こんこんご飯事情

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 古今東西、狐とは化けるものである。  お山で一番化けるのがうまいという狐が一匹いた。  ある日、里の人間を化かしてこいと親に言われる。  化かすのが成功してこそ狐として一人前と。  そして、ここのところ山の食い物が凶作なので人間のところからなにか()ってこいと言われた。  お安い御用だと、狐は里へ向かう。  さて。  狐は里に着いて考えた。  どんな姿がいいだろう。  色っぽい女か?誰もが振り向くような美丈夫か。  いやいや、ここはやはり。  瞬く間に、狐は化ける。 「誰でも油断しやすい、子どもの姿だろ」  狐は人間の七つ、八つくらいの男子姿になった。 「我ながら上出来」  クルリ、とその場で回ってみせる。 「おっと」  立派な尾が出ていたので、すぐに消す。 「危ない危ない」  ニヤニヤしながら歩き出すと、すぐに畑が見えた。  しめた、と思う。  畑には立派な(つる)がそこらじゅうにある。  夏野菜の時期はすぎてしまったが、秋にも美味いものはいっぱいある。 「どうれ」  手を出そうとした途端。  ビー!  どこからか変な音が鳴った。 「な、なんだ?」  音に混乱して慌ててその場を離れようとすると、野菜にかかった網に足を取られてしまう。 「なんだ、この……!」  小さい足にしてしまったのが逆に仇となった。  なかなか細かい網の目がはずれない。 「おい!」  低い声が聞こえた。 「ひゃあっ」  狐は思わず飛び上がる。 「子ども……?そんなところでなにをしてるんだ」  背の大きな男が歩いてきた。  自分の姿が小さいからそう見えるのか、妙に威圧感がある。  頭には手ぬぐい、動きやすそうな白服と黒ズボンで手には鎌を持っている。  もう一度縮み上がった。  皮をはがれたらどうしよう。 「動けないのか。ちょっと待ってろ」  男は地面に鎌をぽいと捨てると器用に網をといてくれた。 「大変だったな。でも勝手に畑に入るほうも悪いんだぞ」 「ご、ごめんなさい」  そうだった、今は人間の子供の姿だったと思いいたる。  このまま化けの皮をかぶっておこう。 「狸に野菜をやられたから網を張っていたんだ。怪我をしなくてよかったな」  クソ、狸のやつめ先を越されたかと狐は内心苛つく。  化けるのは絶対狐のほうが上だがやつらはどうも人間の懐に入りこむのがうまい。  人に紛れて坊さんを何年かやっても気づかれなかったという昔話があるくらいだ。 「お前、なんて名前だ」 「名前なんてない」  なんとなく決まりが悪い。  ぶっきらぼうにそう答える。  お山では基本家族としか話さなかったのでおいとかお前で事足りた。  兄弟と話すときも大きいやつと小さいやつといった感じで。 「そうか、知らないやつに名前は教えるなってことか」  うんうんとなぜか神妙に男はうなずいている。 「じゃあ、コンタって呼ぶな。その紺色の着物似合っているから」  フン、と狐あらためコンタは鼻を鳴らした。 「コンタは腹減ってないか?」 「別に……」  ぐーぎゅるる、と折よく腹が鳴った。 「ちょっと待ってろ」  そう言って男は奥に入っていった。  縁側に座っていろと言われたので足を伸ばしてダラダラしていると、どこからか香ばしいにおいがした。 「はいおまちどおさん」  そう言って男はコンタに皿を差し出した。  ほかほかと湯気が上がっている。  受け取ってにおいをかいで。  コンタは目を見開く。 「な、なんだコレは……!」 「チーズトーストだ。あっ、チーズ大丈夫だったか?」 「すばらしい小麦色……!」 「……大丈夫みたいだな」  男は大きな手で、コンタは小さな手でそれぞれトーストをつまみ上げる。 「いただきます」 「いただきます」  サク、っと音が鳴った。 「んーっ……!」 「うまいか?」  コンタが頬を紅潮させて拳をつくっているのを見て青年は言った。 「うまい!お前の名前はなんていうんだ?」 「ソータ」  男はそっけなくそう答える。 「ソータの作る料理はうまいな!もう一枚!」 