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ふと、あるものを思い出した。一縷の望みをかけて、隣の部屋からそれを取ってきてお姉ちゃんの前に突き出した。
本物のお姉ちゃんが大切にしていた人形。偽物のお姉ちゃんが捨てたがっている人形。もしかしたら、自分の弱点だから捨てさせたいのかもしれない。
どこかの時代劇みたいに見せびらかすだけでひれ伏すような代物だとは到底思えない。でも、何かしらの変化はあるはずだ。
この人形をどう使用すれば良いのかも分からないので、わたしはお姉ちゃんの胸に押し付けてみる。
しかし、お姉ちゃんは涼しげな顔で、
「ああ、それ……」
と、人形とわたしを見下した。
万策尽きたわたしは、せめて負けないように目だけは逸らさないでおこう、とこわごわと見上げるしか出来ない。
「口元に耳を近づけてみて。なにか言ってるでしょ?」
「何を言って……」
人形が話すはず無い。何、馬鹿なこと言ってるんだろう。そう鼻で笑おうとしたが、手元の人形が震えた気がした。
恐る恐る、お姉ちゃんを見る。お姉ちゃんは何も言わず頷いた。
そっと、人形の口元に耳を近づけてみる。
「か、ゆずか、ゆずか。……て。ゆずか。た……」
「ひいっ」
瞬間、わたしは悲鳴を上げて人形を投げ捨てた。床に叩きつけられ、横たわる人形。
あの人形にマイクや発声する装置がついていないのは、お姉ちゃんが小さな頃から遊んでいたので知っている。それに、どう聞いてもあれは機械音声じゃない。たどたどしく、籠もっていて聞き取りづらかったけど人間の声だ。
「ね、聞こえた? 本当に話してるでしょ。気味が悪い」
冷ややかな目で、お姉ちゃんは床に転がった人形を見下ろす。
得体のしれない存在はお姉ちゃんの中にいる何かだけで手一杯なのに、もう一体この家にいたなんて。急に自分の家が気の休まらない化け物の巣のように思えてしまう。
「ほら、今すぐにでも捨てたくなったでしょ?」
お姉ちゃんは優しい声で囁く。
「……うん」
わたしは小さく頷いた。
得体のしれないものが二体もいるのなら、せめて一体だけでも片付けてしまいたい。始末したい。
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パチパチと小気味良い音を立てながら、火は燃え盛り炎に変わっていく。炎の中で、並べられた人形たちは少しも表情を変えずに立っている。勝手に買われて、最後には燃やされてしまうなんて、人形の気持ちを考えると少し物悲しい気持ちになってしまう。自分も捨てたくせに。
人形供養のお焚き上げ。
お姉ちゃんが何度言っても動かなかったのに、急に妹も訴えだしたものだから、ようやく物臭なお父さんも重い腰を上げた。今すぐにでも捨てたいわたしとしては、燃えるゴミに出してしまいたかったけど、変なところで信心深いお父さんは人形供養を頼むべきだって許してくれなかった。
費用が手頃だったからと、近所の神社に依頼した人形供養。持って行ってすぐに燃やしてくれるのかと思っていたけどそうではなく、しばらく供養、祈祷してから、合同でお焚き上げをすると説明を受けた。
それが、ようやく今日。
炎に人形が焚べられるこの瞬間まで、勝手に動いて家に戻ってくるかもしれないと気が気でなかった。立ち会わずともお供養終了のお知らせは後から手紙で届くらしいけど、この目で確かめて安心出来そうになかった。
わたしの他にもちらほらと見物客がいる。あの人たちも不気味な人形に怯えたりしたんだろうか。
「私たちも写真撮る?」
「いらない」
後ろからの声に、わたしは素っ気なく返す。
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