チャールズside悪友のエスコート

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チャールズside悪友のエスコート

 幼馴染のダミアンが、いつからあんなに気難しくなったのか私には覚えがない。それは冬の氷がじわじわ厚くなって行くかの如く、気づけばそうなっていたという様なものだった。 元々ダミアンはヴォクシー侯爵家の嫡男として生まれて、そうあるべきとして育てられ、本人も周囲の期待に沿って行動していたと思う。  公爵家の次男として生まれたひとつ年上の私が、幼少の頃からダミアンと親睦を深めていたものの、気づけばダミアンの方がいつも私よりも年上に見られる様になっていた。 まるで将来がわかっていたかの様に、王立学院を卒業する頃にはすっかり周囲よりも大人びていたダミアンは、2年前にダミアンの父であるヴォクシー侯爵が急逝した際にも、特に問題もなく侯爵家を継いだ。  顔には出さなかったが、(よわい)28歳にしてヴォクシー侯爵となったダミアンは、周囲に群がる多くの老若男女の貴族達をどう感じていただろう。そつのない態度で彼らを(さば)いていたけれど、その頃から妙に気難しさに拍車がかかってきた気がする。 そんなダミアンを心配した私は、度々彼を息抜きに引っ張り出した。ダミアンも幼馴染の私には、苦笑しながらも諦めを滲ませてお節介を許してくれるので、私も仕事の邪魔になっても強引に遊びを(ねじ)込んだりしたんだ。  だからあの夜も、社交場で店の主人と押し問答している質素なドレスの若い貴族の令嬢が、ダミアンと話をしたがっている事を知り、ほんの気まぐれで彼女をダミアンに会わせた。 帽子についたレースでハッキリとは見えなかったものの、美しい銀色の長い髪にはあまり思い浮かぶ令嬢が居なかった。そして令嬢本人もダミアン本人の事をまるで知らない様で、酷く可笑しく思ったのを覚えている。 世の中の貴族令嬢全てがヴォクシー閣下を知っていて、お近づきになりたいのだと思っていたのだから。  だから夜会にダミアンが曰く付きの令嬢を連れてくると噂になった時、エリスク伯爵令嬢と聞いてもピンと来なかったのは正直認めよう。エリスク伯爵家の後継が、享楽的で破滅的、そして男娼を囲うという見事なまでの落ちぶれた伯爵なのは有名すぎる話だった。 享楽が過ぎたのか死んでしまった後、次男である現伯爵が跡を継いで、何とか持ち直したと噂で聞いていた。現伯爵は、亡き伯爵とまるで性格が違っていて、以前勤めていた王宮での仕事振りも真面目で、真面目過ぎて融通が効かないとまで言われる様な人物だった様に思う。  兄弟でどうしてこうも違ってしまうのかは謎だが、私もまた兄上とは性格もまるで逆なので、男兄弟は案外そう言うものなのかもしれない。 ただエリスク伯爵家が上手く行ってたのはその一時で、度重なる100年振りの水害と、奥方の病死により、伯爵が領地に引きこもってしまったと言う話は貴族の中で共有する噂だ。 令嬢がいると言うのは聞いた事がなかったが、これだけの不幸に見舞われると社交界デビューの際も喪中だったのかもしれないし、普通の貴族令嬢として生きてはいけなかったのかもしれない。  だから余計に謎のエリスク伯爵家のご令嬢とダミアンが夜会に参加すると聞いて、私はこの退屈な日々を打ち破る見ものに大いに好奇心を掻き立てられていた。 夜会会場の入り口から、ダミアンが銀色の流れる様な美しい髪と柔らかな空色の瞳を持つ、微笑んだ美しいご令嬢をエスコートして入場して来た時には、思わず目を見張った。 そしてその髪の輝きを見て、私は彼女があの夜の社交場で、ダミアンに会いたがっていた謎の令嬢だと言う事に気がついた。  私は大声で笑い出しそうだった。全くあり得ない話だった。ダミアンは自分のところに無理に押しかけてくる人間が、どんな相手だろうが二度目はない男だと知っていたからだ。 そのダミアンが彼女をエスコートして連れて来ているのだから、笑ってしまってもしょうがないだろう?一体彼女の何がダミアンをそうさせたのか、私は楽しい気持ちで二人のところまで近づいて行った。     「ダミアン、今夜エスコートしている美しい御令嬢を紹介してくれないか。」 私がそう言って二人に声を掛けると、こちらを振り返ったご令嬢は、柔らかな空色の瞳に光を灯して私を見つめて微笑んだ。それはあの社交場での秘密を共有した者同士の、合図の様な笑みだった。 私は余計な事を言って来ない、頭の回転の速いご令嬢に密かに舌を巻いて、ダミアンに彼女を紹介されるのを待った。 「チャールズ、こちらはエリスク伯爵令嬢のクレアだ。クレア、君はもう面識があるだろう?余計なことばかりする私の幼馴染のチャールズだ。こう見えて私より一つ年上で、ガーズ公爵家の次男なのだよ。」  「改めまして、ご挨拶しましょう。ガーズ公爵家のスペアのチャールズです。あの時貴女をダミアンに会わせたのは、私の大手柄と言うことでしょうね?」 そう言って揶揄うと、予想に反してクレアは赤くもならずに、チラリとダミアンを見て私に微笑んで囁いた。 「感謝しておりますわ、チャールズ様。今ここでこうしているのは不思議な気分ですけれど、『悲運なエリスク伯爵』の通り名をそろそろ返上しても良い頃合いでしょうから。明日からは『エリスク家の令嬢を知らないのはモグリ』とでも噂されるのでしょうね?」  貴族令嬢らしからぬ物言いに、私は弾ける様に笑ってしまった。無作法だろうが、夜会でこんなに小気味良い令嬢に会ったのは正直初めてだった。ダミアンが彼女をエスコートして来た訳がそこら辺にある様な気がした。 ダミアンが渋い顔でクレアを睨みつけると、クレアは細い指先で口元を押さえた。それは彼女のふっくらした薔薇色の唇に注目する事に他ならなくて、本人が意識していないせいで妙に艶かしく感じるのだった。  ダミアンも同じ事を感じたのか咳払いすると、私に合図だけして紳士の嗜みである葉巻のサロンへ行って来るとクレアに耳打ちだけすると、私と連れ立って移動した。 「良いのかい?彼女は今夜の夜会に鮮烈デビューだけど。ほら、お前が離れた途端、男達が群がっているぞ?」 そうダミアンを揶揄うと、ダミアンは肩をすくめて言った。 「ああ、今夜はそれが目的の一つでもあるからな。」 私はダミアンがそんな事を言うのを目を丸くして聞きながら、思わずクレアに人々が押し寄せるのを眺めていた。
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