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中傷の張り紙
『山野和瀬は井川浩一教諭を誘惑している』
ワープロ文字で打たれたそんな張り紙が一階の職員室前にある掲示板に貼られたのだ。
誰の仕業かは分からなかった。
浩一が人気のある教師ということと、和瀬が目立つ生徒だったということも災いし、大騒ぎになった。
そして、当然のごとく和瀬と浩一は校長室へ呼び出された。
校長室には校長と教頭の他に生活指導の教師もいた。
まず口を開いたのは校長だった。
「ここに呼び出された理由は分かっているね? 山野君」
「……はい」
「じゃあ単刀直入に聞くよ。この張り紙に書いてあることは本当なのかな?」
「それは――」
本当のことです。
俺は浩一先生のことが好きで、バレンタインデーにチョコも渡したし、好きだってずっと言ってた。
先生が俺の思いに応えてくれる前から、確かに先生を誘惑していた……好きになって欲しかったから。
しかし、和瀬が言おうとした言葉は、浩一によって遮られた。
「そんな事実はありません」
浩一はきっぱりとそう言ったのだった。
「でも、山野は井川先生に随分懐いていたと他の教師方もおっしゃってますし、なんでも山野は昼休み数学準備室に入りびたりだったそうじゃないですか? どうですか?」
生活指導の教師が浩一を問い詰める。
「それはそうですが、山野は男子生徒ですよ。そこまで問題になることでしょうか? 勿論これからは気を付けますが、俺は山野に誘惑された覚えはありません」
……浩一先生は今俺のために嘘をついてくれている……そう分かってはいたが、和瀬は心の何処かがチクリと痛むのを感じた。
はっきり言ってくれてもいいのに。
誘惑されてましたって。
こんなふうに他人行儀に和瀬のことを話す浩一が、少し恨めしかった。
話し合いの結果。
確たる証拠がないことから和瀬は退学にも停学にもならずに済んだ。
だが、和瀬は浩一のクラスから他のクラスへと移され、数学の担当教師も変わってしまった。
そして二度と数学準備室には行かないことを約束させられた。
ある意味和瀬にとってはなによりも重い罰だったかもしれなかった。
それから和瀬は浩一と学校で顔を合わせる機会はぐんと減ってしまった。
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