第五章 「決闘」

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第五章 「決闘」

才蔵と掃除君の戦線を後にすると、私は走って生徒会室まで向かった。 それにしても、私をお呼びとは、いったい何だろうか。 なんか、また面倒事を押し付けられるんじゃないだろうな? そうこう考えているうちに、あっという間に生徒会室の前までたどり着いた。 私は迷わず、その扉を開く。 すると・・・・・・ 「やあ、遅かったではないか。」 中にいた、一番偉そうな人―この人がおそらく生徒会長であろう―に声をかけられた。 そして・・・・・・捕らえられている、将軍と老中、そして慶保さんの三人‼ 彼らは、首筋に刀を当てられ、抵抗できない状態になっていた。 ・・・・・・なにこれ、どういう状況? 困惑している私に、帝が言い渡す。 「これより、朕とそなたの決闘を執り行う。もしそなたが勝てば、沖田掃除の身柄を差し上げよう。ただしそなたが負ければ、そなたと徳川将軍、松平越前守、島津薩摩守を斬首とする。また現在、沖田とそちらの土方という男が戦闘を行っているが、沖田には彼も討つよう命じてある。そして、そのまま昌平坂高校に攻め上り、試衛館の軍門に下す!」 「は?」 ここ最近一番の、「は?」が出たぞ。 「陛下に対し無礼千万‼」 近くの生徒会役員が私を叱責するが、いやいや、言ってる場合か。 マジでどう話がこじれるとそうなるのよ。 困惑を超えて、錯乱しそうな私に、将軍はこれまであった出来事をとうとうと語り始めた。 数刻前。 「いや、良い。帝、その条件を呑もう。その上で、もう一つ、先ほどの提案に付け加えよう。」 義信は、ある案を掲げた。 「私と陛下では勝負が釣り合わないと言ったな。ならば、陛下と近藤との決闘で如何だろうか?近藤は我々武家の出ではない。つい先日、我々の同好会に入ったばかりの、新入部員だ。それならば、力量もフェアと言えるだろう。もしうちの近藤が勝てば、沖田を貰っていく。しかし陛下が勝てば、近藤の身柄を渡し、我々も投降、昌平坂は試衛館の軍門に降るとしよう。これならいかがだろうか?」 「上さま、それは!・・・・・・よろしいのですか?」 孝明はしばらく思案する。 他の生徒会役員達も、お互いに顔を見合わせている。 ・・・・・・ そののち、孝明は小さく呟いた。 「良かろう。」 孝明はニヤリと笑っていた。 一方の義信も、薄ら笑みを浮かべていた。 すると突然、生徒会役員達が立ち上がり、義信と容永、慶保の三人の首筋に刀を当てた。 「なッ⁉これは・・・・・・上さま‼」 「かまわん。」 義信は横柄に頷く。 孝明が笑みを深める。 「それではその女が朕に敗れた場合、分かっておるだろうな。生かして返すとは思うなよ。」 義信は余裕そうに微笑む。 「フ、いいだろう。江戸幕府再興会全員の命、そして昌平坂の全てをベットしてやる。」 そう言って、携帯を取り出し、近藤を呼び出した。 は? 「というわけだ。あとは頼んだよ、近藤君。」 いやいや、それを聞いた上でも、「は?」だよ。 帝が私を脅しかける。 「ということだ。もし決闘を逃げでもしたら、すぐさま徳川将軍達の首を刎ねてやる。」 「帰宅していいですか?」 「えっ」 帝が豆鉄砲を食らったような顔をする。 いやいや、将軍の命とか、知らんよ。勝手に死んどけ。 それよりも私は、掃除君と戦っている、才蔵の方が心配だから、さっさと戻りたいんだけど・・・・・・ 帝は動揺しつつも、さらに言葉を言い連ねる。 「このままそなたを帰すはずがないだろう!分かっておるのか?そなたが決闘を逃げるということは、こいつらの命のみならず、負けを認め、昌平坂が降伏するのと同義なのだぞ?そうなれば貴校の運命は今後、衰退も廃校も朕の気分次第となる。」 な!それは困る。 昌平坂には残してきた友達が何人もいるんだ。彼らに迷惑をかけるわけにはいかない! 「何より、決闘の逃亡が決定した時点で、徳川将軍の首は刎ねさせてもらう。