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4
風邪かな。丈夫そうな先輩にしては珍しいけど。
そんなことを考えながら歩いていると、学校に着いた。
3階にある教室へ向かおうと階段に足を掛けたとき、同じ陸上部1年の奈央と絵美が駆け下りてきた。顔が引きつっていて、なにかよくないことが起こったと一目でわかるくらい動揺している。
「おはよ」
結花が声をかけると「結花ぁ…どうしよう」奈央がかすれた声で言った。
「…どうしたの?」
「あ…いま来たとこだから知らないか…」
「え? なんのこと?」
「驚かないで聞いてね」
絵美が結花の肩をつかんだ。つかんだというよりは、結花にしがみつくような。小刻みに震えている。
「なにがあったの?」
二人の目を見て結花がたずねる。
奈央も絵美も、さきほどまで泣いていたのだろう。まぶたが腫れて、目が真っ赤。
「あのね。先輩がね…」
「先輩って?」
わっと奈央が泣き出した。
嫌な予感がする。
「朔太郎先輩」
的中。
今朝、バスに乗っていなかったことと関係あるのだろうか。
ううん、あるはずない。
結花は自分にそう言い聞かせた。
なにもない。ただの風邪だ。奈央や絵美を泣かせ、ここまで動揺させるような事態は起きていない。
けれどそう思えば思うほど、結花の心の奥底がツーンと痛んだ。
夏の小休止、という気象予報士の言葉が、なぜか頭をよぎる。
「朔太郎先輩がどうしたのよ」
声が震えていた。その先を聞いてはいけないような気がした。
「驚かないで聞いてね」
絵美がもう一度言った。
「だから、なによ」
「──亡くなったの、昨日」
「……」
目の前が真っ暗になる。
いま、なんて?
亡くなった、と言ったの?
うそ、そんなわけない。
あ、わかった。いなくなったって言ったのよね。その「い」の部分を聞き逃したんだわ。
瞬時にそう考え、ざわつく心を静めようとする。
しかしそうではないことは、わかっていた。
確かに聞き取れていた。
野村朔太郎は亡くなった、と。
「うそ…」
やっとそれだけ言う。
「自殺だって」
「自殺? あの先輩が?」
思った以上に素っ頓狂な声になる。
だって、あんな素敵な人がなにを悩んで自殺などするというのか。
いや、そりゃ、悩みのひとつやふたつ、あったかもしれない。けれど、突然なんの前触れもなく死ぬだなんて、そんなこと──。
「ありえない」
結花がそう言うと、奈央も絵美も強くうなずく。
「そうだよね。なにかの間違いだよね」
涙声の奈央。奈央も先輩のことが好きだったのかな、となぜかそんなことを思った。
「だれから聞いたの、それ」
「先生たち。これから緊急朝礼だって」
「誤報であって欲しい」
絵美が手をすりあわせて言った。
動揺のあまり、体温が下がってしまったのだろう。重ねた手にハァと息を吹きかける。そしてそのまま妙なことを言った。
「道ばたで倒れていたらしいんだけど、亡くなり方が、変だったんだって」
「変って?」
「うん。自分で自分の首を絞めてたって…」
「え?」
自分で自分の首を…?
「そんな自殺、ある?」
「でしょ、変でしょ。なにがあったのかなぁ…」
絵美が涙ぐんで鼻声になる。奈央が同調してうんうんとうなずく。それから思い出したようにハッと顔を上げ、
「っていうか結花、先輩と同じバスだったよね。なにか気づいたこと、ない?」
「うん。でも、昨日の帰りは一緒じゃなかったんだ」
「そうなの?」
「うん」
なぜなら昨日先輩は、里桜と一緒に帰ったのだから。気づいたことと言えばそれくらいだ。でもそれが先輩の自殺と関係があるようには思えないから、別に言うほどのことではない……とそこまで考えて、なにか違和感が残った。なんだろう。なにが気になるんだろう。えーっと、えーっと。
──昨日? そういえば昨日って……24日じゃない?
え、うそ。
24日って、先輩が言っていた日だ。
外に出てはいけない日。外に出たらヒイミさまを見て呪われてしまう、そんな日。
先輩は都市伝説と言って笑っていた。でも、無関係とは思えない。
背筋にひんやりとした汗が流れた。
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