お姉ちゃんの姿をした得体の知れないなにか

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 朝。寝起きのわたしがキッチンに向かうと、既に朝ご飯を食べ終わって食器を洗っているお母さんと、テーブルに座ってご飯を食べているお姉ちゃんが居た。  ううん。正確にはお姉ちゃんらしき人。もっと言えば、人ですら無いのかも。 「おはよう」 「おはよう。柚花。ほら、さっさと朝ご飯食べて。遅刻するわよ」  わたしがあくびを噛み殺しながら挨拶をすると、手を拭きながらお母さんが挨拶を返してくる。 「おはよー。柚花」  朝っぱらからやけに上機嫌に笑い、こちらに触れようと手を伸ばしてくるお姉ちゃんを躱し、自分の席に座る。お姉ちゃんの斜め向かい。  最近のお姉ちゃんはいつもニコニコしている。前はずっとローテンションで、特に寝起きは聞こえるか聞こえないかくらいの声量で挨拶するから、よくお母さんにしゃんとしなさいって叱られてたのに。  文字通り、人が変わったみたい。  朝ご飯はベーコンのスクランブルエッグにトースト。あと、インスタントの玉ねぎスープ。  朝ご飯をもそもそと食べながらも、お姉ちゃんへの警戒は怠らない。ジロジロと見ていると、視線に気がついたのか、お姉ちゃんはニコリと微笑んできた。悪寒がする。 「ねえお母さーん。やっぱりあの人形気持ち悪いよー。絶対喋ってるもん。髪も伸びてきた気がするし。捨てていいでしょー?」  食べ終わった食器を流し台に持っていきながら、お姉ちゃんが言う。 「またその話? 人形が話すはず無いでしょ。それに、お父さんが人型のものは粗末に捨てちゃダメって言ってたでしょ。あの人、変なところで信心深いから」  お母さんが呆れながら返すと、お姉ちゃんが唇を尖らせ肩を落とした。  最近、お姉ちゃんは何かに付けて人形の話をする。最初はただ捨てたがっただけなのに、お父さんに止められてからはやれ喋るだの、髪が伸びるだの、動くだの有り得ない理由をつけだした。  そもそも、これもおかしい。  件の十センチくらいの小さな女の子の人形は、お姉ちゃんが保育園の頃に買ってもらった物で、高校生になった今でもきれいに磨いて大切にしていた物だ。実は自分の部屋でこっそり話しかけているのだって知っている。それなのに、突然捨てたいだなんて。 「ほら、柚花も捨てたほうが良いと思うでしょ。気味悪いし」  言って、お姉ちゃんは後ろからわたしの両肩に手を置いた。油断していたわたしは「ひっ」と短い悲鳴を上げて椅子から飛び退いた。拍子にスープの入ったマグカップに手がぶつかって零してしまう。 「あらら、どうしたの、柚花? 大丈夫だった?」  心配そうにお姉ちゃんが近づこうとするので、わたしは一歩退いて睨みつける。白々しい。零れたスープが靴下に染み込んできて気持ち悪い。  でも、お姉ちゃんの姿で、声で心配するふりをする何かの方がもっと気持ち悪い。 「もう。朝っぱらから。姉妹なんだから仲良くしなさい」  叱りながら、お母さんは布巾で床を拭き始める。  仲良くなんて出来るはず無いでしょ。だって、こいつがお姉ちゃんに化けた何かだって、わたしは知ってるんだから。
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