう。 悩める日々が続いたが、そのうち妙案を僕は思い付くことが出来た、みたいな気がした。 いや、そう思い込んでみたかった。 そうだ、この作戦で行こう。ともあれ、僕は気持を昂ぶらせた。 僕は作戦の手始めに、僕の大化けの能力について、モリカワくんに打ち明けることにした。 きみにだけ言っちゃうんだけどさ、と勿体ぶった前置きをして、僕は話をした。 「ああ、そうだったんだ。なるほどな」 モリカワくんは、さして、大げさな驚き方もしない。おおらかな微笑さえ浮かべながら頷く彼を見て、やっぱりコイツのことが好きだな、と僕は思った。 そんなモリカワくんから、「ちらほらとはね」と彼が言ったそのクラスメートの幾人かが誰であるか、僕は教えてもらうことに成功した。 教えてくれれば、僕と同じような能力を、「そうだよ、モリカワくん。きみにもプレゼントしてあげられるよ」と持ち掛けてやると、 「ま、マジかよー」とモリカワくんは即座に話に乗ったわけだ。 〝見抜きのちらほらにんげん〟が誰と誰と誰だかであることを知った僕は、その1人1人に化けることにした。 そうだね、今日はAくん、明日はBさんというぐあい、ターゲットを定めて、化けてやったんだ。 幾人もの生きたにんげん一人一人に化けることは、全く大技中の大技と思われたが、何しろ僕の能力の存続が掛かっているのだからと僕は頑張った。 一人一人に化けた僕は、その一人一人に、「自分がこの頃、アイツのことを半透明人間みたいだなんて、思ってるのはウソだ、マボロシだ。アイツは、やっぱり自分とおんなじ、普通の子。自分と何ら変わっていることなんて、ないんだ」と語り掛け、信じ込ませた。 うんうんと彼らはすなおに頷きを繰り返し、そのたび、半透明となっていくようだった。 「凄いな、やっぱり、きみって」 僕を讃嘆してやまないモリカワくんに、「そうかい」と僕はやさしく笑ってやって、「さあ」と彼にも化けてやり、半透明人間にしてやった。ああと短く叫んで、難なく半透明になったモリカワくんは、もう元のモリカワくんには戻れない。どんなに大化けしたって、ちゃんと元に戻れる僕とはそこのところが違うってわけだ。 だから、モリカワくんに、大化けの能力をあげるって約束はあって無きがものとなった。だって、もう、モリカワくんはモリカワくんであってモリカワくんでない。それは確かなことで、僕は気に病むこともなかった。大好きなモリカワくん、であってもね。 そんなあれやこれやに味をシメたというわけではないけれど、〝化ける僕〟について「ちらほらと知っている」彼らだけでなく、そのほかのクラスメートにも次から次へと、僕は化けてやって、彼らを残らず半透明にしてやった。 大ボス気分で、僕はいつの間にやら、そんなこともやり遂げていたのだ。 それから、1週間が過ぎ、2週間も過ぎとしているうち、季節は夏を迎えていた。半そで姿の制服がクラスを満たし、今日も授業が始まる。 僕の分身みたいな半透明人間でいっぱいの教室に、夏の光が注ぐ。まぶしい。だけど、イイ気持だ。 「じゃあ、そろそろ、始めましょうか」 カイドー先生の爽やかな声に、「ハーイ」と僕だけが返事をした。 返事をしながら、やっぱり今日も先生の指先が握るチョークに、チョチョッと化けてみようかな、とたくらむ端から、もう身の半分をチョークへと化けさせている僕は、誰にも気づかれない微笑を、エヘヘと浮かべたりなんかしていた。
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