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灼熱の晴天が1週間ほど続いただろうか。
気象予報士が「夏の小休止といった天気になるでしょう」と自信たっぷりに発した宣言が珍しく当たり、7月25日の朝は気温も低く、いまにも降り出しそうな雨雲が町ゆく人々の心をざわつかせていた。
伊勢崎結花の心も同じだった。
明日から待望の夏休みだというのに。とても嫌な気分だった。理由はわかっていた。
──あの転校生のせいだ。
朝6時。
県をまたいで通学をしている結花は、たっぷり1時間はかかるバスに乗るためいつも早起きをしているのだが、この日は寝覚めが最悪で、なかなかベッドから出られなかった。着替えるのもおっくうだった。学校に行きたくなかった。行けばあの転校生と顔を合わせてしまう。いったいどんな表情をしていればいいのか…。見当もつかない。
ため息を吐く。
とはいえ今日は終業式だ。授業はなし。午前中で終わるから、うまく立ち回れば会わずにすむかも知れない。
仕方なくやる気を出して制服の袖に腕を通していると、机の上のフォトフレームが目に入った。結花と爽やかな男子高校生が写っている写真。
──先輩…。
自然と胸が高鳴るのがわかる。
先輩、先輩、先輩。
──あの子には会いたくないけど、先輩には会いたい。
名前は、野村朔太郎。
妙に時代がかったそんな名前がぴったりなくらい、最近にしては珍しく男っぽい人。
別に筋肉質というわけではない。というより結花は筋肉系男子を好きではない。
その点、朔太郎先輩は真逆。
痩身という言葉がぴったりなほど、すらりとしている。ウェーブがかった髪。雨が降ると好き勝手に暴れて言うことを聞かなくなるのもちょっと可愛い。
出会ったときのことは、いまでもハッキリと覚えている。
入学してすぐの頃。
新しい環境になじもうと必死だった結花は毎日緊張して寝不足だった。寝不足にバスの揺れは天敵だ。席に座ってものの数分で夢の世界へ旅立った。
どれくらい眠っていただろう。学校最寄りの停留所がアナウンスされてハッと起きたとき、結花の頭は隣に座った男子高校生の肩にのっていた。ご丁寧にハンカチまで敷いてある。
「──よく眠れた?」
男子高校生が言った。結花は自分の顔がカァァッと赤くなるのがわかった。
「あっ、ご、ごごごめんなさい。私、いつの間に…」
「全然かまわないよ。とても気持ちよさそうだったから、起こすのも悪くて」
「いやっ、もう、全然…! たたき起こしてくれても全然ホントよかったのに」
「ううん。枕代わりになれて嬉しいよ」
「ま、枕代わりってそんな…」
「冗談冗談」
肩に置いたハンカチをサッと取るとポケットにしまう。
「きみ、1年生?」
「あ、はい。伊勢崎結花…です」
「ぼくは野村。2年の野村朔太郎」
ニコリとしたその笑顔に心が震えた。
時が止まる感覚。
鼓動がはやくなり、顔がほてる。
一目惚れ。まさかうっかり枕代わりにした先輩に一目惚れするなんて思いもしなかったが、人生なにが起こるかわからない。
「伊勢崎さんは部活なにに入るか決めたの?」
「あ、はい。中学までずっと陸上だったので、高校でもそうしようかなって」
「そうなんだ。じゃあ、放課後も一緒だね」
「えっ」
「陸上部なんだ、ぼくも」
舞い上がった。運命なんじゃないかと思ってしまった。
その先輩が、自殺した。
ヒイミさまの呪いだと私は確信している。
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