「はいはい」  コンタが差し出した皿を受け取って、ソータは今度は二枚重ねたトーストを持ってきた。  それからコンタは食べる食べる。  小さな体のどこに入るのかというくらい食べるのでソータも呆れた顔をした。  それから困ったように言う。 「もう朝に食べるぶんのパンしかないから今日はおしまいな」  そう言ってもコンタが物欲しそうな目をしているので、根負けするとソータは言った。 「……あと一枚だけだぞ」 「わーい!ソータ太っ腹!」  明日の朝はパンじゃなくて白飯にしよう、とソータは思うのだった。 「それにしても痩せているな。ちゃんと食っているのか?」  コンタの細い手足を見てソータは言う。  食後に出してくれた温かいお茶を飲みながら、コンタはため息をついた。 「……最近は食べ物をとるのも大変なんだ」  近ごろの異常気象のせいで、山の食べ物は大変不作であった。  その皺寄せは山の住人である動物たちにそのままふりかかる。  食べ物を盗ってこいと言われたのも小さな兄弟を食べさせるのが精一杯だったからだ。 「食べ物を買うのも大変ってことか」  ソータはそう解釈(かいしゃく)したらしい。  しばらく考えこんで、ソータは言った。 「じゃあ、お前うちの手伝いしないか?」 「手伝い?」 「そう。簡単なバイト」 「バイト?」  なんでも、ソータは普段役所で公務員をしながら空いている時間に自宅の畑で野菜や果物を作っているらしい。  綺麗にとれたものは市場の片隅で売らせてもらって、形があまりよくないものは友人の料理屋に買ってもらっているとのことだ。  形が悪くても味は同じだし、料理したらちゃんと美味いとソータは言う。 「そんな感じで、手伝ってくれるなら小づかい程度くらいバイト代出せるし、余ったやつは家に持って帰っていいし。どうだ、悪くないだろ?」 「すごく助かる!けど……ソータはなんで会ったばかりの俺にそこまでしてくれるんだ?」 「子どもを助けるのは大人の義務だ。それに、困ったときはお互い様だって言うだろ」  本当は子どもじゃないんだけどな、とコンタは思った。  とりあえず、それはいい話だ。 「すごく助かる!ありがとう!」 「礼はまたはじめてみてからだな。じゃあ、明日からでも大丈夫か?」 「うん!」 「よし。とりあえず、これ持ってけ」  そう言って両手では抱えきれないほどの野菜や果物を風呂敷に包んでくれた。 「こんなにいいのか?」 「ああ。どうせ俺一人じゃ食いきれないしな」  ソータはどうやら一人暮らしのようだった。  都合がいい。  それなら、俺が狐だとバレる可能性も減るってものだ。 「ありがとう!」 「ああ、じゃあまた明日な」 「また明日!」  そう言って、ソータと別れて山に帰った。  明日から忙しくなるぞ、と思いながら。  持って帰った食べ物に親と兄弟はとても喜んでくれた。  成果を言うと、両親はその人間をせいぜい利用してやれと言った。  もちろん、そのつもりだ。  次の日からコンタはソータの仕事を手伝った。  畑の草むしりから耕し、葉を食う虫を取る。  農薬というものを使わないでソータは野菜を作っているようだった。  たしかに、以前畑に入って盗んで食べた家のものよりうまいなと思った。  料理屋をやっているという友人のところにもついていった。 「おーありがとうな!いつも助かるわ。このトマトとかめっちゃうまそう!」  そう言ってなんとその場でかぶりついた。 「んー!うま」 「ちゃんと店のぶん取っとけよ」 「りょーかいりょーかい。んで、この子がソータの家に手伝いにきたって子?」 「コンタです。よろしくお願いします」  コンタは行儀よく頭を下げる。 「いいね、お利口な子だ!あ、今ちょうどランチ終わったところだからオムライスでも食ってく?」 「オムライス!」  オムライスは以前テレビで見たことがある、とコンタは思った。  黄色ですごく美味しそうなものだった。 「なーなー、ソータ俺オムライス食べたい!」 「ったく、甘やかすなよ。ちょっと寄るだけだからな」 「ソータのぶんもちゃんと作るでな」 「ハイハイ、ありがとう」  ソータの友だちが作ったオムライスはふわっふわでケチャップの甘酸っぱい味がしてコンタはとても満足した。  