それでもいいのか?」 「それは別にどうでもいいです。」 「・・・・・・」 帝は呆然としているが、それよりも。 いよいよ昌平坂の運命が、私一人にかかることになってしまった。(何でこんなことになってるの?) こうなりゃやるしかない。 私は覚悟を決める。 「刀を。」 帝も平素心を取り戻したようだ。私が決闘を受けることが分かり、嬉しそうにしている。 将軍も、微笑んで私をジッと見つめている。(いや、今の状況全部お前のせいだからな!) ともかく、私はここの副会長であろう人から刀を受け取った。 帝も愛刀を抜き、構えている。 ・・・この決闘の勝敗に昌平坂の未来が掛かっている・・・今こそ、じいちゃんから教わった護身術を実践する時だ! 私も刀を向き、構える。 帝から驚きの声が漏れる。 「その・・・構えはッ・・・‼」 え?これがじいちゃんから学んだ、刀の構えだよ・・・ 「・・・クフフッ、アハハハッ‼」 と、ここで、将軍の嘲るような笑いが、響き渡った。 将軍は帝に話しかける。 「陛下、よもや私が、本当の素人に、江戸幕府再興会と昌平坂の未来を託したとお思いか?」 帝は空いた口が塞がらない。将軍がそのまま語り続ける。 「全ては、今この状況をつくるため、入念に練った策略だ。 沖田掃除という人材、それはたしかに、我々江戸幕府再興会にとって、手に入るものならぜひ欲するものではある。 ただそれは、これほどまで代償を払って得たいというものではない。」 はあ⁉コイツ散々掃除君がどうのってずっと言ってたのに、何ほざいてるんだよ‼ 「私の一番の目的、それは陛下と近藤の決闘を成立させ、そしてあなたが惨めにも惨敗するところを晒すこと!その一点だ‼」 「何・・・だと・・・⁉」 帝は思わず絶句している。 でもそりゃそうだよ。なんでそんなことのために、ここまでお膳立てを・・・? それに・・・わたしがじいちゃんから剣術を学んでいたこと、将軍は知ってたっていうの? 「ああ。事情を知らなくても、君の一挙手一投足を見れば分かる。君が優秀な剣士であること・・・そして、天然理心流の使い手であることは。」 な⁉私、じいちゃんから、護身術を学んだだけだよ? それに、テンネンリシンリュウって・・・何? 「そもそも初めて私と2年A組のクラスで対面したとき、君を一目で見つけることができたこと、何も不思議に思わなかったのかい?」 それは、私と目が合ったから、じゃないの? 「目を合わしにいったんだよ。 私は教室に入る前から、中から溢れ出す強烈なオーラを感じていた。そして、中に入った時には一目瞭然だった。佇まい、身のこなし、君は何も気付いていなかったかもしれないけど・・・君は、一流の剣士だ。 そして同時に、近藤勇美という名から、ピンときた。近藤家は天然理心流宗家の家系。ならばその教えが、現代でも秘密裏に伝わっていたとしても、不思議ではない。」 ・・・そんな、まさか。 「君と会って私はある計画の立案に着手した。それが、表向きには沖田掃除の勧誘を装った、天野孝明の権力失墜作戦‼ それには私ではダメだ、君の存在が必要だった。」 「朕を・・・嵌めたというのか。」 将軍が帝に向き直る。 「そう。あたかも沖田掃除が目的であると偽装して、何としてもその人材を欲しているように見せかけた。すると陛下は、私を追い返そうとし、さもなければ私の出身母体を襲うと脅す、私はそれなら決闘をと提案し、陛下は断る。全て読み通り‼ そこで本命、あたかも素人の女子新入生と陛下の目には映っていた近藤を代わりの決闘相手に提案。それを陛下は受諾―本当は誰よりも・・・この私よりも強いというのにね! まったく、わざわざ陛下の女性の好みを調べておいて良かった。もし近藤との特徴が全然一致しないようであれば、変装させて行かせようかと思っていたがね・・・偶然にも素の近藤と、好みのタイプが一致していて幸いだったな。」 いやいや、それってけっこう、男性は強い、女性は弱いっていった、ステレオタイプ多めの作戦じゃね? 