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第十一章「暗躍者~前編~」
桂さん達との戦闘が終了した直後。
私と才蔵は、とにもかくにも、例の逃げ出した九条直只さんを追いかけることにした。
直只さんは駆け足で、今出川通りを東に進行、鴨川を渡り、東山方面へと進んだ。
才蔵が呟く。
「あいつ、どこに向っているんだ?」
私にも、分からない。ただ、彼を取り逃がしてはならないのはたしかだ。
何か・・・・・・嫌な予感がする。
九条さんは、そのまま東山の山道を登り、私達を撒くように、忍者のように山岳地帯を登下する。
やはり、尾行に気づかれていたのだ。
一歩油断すれば、見失いそうだ。
このままの状況は、あまりよろしくない。相手は私達を振り切ろうとしているのだ。私達を帝の元へ連れて行くわけにはいかないので、どうせ目的地までへは迂回して進んでいることだろう。つまり、これは消耗戦、互いにとって無意味な時間となる。
ならば。
私は才蔵に合図を出す。
「才蔵はこのまま、九条さんの追跡を続行して。私は一旦離脱するように見せかけて、迂回して相手の前に行き、挟み撃ちにする!」
「⁉でもよ、たとえ捕まえても、アイツは死んでも帝の居場所を言わないんじゃ・・・・・・」
「大丈夫、私に考えがある‼」
それだけ言うと、私は、明後日の方角へと走り去った。
遠目に、変わらず九条さんを追いかける、才蔵の姿が見える。
それを尻目に、私はかなり迂回して回り込み、九条さんの前へと出る。
「ッ⁉」
九条さんが驚愕する。
私は大きく刀を振りかぶる。
━━しかし。
「このッ!」
私に生じた僅かな隙をつき、九条さんは隠し持っていた小太刀で、私の腹に切りつけた。
「ウッ」
私はその場に踞る。
「勇美‼」
才蔵が私に駆け寄る。それはすなわち、私達二人ともの足を止める結果となった。
しめたと思った九条さんは、そのまま全力で走り去った。
「おい、大丈夫か⁉」
相も変わらず、才蔵は私を心配してくれる。
だが・・・・・・
「ええ。今のはわざと斬られたの。追っ手を振り切ったと確信した彼は、おそらく最短距離で目的地━━つまりは帝の元へと向う。
私達は今度こそ、次は気づかれないように、再び尾行する‼」
「⁉」
スクッと立ち上がった私に、思わずギョッとした才蔵であったが、その後、やれやれと肩を竦めた。
「ッたく、相変わらず無茶するなあ。」
そう言いながら、才蔵もまた、追跡準備に移った。
勇美達を振り切ったと確信した九条は、そのまま孝明のおかくれの場所━━━稲荷山へと直行した。東山からやや麓へ降り、東福寺の付近より稲荷山へ入る。
すでにそこには火の手が上がっていたが、構いやしない。
帝をお助けするためならば、自らの命をも惜しくない、そう考え、まっすぐ山頂へ急いだ。
そしてついに、孝明と義信の戦場が目視で確認できた。
この位置からなら、将軍に不意打ちができる!
そう考えた九条は、先ほど勇美を傷つけた小太刀を片手に、二人の決闘へと乱入する━━━
・・・・・・しかしながら、それは叶わなかった。
すんでのところで、容永が二人と九条の間に入ったのである。
「これは、帝と上さまによる、神聖なる一騎打ちである。乱入者は断じて許さん。」
「チッ」
容永が刀を抜く。九条もまた、小太刀を構え直す。
「ならば、貴殿を御し、将軍を討たせてもらおう。」
ここにて、容永と九条の一騎打ちが始まった。
私達は、九条さんに気づかれぬよう、慎重に尾行する。
彼が向かった先は稲荷山・・・・・・なかなかに意外な場所である。
才蔵が訝しむように言う。
「おいおい、また撒かれてんじゃねーのか?」
「いや、相手に気づいた様子はない。そして彼は、帝の救出に、一刻を争っているはず。追ってきている確証もないのに、わざわざ遠回りするとは考えられない。」
彼は一直線に山頂へ向う。
そして、ついに━━━
「あれは・・・・・・老中⁉」
老中こと、我ら江戸幕府再興会の副会長、松平容永先輩が、九条さんの前に立ち塞がった。
ということは・・・・・・あの奥に、帝と将軍がいる‼
九条さんは、老中が止めてくれているから安心だ。
そのため、私は迂回して、将軍達のいる山頂を目指す!!