食べ終わるころになってコンタは少し微妙な気持ちになる。 「ん?どうしたコンタ。もうお腹いっぱいか?」 「そうじゃないけど……」  コンタは口ごもる。 「俺だけ美味しいものを食べて悪いなって。兄弟にも食べさせてやりたいなあ」 「なに、兄弟いるの。いいよ、今度連れてきな」  気前よくソータの友人はそう言ってくれる。 「でも、コンタの兄弟は病弱で家を出て外に遊びにくるのは難しいんだってよ」  ソータにはそう説明してある。  もちろんウソだが。  兄弟たちはコンタほど人間に化けるのがうまくないのだ。 「そうなんだ。大変だね。じゃあタッパーにつめてやるから持って帰んな」 「ありがとう!きっとすごく喜ぶよ」  ウルウルとした目で見上げることを忘れない。 「いいってことよ。手伝いもして本当にえらいな。よし、お菓子もつけてやろう」 「だから、甘やかすなって」  しめしめ。  人間って本当にバカなやつらだ。  俺の言葉にまんまと引っかかる。  だけど、なんだろう。  このところ、それがどうもモヤモヤした。  まあいっか。  それからもコンタはソータを手伝っては山に飯を運んだ。  食べたことない美味なものに兄弟はとても喜んでいた。  よしよし、とコンタはいい気分になる。  その日も上機嫌で山からおりていった。 「ソータ!今日もきたぞー!」  家はシンと静まりかえっていた。 「なんだいないのか?」  家中を探してもソータはいない。  なんだか嫌な気分になった。 「ソータ?ソーター!」  これは、あの時の気分に似ている。  目を離したわずかな間に兄弟がいなくなった時に。  わんわんと泣くコンタに両親は仕方ないと言った。  たぶん、もう生きてはいないだろうと。  山の生き物はそれだけ生きていくのが大変なのだ。  小さなものならなおさら。  すぐに目の前から消えてしまう。  そして、人間は野生の動物から比べても弱い生き物だ。  それを、いつも忘れてしまう。  気づけば無我夢中で外に飛び出していた。  勢いよくすっ転んで情けない気持ちになる。  すると、ソータの声が少し聞こえた気がした。  向かいの家のばあさんと話していた。  ソータの木になった柿を指差しながら、なにやら話している。 「今年は豊作だったので……」 「そうなん、悪いねえ……」 「ソータ!」  コンタはドーン!とソータに体当たりするように腰に抱きついた。 「コンタ?きてたのか?」 「あれ、親戚の子?甘えん坊さんなんやね」  和やかにばあさんが笑う。 「よかった。俺、ソータがいなくなっちゃったかと思ってた」 「ここは俺の家なのにどこにいなくなるんだよ」  ソータは呆れた声で言う。 「ソータくんをとっちゃったみたいやね。わるかったわ。それじゃ私はこれで失礼するわ」 「ああ。ではまた」  ソータはばあさんに手を振る。 「柿をやるって話をしてたんだよ」  ソータは弁明するように言った。 「そう怒るな」 「怒ってない」  コンタはそっぽを向く。 「今年の柿はなりすぎでな。配っても配りきれなくてちょうどおばさんが柿好きだって言うから好きなだけ持っていってくれって話をしていたんだ」  心配していたなんて馬鹿みたいだ。  そしてこんなに勝手に不機嫌になっていることも。 「ちょっと待ってろ」  そう言って、ソータは中に入っていった。 「ほら、持ってきたぞ」 「なんだよ、また食べ物で機嫌とろうってか?そうはいかない……」  そう言おうとしてコンタは固まった。  綺麗だ。  まず見てそう思った。  トロッとした夕焼けのようなジャムがまず目に飛びこんでくる。  瓶詰めのケーキのようで中には、ホイップクリーム、スポンジケーキ、ジャムが層のように入っている。  見た目も美しく、食べたらきっと甘いんだろうなあ、とゴクリと唾を飲みこんだ。 「なんちゃってだけどショートケーキだ。お前、甘いものが好きだろ」  いつもこっそりお菓子を食べているのを見られていたらしい。 「……た、食べてやってもいい」  そう言うとソータは少し笑った。 「入れよ。手洗いも忘れずにな」  ソータがくれたケーキを手に取る。  スプーンですくうとトロリとジャムが滴った。  