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 公園から戻り、食パンと冷凍食品だけの朝食を済ませた後、俊夫はスマートフォンの、美奈とのチャット画面を開いた。要件を伝えるだけの、味気ない最後のやり取りが残っていた。  新しい文章を書いては消し、スマートフォンを机に伏せ、それを3回ほど繰り返した後、正解など元からないのだと自分に言い聞かせてシンプルな言葉を送信した。 ”お久しぶりです。話したい事があります”  午前中は天使に言われるがまま部屋の掃除をして過ごし、朝と殆ど同じメニューの昼食をとっている最中に、返事は戻ってきた。 ”今日の夜なら空いてる”  ♢  居酒屋の、襖で仕切られた個室の中、数か月ぶりに美奈と向かい合っている。机にはお通しと、フライドポテトと、枝豆と、ウーロン茶が二つ置かれていた。 「よく連絡してこれたね」 「うん、急にごめん」 「そういうことじゃなくてさ」  付き合っていた頃、美奈はふんわりしたワンピースやスカートを好んで着用していたが、今日はデニムのジーンズにトレーナーというシンプルな姿だった。胸まで伸びていた髪の長さは変わっていなかったが、今日は後ろで一本に結ばれていた。  俊夫は、お通しを見つめながらしばらく瞬きだけをしていたが、やがて顔を上げ、言った。 「来てくれてありがとう。最後、ちゃんと話ができてなくてごめん。自分の何が悪いのって美奈は言ったけど、美奈に悪いところなんて一つもなかった。俺が、何も分かってないなかったんだ。だから、ごめん」  美奈もゆっくり顔を上げた。目のあたりにうっすらと赤みがさしている。しかし、力強く俊夫を見ていた。 「何も説明になってないんだけど。結局どうして私はフラれたわけ?」 「そうだね、ごめん。仕事とか、ポン太のこととかが大変で、自分にとって何が大事なのか分からなくなっていたんだ。美奈を大事にしなきゃいけなかった」  美奈と別れる直前、俊夫は仕事に追われ、また病気の愛犬であるポン太の世話に追われていた。  美奈はまた目を伏せ、ウーロン茶のグラスを引き寄せた。ストローをもってゆっくり中をかき回しながら、ポツリポツリと独り言のように言った。 「分かってたよ。あの時俊夫が大変だったことは。でも相談してもらえると思ってた。一緒に悩めると思ってた。俊夫と一緒に生きていくつもりだったんだよ、私。でも俊夫にとっては、荷物の一つでしかなかったってこと?」 「そうじゃないよ。俺も美奈ずっと一緒にいたいと思ってた。でももう頭がいっぱいになって、自分のことも美奈のことも分かんなくなっていたんだ」 「じゃあ今からもう一回、私と付き合える?私は無理だけど」 「それは」  暗闇の底のような日々の続きに戻って歩き出すことは、俊夫にはどうしてもできないことだった。 「ふざけてんじゃねぇぞ」  美奈から、これまで一度も聞いたことのない言葉が放たれた。俊夫は身をすくめた。 「今日結局何しにきたの?どうにもなりませんでした、ごめんなさいって言いに来たの?今更そんなこと言われたってしょうがないよ。あの後、私がどれだけ泣いたか知りもしないくせに。今だって俊夫は、俊夫のことしか考えてない」  美奈は息を切らしながら自分のバッグに手を入れると、中から小箱を取り出し、俊夫目の前の机に叩きつけた。 「誕生日にあげるはずだったプレゼント、捨てるのもったいないからやっぱりあげる。俊夫のためにこれ以上傷ついてあげない。これで最後だから。二度と私に近づかないで」  自分のバッグを乱暴に掴んで、美奈は店を出て行った。
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