今の時代、大丈夫なのかな・・・ それにしても。 「何のために、お前はこんなことを‼」 あ、代わりに帝が聞いてくれた。ほんと、それなんだよね。 すると、将軍は顔が真剣になった。 「150年ほど前、我ら徳川家は屈辱を味わった。政権を返上することになり、どころか最終的には、幕府方は朝敵として罵られることになった・・・200年以上もの間、平和な世の中を治めてきたというのにッ‼ だから今度は、武家が公家に対して刃を向ける。まずはその総本山、帝を墜とす。そしてゆくゆくは、江戸幕府を復興してみせる‼それこそが、我々江戸幕府再興会の、真の目的だ。 そして今から陛下―いや、貴様には、試衛館のトップでありながら、同好会に入部してから間もない、普通の女子生徒に敗れるという、屈辱を味わってもらう。 精々噛みしめろ。」 「・・・貴様ぁ―‼」 帝は激昂した。それはそれは燃え盛るように。 そして刀を構え直す。 「やってやる、やってやるさ!全て貴様の思い通りにはさせない。いくら天然理心流の使い手だからといって、所詮は一般女子生徒。戦闘経験もないようだ。 そんなやつに朕は―いや、俺は!負けない‼」 え、やんの? もう私、決闘やりたくなくなってきたんだけど。 ・・・でもまあ、仕方ないか。 私も刀を構え直す。 すると、ここの副会長らしき人が間にたつ。 「決闘立会人として、試衛館高校生徒会副会長、関白九条直只が執り行う。」 帝が名乗る。 「試衛館高校生徒会長・『帝』天野孝明。」 なら私も、この流れに乗らないとな。 「近藤勇美です。いざ尋常に、勝負‼」 才蔵と掃除の戦線。 掃除の三連突きが、才蔵の胸元を狙う。 「ッと、危ねえ‼」 才蔵は咄嗟にその攻撃を交わし、拳で刀を払いのける。 「チッ、何てヤツだ。」 掃除は一時、才蔵と距離を取りながら、忌々しく呟く。 才蔵は素手、対して掃除は刀を持っている。有利不利は一目瞭然、のように思われたが・・・ 「くそ、素手の相手に、なぜ俺の剣撃が、通じん⁉」 対して才蔵が答える。 「勇美が幼馴染みだって事は、知ってるよな?」 「フッ、知らん。」 掃除は適当にあしらう。才蔵は気にせず続ける。 「幼馴染みってことは、小さい時から一緒にいるってこった。するといつもいつも仲良く過ごせるってわけじゃねえ。時にはちょっと喧嘩になることだってある。 そんな時アイツ、刀持ち出すんだぜ?非武装の俺はたまったもんじゃない。 でもそんなこと言って、いつもむざむざ斬られるわけにはいかね~ だから、勇美の怒りを沈めているうちに、いつの間にか素手でも刀に対して相手どることができるようになったわ。」 「・・・貴様も大変だったのだな。」 掃除は、小さく同情の声を漏らす。 翻って今度は才蔵が問う。 「ところでテメエ、なんでさっきから三連突きしか打たねえんだ?」 すると掃除は、誇らしげに答える。 「フッ、俺には三連突きしかできん‼」 「・・・そうか。」 才蔵は呆れて、思わず口を噤んでしまう。 掃除は刀を構え直す。 「さて、仕切り直しといこうか。」 「・・・え?あ、ああ・・・」 私と帝の決闘の勝敗は、ほんの一瞬でついた。 決闘開始直後、帝は迂闊にも、真っ正面から突っ込んできた。 素人だ。 私はおじいちゃんから教わった通り、落ち着いて対処する。 一の太刀! 相手の刀を弾く。帝の体勢が崩れる。 二の太刀!! 一旦刀を相手の目の前で空振り、同時に距離を取る。帝は体勢を立て直すため、一瞬の油断が生じる。 そして、三の太刀!!! 相手に突き刺す! 今回は、決闘であって命を奪う必要はないため、帝の右肩を刺しておいた。 これにて帝が崩れ落ちる。 「勝負ありました。命まで取るつもりはありません。撤退してください。」 しかし、決闘は終わったにも関わらず、立会人の関白は軍配をあげない。 え、なんで・・・? 「くそ、くそぉ―‼」 帝が盛大に悔しがる。そして、 「決闘など朕は知らぬ。者ども、捕虜を全員、斬り捨ててしまえ‼」 ちょっ!