果実の大きな粒が入っている。  なんでも、苺ジャムは自家製らしい。  ジャムって家でも作れるんだなと思った。  一口食べると少し酸っぱい。  それでも、甘さがちょうどいい感じだ。  ホイップクリームと混ぜても美味しい。  いくらでも食べられそう。  夢中でケーキをほおばっているとソータが言った。 「悪かったな」 「なにが?」 「寂しくさせて。お前、俺が家にいなくて慌てたんだろ」  ソータは遠い目をする。 「俺も経験あるからさ。家からフラッと出て行ってそれから帰ってこなかった」  それは、ソータの家族となにか関係があるのだろうか。  居間に写真が飾ってあった。  詳しいことはわからないが。 「ソータが謝ることじゃない」  それだけ、言った。  それから数日後のことである。  ソータはまだ仕事中のはずだ。  少し早い時間にきてしまった。  コンタが山からおりてくるとギャアギャアとなにか騒がしい音がした。  柿の木のほうから聞こえてくる。  嫌な予感がして走ってそちらに行った。  見るとカラスが柿の木に群がって、実った柿をつついていた。  柿がどんどん穴だらけになっていく。  あれはソータがばあさんと約束した。  頭が熱くなった。 「コノヤロ!」  ホウキを振り回して追い立てるとカラスは逃げて行った。  慌てて木の様子を見る。 「そんな……」  柿の実はボロボロに食い荒らされて、半分も残っていなかった。  あのばあさん、あんなに楽しみに嬉しそうにしていたのに。  ソータが仕事から帰ってくるまで、コンタは木の下でうずくまっていた。 「そんなことがあったのか」  ソータは首を振る。 「まあ、仕方ないさ。ちょっとがっかりするだろうが、おばさんもわかってくれる」  がっかり。  そうがっかりする顔が見たくないのだ。 「食べることって罪深いんだな」  ボソリとコンタが言った。 「だって、あの木はソータのものなのに」  それこそ、自分が言えたことじゃないが。  「まあ、俺の家のものだけど。俺だけのものじゃないさ」 「え?」 「カラスだって腹減ってんだろ。それに、隣の人にだってやるし。まあお互い様ってことだ」  いつも思うけどソータは心が広くて、無防備だ。  だから、だまされないか心配だ。  そして、愕然(がくぜん)とする。  そんなソータをだましているのは自分のほうじゃないかと。 「帰らなきゃ」 「コンタ?」 「それじゃまた!」  逃げるように、コンタは山の中に帰って行った。  その夜のこと。 「え?」 「だから、その人間をとり殺してこい」  親がそう言った。  なかなか山に帰ってこないコンタにやきもきしてか、ここらで見切りをつけるべきだと。 「人間を食ってこそ、化け狐として一人前だ」   血が凍る思いがした。  そんなことできない。  コンタは叫んだ。 「ソータを食べなきゃいけないくらいなら一人前なんかじゃなくったっていい!」  山を勢いよく飛び出して行った。  後先も考えずに。  コンコン、と力なく裏手の戸を叩いた。 「待ってくれ」  ソータが戸を開けた。 「コンタ……?こんな時間になにしてるんだ?」 「家出してきた」  詳しい理由も聞かずにソータは中に入れてくれた。 「泥だらけじゃないか」  コンタはずっとうつむいて黙っていた。 「親御(おやご)さんが心配していないか?」 「心配なんかしているかあんなやつら……」  ソータは困った顔をする。 「こんな夜だしな。よかったら家に泊まっていくか?」 「いいのか?」 「ああ。客間の布団出すよ」  テキパキとソータはそう言って、本当に泊めてくれることになった。  なかなか眠れずにいるコンタのためにソータはテレビをつけてくれた。  しばらく並んで二人で見る。  いきなりキスシーンがはじまってコンタは気まずい思いをした。  ぼそりとソータが言う。 「キスも食べることといっしょなのかもな」  寝ぼけているのか、突然そんなことを言われてよくわからなかった。 「へあ?」 「(ついば)むようなキスって言うしな。啄むっていうのは食べることだろ?」  そこでコンタはピンとした。  これはなかなかいい考えなのでは。  啄むのが食べることなら。  