1人が本棚に入れています
本棚に追加
第10章 「第二次禁門の変~後編~」
孝明と義信の刀剣が交わる。容永は決闘には参加せず、静観する構えだ。
当初、決闘は義信優勢に進むと思われていた。彼自身は、勇美より弱いと自分を卑下していたが、義信は武家の棟梁。徳川家では、幼少期から武芸の稽古は行われていたし・・・・・・それは現代にも受け継がれていた。
しかし、実際は孝明も思いの他健闘した。勇美に敗北したときとは比較にもならない。
前回は、自身の慢心が、敗因だ。孝明自身そのことは理解しており、猛省した。そのため、今回は油断せずに、最初から全力で迎え撃っているのだ。
しかも現在、自身の生死に関わる場だ。まさに命がけ。全身全霊をかけるのは当然である。
これに、義信は苦心する。
(クソ・・・・・・もう少し楽に勝てると思っていたのだがな。慢心していたのは私の方であったか。)
義信も、再度気合を入れ直す。
なお、両者が使用している刀剣は、それぞれ由緒あるものである。
まず孝明側、使用武器は「草薙くさなぎの剣つるぎ」。天皇家に代々伝わる三種の神器の一つだが、孝明は惜しみなく、今回それを戦闘に投入した。まさしく、神聖な力をその身に宿し、圧倒的なオーラを放っている。
一方の義信の刀は、「長巻ながまき 銘めい 備前びぜん長船おさふね住じゅう重しげ真ざね」。義信の祖先・徳川慶喜にまつわる刀で、こちらも伝説級の武具となっていた。
そんな両者の戦闘、互いに一歩も譲らない。
義信は、思わず相手の武芸に感嘆した。
天皇家は、たしかに古代より、権威の象徴として、時代によって強弱は違えど、その神聖力を誇ってきた。しかし、その根底にあるものは何か。もちろん、神の末裔という“伝承”による信仰心もあるだろうが・・・・・・同時に、強さという、目に見える能力も、一定以上あったのだ。でなければ、すぐさま討ち取られてしまっていただろう。
孝明は、2000年以上前の魂をその身に宿し、奮戦していた。
孝明と義信。天皇と将軍。立場は違えど、そこには何か、共通するものがあった。
単なる刀剣の応酬では、もはや勝負はつかない。
互いに、必殺技の撃ち合いが、勝敗を分かつ決定打になる、そう認識した。
先に動いたのは、孝明の方であった。
「神速“草薙”‼」
これこそが、孝明━━ひいてはこの草薙剣が持つ必殺技だ。その斬撃は神が如く、義信の身体に、無数の斬撃が刻まれた。
ここは伏見稲荷大社。今にも全焼しそうであるとはいえ、神聖なパワーが満ちている。これが孝明の技に拍車をかけたのだ。
これにて勝負は決し、義信は肉片と化す・・・・・・そう思われた。
━━しかし。
「何ィ⁉」
義信は、その攻撃を耐えきった。
「そんな、神の技ぞ・・・古来神武天皇より伝わる、伝説の一撃ぞッー‼」
孝明はワナワナと震えた。
義信は立ち上がる。
「今のは素晴らしかった。━━その技に敬意を表し、私も奥義を見せてやる。」
義信が刀を構える。
そして━━繰り出した。
「弑逆“下克奉還”‼」
義信の刀は底を切り、そのまま孝明の股から胴を斬った。
「グハァー」
孝明は吐血し、倒伏した。
「馬鹿な・・・・・・朕が、神の力を借りし朕が、負けることなどッ・・・・・・!」
しかし、今度は義信も、決して油断しない。前のように取り逃がす隙を与えるという失態は、もう二度と許されないのである。
━━義信は腰に手をやり、そこにあったものを抜いた。
「妙純傳持━ソハヤノツルギウツスナリ━」
「⁉そ、それは!」
息も絶え絶えの孝明だったが、義信の取り出したその刀の輝きに、思わず言葉を失った。
これこそ、もう一つの義信の愛刀であった。
そして何より。
「権現様━━江戸幕府初代将軍・徳川家康の太刀だ。」
これこそが、義信の奥の手。本気の刃。
妙純傳持は、平安時代の将軍・坂上田村麻呂の佩刀「ソハヤの剣」に由来する。
まさに、『将軍の刀』━━━
徳川家康の死後、この刀は遺言により、久能山東照宮に安置された。義信はわざわざ、そのように由緒ある刀を、本決戦に持ちだしたのだ。
義信は力強く言う。
「ようやくだ・・・・・・これでようやく、祖先の仇を取れる。
徳川家が受けた屈辱、晴らさせていただく‼
陛下、お覚悟を。」
「ーッ⁉」
孝明は、思わず息を呑む。
そして義信は、最後に一言付け加えた。
「陛下、あなたが神を祀るならば━━私は権現様を祀る‼」
そう言い、ついに義信は、孝明の首を刈り取った。
ここに、江戸幕府再興会vs禁裏、その決着がついた━━そう、思われた。
しかし・・・・・・
突如として、義信の身体を、一発の弾丸が襲った。
そして聞こえる、勇美の声・・・・・・
「将軍‼」
弾丸は・・・・・・
将軍を庇った、勇美の身体を貫いた━━━━━━
最初のコメントを投稿しよう!