この人、決闘要件を守らない気か‼ 将軍は頭オカシイと思ってたけど、この人も大概だな・・・ しかし。 「それには及ばぬ。」 そう言うと、将軍と老中、それから慶保さんは、それぞれ背後で自身を捕らえていた生徒会の人を斬り捨てた! 「な、な・・・ッ‼」 帝は驚愕しすぎて、言葉にならない。 それに対し、将軍は目の前で、刀を突きつける。 「ここまでだ、天野孝明。先祖が受けた屈辱を、今ここで私が晴らす‼」 と、その時、関白がその間に割って入り、帝を抱える。 「陛下、ここまでです。ここは一旦、試衛館を脱出し、長州まで落ち延びましょう。」 帝は抱えられたまま、唇を噛みしめる。 「覚えておけ、徳川義信。次はこうはいかないぞ。」 それだけ言うと、帝と関白はその場を走り去った。 老中が追おうとするが、それを将軍が止める。 「よろしいのですか、上さま。」 「ああ。もう帝には、何もできん。これにて、試衛館は我らの手に落ちた。 我々の勝利だ‼」 才蔵と掃除の戦闘は続く。 掃除はひたすら、三連突きを打ち続けた。 対して才蔵は、それを延々と交わす。だんだん掃除の動きにも慣れていき、余裕でいなせるようになっていた。 とはいえ、刀相手に経験豊富な才蔵でも、素手のためさすがに決定打には欠けた。 そのため、決着はなかなかつかず、一進一退の攻防が続けられた。 「やるな、お前。」 「フッ、貴様もな。」 戦っているうちに、両者、互いを認め合うことになったようだ。 ―と、掃除の端末に、連絡が入った。関白・九条直只からだった。 『沖田、帝と私は、試衛館を脱出し、一時長州へ落ち延びる。そなたも任務は放棄し、ただちに合流しろ。』 その通達をうけ、掃除は内心舌打ちしたい気分ではあったが、表には出さず答えた。 「御意。」 そして、通話を終えると、才蔵とは一時距離を取り、相手の様子を窺う。 才蔵は怪訝そうな顔で言った。 「あ?別に引き下がるってんなら、追いはしないぜ?」 掃除は才蔵を一瞥した後、その場を立ち去った。 決闘で乱れた生徒会本部の後片付けをしたのち。 私達は用が済んだので、試衛館を後にすることとなった。 ちなみに才蔵とは、決闘終了後しばらくに、合流した。ほんとに無事で良かった・・・ッ‼ 「すまねえな。結局沖田のヤツ、取り逃がしちまった。」 いいよいいよ! 将軍も、本来の目的はそっちじゃなかったみたいだから。 しかし、それを聞いた将軍は、携帯を取り出し、どこかに電話をかけていた。 あれ?どうしたんだろ。 ともあれ、私達はこの学校の門を出ようとすると、慶保さんが出迎えてくれた。 そして、もう一人。 「近藤さん、土方くん、短い間だったけど、どうもありがとね。」 なんと、2年1組担任の毛利先生も、私達を見送りに来てくれたのだ。 そんな毛利先生に、将軍が話かける。 「毛利先生、いろいろとご苦労をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした。・・・また、よろしくお願いしますね。」 「ええ。」 え?どういうこと? 疑問を持つ私に、将軍が解説してくれる。 「この毛利先生は、顧問の島津先生の幼馴染みで、実は江戸幕府再興会の副顧問だ。今回も、試衛館の内定や、帝への働きかけなど、ご尽力いただいた。」 えぇ⁉まさかそんなつながりが・・・ 私は思わず島津先生の方を見た。すると先生は、目を合わさずそっぽを向いた。 あれ、これってもしかして・・・ 私達がニヤニヤしている間に、将軍は慶保さんにも話かけていた。 「慶保、お前にいろいろと問題を押しつけてしまってスマン。・・・後を頼むな。」 「御意!上さまのお心のままに。」 ほんとに、ここの生徒会長を実質追い出すことになって、後の対応が大変そうだよ。 それでも慶保さんは、暖かく見送ってくれる。マジでいい人だ。 こうして私達は、慶保さんと毛利さんに手を振られ、島津先生の車で昌平坂高校への帰路についた。
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