じゃあ、ソータにキスをすれば食べたってことになるんじゃ……。 「お、俺寝る!おやすみ!」 「おう」 「やっと寝たか……」  しばらく様子を伺っていたが、ソータはなかなか寝ないので待ちくたびれた。  それでも今は安らかな寝息をたてている。 「よし、やるぞ……」  その口に唇を重ねようとして……。 「なにしてんの」  ソータが目を開けた。 「うわあっ!」 「いや、うわあはこっちのセリフだわ」  ソータは起き上がる。 「起こしてくれようとしたのか?悪かったな。まだ早すぎる時間だ」 「ごめんなさい!」 「え?なにがだ?」 「だからあのその」  コンタは混乱したまま、自分の姿を狐に戻した。 「こういうことなんだよ!」  自分からバラしてしまった。  狐がしゃべったらどんなやつでも驚くはず。  はずなのに。  ソータは笑った。 「なにがおかしいんだよ」 「お前気づかれてないと思ってたのか」  そう言ってソータはさらにおかしそうにする。 「気づいてたの!いつから?」 「お前とはじめて会った時から少し経ってからかな。昼寝してる時にちょっとしっぽ出てたし。この山には化ける狐がいるっていうのはけっこう有名な話だしな」  それではほとんど最初からではないか。  うわあ、自分馬鹿みたいだと思った。  うまく立ち回っているつもりでいたから。 「で?また今日はなんで家にきたんだ?なにか盗みにきたのか」  お前の唇を盗むつもりで、なんてうまいコト言ってる場合ではない。 「うーん、ええとそれは」  コンタはしばらく考えこんでからがっくりして、正直に話すことにした。 「俺、人里におりてきたのは人を化かして一人前の化け狐になるためだったんだ」 「へえ。それで俺を一生懸命化かそうとしてたってわけか。悪いな最後までつきあってやれなくて」 「いやそれはいいんだけど……」  背を丸めて、コンタは言った。 「正直、こんなことはじめてでさ。人をだますのが悪いことに思えてきて、そしたらはじめて失敗した。そんで家を飛び出してきたんだ」  ソータのことを食べようとしていたことは言わなかった。  最初からそんなつもりはなかったし嫌われたくないから。 「もう山にも帰れないし、どうしよっかな……。本気で野良狐になるしか」 「じゃあお前、うちの子になるか」 「は?」  ソータのいきなりの提案に思わずコンタは固まる。 「うん?でもそうなると急に人間の子どもがきたことになって変に思われるか。お前、子どもの姿以外には化けられるのか?」 「ちょい待ち」  コンタはビシッと前足を立てた。 「お前俺の話聞いてた?俺はお前をだましてたの!だから……」  うつむく。 「だからもういっしょにはいられないだろ」 「うん、布団も部屋もあるし親戚のやつだって言えば問題ないだろ」 「人の話を聞けよ!」 「だって問題ないだろ」  ソータは表情を緩めた。 「今までうまくいってたんだから問題ないって。それにお前が困っているなら俺は助けてやりたいんだよ。それこそ、お前が毎日俺を手伝ってくれたようにな」   そんなこと。  そんなことを言われて離れられるわけがないではないか。  ああ、なんだか悩んでいたこっちがとても小さいやつで。  すっかり化かされた気分だ。  そうして、人間と狐はいつまでも幸せに暮らしました。  とは、問屋がおろさないが。 「ソータあ、これこっちに積んどけばいい?」  狐は豊穣(ほうじょう)の神でもある。  自分にもどうやらそっち方面に活かせる才能があったようで畑はみるみる豊作になった。  ソータが前から興味があったという米作りもはじめてみたらこれが大当たりだった。  本格的に農業に転職しようかどうか迷っているらしいが、それはソータが答えを出すだろう。  それに今はコンタもいる。 「全く、ただの野良狐がとんだ福の神に化けたもんだよ」 「なんだよー、ただの野良狐とは失礼な!」 「冗談だって」    軽口をたたきながら、コンタはとてもいい気分だった。  金色の稲穂がどこまでも風に揺れて。  豊かで柔らかな、秋のにおいがした。
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