・・・あれ、なんで私、こんな必死なんだろう・・・江戸幕府再興会なんか、何の思い入れもないはずなのに・・・
そして、私達はついに、山頂へたどり着く。
そこには、将軍が帝の首をなで斬りした光景が広がっていた。
・・・あちゃあ、ついにコイツ、人を殺って(やって)しまったか・・・
刑法 第二十六章 殺人の罪
第百九十九章(殺人) 人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する
同様に。正面から目を逸らし脇目すると、そこには当然のことのような態度で、九条さんの首を斬った老中が見えた。
コイツもかよ。
さすがに九条さんの方は、老中に抗うことは叶わず、瞬殺されたようだ・・・
・・・・・・
・・・
・
よし、通報するか。
私が即座にスマホを取り出し、110番しようとした、その時。
首筋に殺気を感じた。
━ッ!これは、ヤバイ‼
私は即座に、将軍の身体を庇った。
(どこかからか、狙われてる⁉)
直後、私の右肩に、銃弾が貫通した。
━━痛ィッッ‼
私は思わず、将軍の胸元へ倒れ込んだ。
「⁉近藤‼」
「勇美‼」
真っ先に、将軍が私を心配してくれる。
続いて才蔵も。
そこへ。
「やれやれ、おらの完璧な奇襲が、よもや失敗(しく)るとは。」
“ソイツ”は現れた。
将軍が刀を構え、私を護るように立ち塞がる。
才蔵も、拳を構える。
「何者だ。」
「テメェ、俺の勇美によくも‼」
その人物は、飄々と肩を竦める。
「こうなっては、正体を隠す意味もなき。
まずは自己紹介から。おらは、元致道館高校1年ろ組、坂本竜魔ぜよ。もっとも、すでに退学の身じゃーあるが。
将軍のお命、いただき申し上げる。」
口上を聞き、将軍が反応した。
「坂本竜魔・・・・・・まさか、あの伝説の“暗殺者”か⁉」
「暗殺者?」
才蔵が聞き返す。
「ああ。又の名を、調停者とも聞く。そのカリスマ的な腕で、幾多もの戦の裏で暗躍し、干渉してきた大物だ。
有名なもので言えば、第二次薩長同盟。幕末期に西郷隆盛と木戸孝允の間で結ばれ、明治以後も藩閥として固く結束し、近年まで継続してきた薩長同盟であるが、数年前、造士館と明倫館の間で紛争が勃発、関係は再び悪化した。
その間を取り持ち、再び関係修復に尽力・奔走したのが、元致道館生を名乗る、坂本竜魔だ。その天才的な手腕と行動力により、わずか数ヶ月で第二次薩長同盟を締結させ、帝へと服属させた。
その伝説の男が・・・・・・」
まさか、そんな大物が・・・・・・将軍の命を狙って⁉
私は気力を振り絞り、立ち上がる。
「将軍、行ってください。ここは私がッ━━!」
「勇美⁉」
「馬鹿言うな、そんな身体で・・・・・・」
止めようとする才蔵と将軍だが、私は叫ぶ。
「標的は将軍なんでしょ‼なら、さっさとこの場から撤退しなさい。相手方の狙いは分からないけれど、あなたがここで死んではならないことだけはたしかよ‼」
将軍は、悔しそうに歯ぎしりする。
「すまない・・・・・・感謝する‼
━━容永、車を回せ‼私を護り、ここを離脱せよ‼」
そう言うと、将軍は刀を収め、足早にこの場を去った。
稲荷山を高速で駆け下りる将軍は、ポツリと呟く。
「近藤・・・なぜお前が・・・」
そこには、哀愁のある驚きが含まれていた。
将軍が離れたことを確認し、私は立ち上がる。
うっわ、肩の痛みのことですっかり忘れてたけど、さっきわざと脇腹斬られたんだった。その痛みも相まって、正直、全力にはほど遠い。
まったく間抜けすぎる。
「おい、勇美は無理すんな!ここは俺がッ‼」
才蔵が気遣ってくれるが・・・・・・
「分かってるでしょ、相手は桂さんや西郷さんに匹敵する大物よ。才蔵も、西郷さんとの戦闘で、ほぼ力を消耗してるでしょ。
━━二人力合わせないで、勝てる相手じゃない。」
才蔵はしばらく黙っていたが、やがて呆れたように呟く。
「・・・・・・フッ、まったくお前はどこまでも。」
私は刀を抜く。
才蔵も拳を構える。
一方の坂本さんは、銃を左手に持ち替え、右手で刀を抜いた。
そして、肩をすくめる。
「やれやれ。正面からの戦闘は苦手なきすけどね。」
よく言うよ。
坂本さんからは、隠しきれてない並々ならぬ闘気が感じられる。
間違いない、コイツは実力者だ。
「才蔵、私は正面から行く。援護は任せた!」
「ああ‼」
一方の、坂本さんも、尊大に言い放つ。
「さあ、気力を振り絞り、おらに抵抗せーよ。」
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