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いつだったか…確かまだ梅雨に入ったばかりの頃だったから6月だったと思うけれど、いつものように朝、並んで座って話をしていたら、一番後ろの席にいた他校の生徒がこんな会話をしていた。
「この辺ってさ、夜になったら外に出ちゃいけない日があるんだって。なんかこわいよね」
こわいよねと言いながら笑っている。冗談なのか都市伝説なのかわからないが、結花は興味を持った。
結花はこういう話が大好物だった。こわい漫画を読むのも好きだし、テレビでこわい番組があれば必ず見ている。だからこの噂のことも気になった。
先輩に聞いてみると「ああ、いまの? もちろん知ってるよ」と言う。
「噂だけど…その夜はヒイミさまが出るんだって」
「ひ、ひいみ…?」初めて聞いた。
「うん。ヒイミさまを見ちゃうと呪われて死ぬって言われてる。だから外に出ちゃいけないんだって」
「ええっ。なんですかそれ、すごい」
「そこですごいとか言っちゃうところが、結花のすごいところだよね」
「え、いやあ」
「褒めてない褒めてない」
笑いあう。この頃には、先輩は結花と呼んでくれるようになっていた。
「でもヒイミさまってなんなんですか? 怨霊かなにか?」
「わからないんだ。人の名前なのかなんなのかもハッキリしなくてね…。たぶん、日を忌むってところからきてるんじゃないかと思うけど」
「あ。なるほど」
湿気で曇った窓に指で書いてみる。
日、忌み。
「なんか、意味深というか…不気味ですね」
水滴が流れて字が崩れていく。その様子が血のしたたりに見えて、急にこわくなった。サッと指で消す。
「で…それって何日のことなんですか」
「うーん、24日って聞いたことあるけど」
「へえ。じゃあ先輩もその日は外に出ないんですか」
「出るよ。全然出る」
「ガセじゃないですか、じゃあ」
「だって、都市伝説だしね」
とまあこんなふうに、見た目に反して先輩もこの手の話が好きで、学校の七不思議とかネッシーの新説とか宇宙人の正体とか、たくさんの怪しい話をしてくれた。
好きな人と趣味が合うのは本当に楽しい。一気に距離が縮まった気がする。夏休みになったら、一緒に怪談ライブを聞きに行ったりして…。結花はそんな妄想で幸せいっぱいだった。
もちろん、何気ない会話も楽しかった。テレビ番組の話、部活の話。話題はなんでもかまわなかった。ただ二人の時間があることが嬉しかったのだ。
なのに。
昨日の放課後のことだ。
結花は部活中だった。
水を飲みたくなってグラウンドを離れ、校舎に入った。そのとき、見たのだ。
先輩が女の子と二人っきりで話しているのを。
先輩はランニングの途中で抜け出したらしく、汗をびっしょりかいている。
その女の子こそ、最近転校してきた美少女。同じクラスの奥山里桜という子だった。先輩と接点があるなんて知らなかったから思わず盗み見てしまった。
そうしたら先輩は、私には見せたことのない表情で親しげに笑っていて……すごくショックだった。見てはいけないものを見た気がした。
そればかりか部活が終わった後、先輩と里桜は密かに待ち合わせして一緒に帰っていった。
先輩を横取りされた気分だった。苛立ち。焦り。いろんなものが、ない交ぜになって、家に帰るまでの間のことはあまり覚えていない。バスの中に先輩がいなかったことだけは、ハッキリと覚えているけれど。
あれこれ考えてしまった。二人の関係は? 知り合いレベル? それとも恋人?
わからない。わからなくてツラすぎる。
だから今日、先輩に聞こうと思っていた。
あの子との関係を。恋人だったら悲しいけど、でも知らないままではいられないから。
だけどその朝、先輩はバスに乗ってこなかった。
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