第六章 「幽霊騒動」

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第六章 「幽霊騒動」

近藤勇美との決闘に敗れた天野孝明は、関白・九条直只に脇に抱えられ、山口県の私立明倫館高校まで落ち延びていた。 その高校のある一室にて、九条はそこのある生徒と会談する。 「―以上が、我が校で起こった、事件の顛末だ。」 その生徒は、先の試衛館の政変の真相を聞き、絶句していた。 「まさか、陛下がご敗北なさるとは・・・」 と、隣室に籠もっていた孝明の発狂する声が、あたりに響く。 しばらくお互い、無言を貫いた。 隣室が再び静かになると、九条は口を開く。 「と、いうわけだ。私と陛下は、しばらくこの明倫館に留まらせていただく。何卒、よろしく頼む。」 「無論です。どうぞごゆっくりお過ごしください。」 九条と対面していた生徒―明倫館高校1年壱組学級委員である桂孝允は、平伏して歓迎した。 その少し離れた斜め右後ろには、鹿児島県の私立高校である、造士館高校1年あ組学級委員の、西郷高森もやって来ていた。 私達が出向くことになった京都遠征から一ヶ月後。ちなみに、この時の出来事は、「試衛館の政変」と呼ぶことが、部内・部外ともに公式見解として一致したらしい。(どういうこと?) なお試衛館では、前生徒会長であった帝はどこかへ行方をくらまし、その後慶保さんが会長の後を継ぐことになったらしい。そして、慶保さんは将軍の部下って感じの扱いだったから、実質試衛館は昌平坂に掌握されたといっても過言ではない。 まったく・・・試衛館の生徒の皆さんには、とんだ迷惑をかけたものだね。 もちろん、自身の高校を放っぽりだして、姿消した帝も悪いけど、将軍も将軍だよ。どこまで人を振り回せば気が済むんだろう。 あ、そういえば。 帝については行方不明だと、先ほど述べた通りだが、才蔵が戦った方の相手、沖田掃除君については・・・ 「試衛館の政変」から数日後、江戸幕府再興会の部室に、来客があった。年は20代前半くらいの、長身の男性だ。 将軍の知り合いらしく、紹介が入る。 「彼の名は明智秀光ひでみつ。江戸幕府・・・とは直接関係はないのだが・・・ 彼の先祖、明智光秀については、君達もよく知っていることだろう。本能寺の変で織田信長を暗殺し、天下をその手にしたと思われたが、中国地方から急襲した豊臣秀吉に山崎の戦いで敗北し、その後死亡したとされている。光秀に代わって天下統一を成し遂げた秀吉は、その後明智の一族を根絶やしにした・・・と史実では伝わっている。 しかし徳川家は、極秘で明智の子孫を一人保護していた。その末裔が・・・この秀光だ。 明智家は徳川家に恩がある。そこで、代々、この家の人間は、徳川家の裏秘書官として、仕えてくれている。この秀光も、嫌な顔一つせず、私の元にいてくれている。」 すると、この秀光さんから、補足が入った。 「それだけではございません。私は上さまに、直接命を救っていただいております。その恩は、生涯お仕えしても、返しきれません。」 で、この秀光さんなんだけど。 来るときに、何やら巨大な鳥籠みたいなものを、脇に抱えて持ってきていた。 そして、その中に入っていたのは・・・ 「掃除くんッ!」 なんと、あの時身柄の確保を逃した、沖田掃除君その人であった。 掃除君は、ゲッソリした顔で、私達を見た。 「まったく、エラい目にあった・・・コイツ強すぎだろ・・・」 掃除君にここまで言わせるなんて。秀光さんどんだけ強いんだよ・・・ こうして、掃除君は、無理やり江戸幕府再興会に加入させられたのだった。 かわいそうに・・・ そこからの一ヶ月は、ただひたすら将軍のくだらない蘊蓄を部室で聞くというだけの、つまらない時間が繰り広げられた。 そして今日も、同じ感じの活動なのか、と思っていたのだが。 今日部室に入ると、将軍が笑顔で私達に手を振っていた。 嫌な予感がする・・・ こういう時は、だいたい面倒事なんだよな~ 「やあ、お疲れさま。今日の部活動なのだが・・・ 近藤勇美、土方才蔵、沖田掃除、君達三人にある調査をお願いしたい。」 やっぱり。きたよこういうの。 「調査内容は、最近校内で噂になっている、幽霊騒動についてだ。 昌平坂高校の起源となっている昌平坂学問所、さらに元を辿っていくと湯島聖堂学問所、そして江戸時代初期の儒学者、林羅山に繋がる、という話は、君達もよく知っているね。私も先週にくわしく話した。 その林羅山の幽霊が出ると、校内で騒ぎとなっているのだ。生徒会長として、これは見過ごせない。そのため君達には、この幽霊の存在の是非と、事件の解決をお願いしたい。」 幽霊騒動?そういえば、クラスメイトが話していたな。 夜中に叫び声が聞こえた~とか、物が盗まれた~とか、人が失踪した~とか。 「今回、私と老中は別の用事で手が離せないので、君達の指揮は、旗本の遠山影基に取ってもらう。」 「よろしく頼む。」 2年の遠山先輩が、一礼する。 なるほど、私達は、今日はこの人の指示に従うのか。 後ろにいた、才蔵と掃除君も、嫌そうに顔をしかめている。 部室を出ると、遠山先輩に話しかけられた。 「というわけで、面倒な仕事だけど、ちゃっちゃと終わらせちゃいましょ。無事事件が解決したら、今日は早めにあがっていいよ。」 お?この人は比較的まともな人なのかな? 私が意外そうな顔をすると、遠山先輩は苦笑した。 「フフ、君達も、入部早々将軍に付き合わされて大変だったみたいだね。将軍と老中以外は、ただ先祖に由緒があるだけの、普通の先輩達だから、安心していいよ。」 そうなんだ・・・ やっぱ江戸幕府再興会の様相って、将軍が与えている影響が大きいんだなあ。 さて、幽霊騒動の調査にあたり、まずは聞き取りから始めることになった。 2年の方は遠山先輩が調べてくれるみたいだから、私は1年女子、才蔵と掃除君は1年男子と、手分けして行う。 まずは私達のクラス、1年A組から。 とりあえず、親しい仲のクラスメイト、松井常つねに話しかけてみる。 「え?幽霊騒動のことについて聞きたい? たしかに最近、学校中がその話題で持ちきりだよね・・・私も詳しいことは知らないんだけど。」 「なんでもいいから、手がかりがほしい。」 私は手を合わせて頼み、話すよう促す。 「そうだね~ まず最初にこの噂が広まるきっかけになったのは、2年の部活帰りの女子生徒が、門限ギリギリの時間に、教室を戸締まりした時の出来事だった。ふと、向かいにある、図書室の電気がついていたのに気がついた。こんな夜遅くに、一体誰だろう?気になったその生徒は、図書室の方を見に行くことにした。明かりがついていた図書室の中は、しかし誰もいなかった。電気の消し忘れか、とため息をついたその生徒だったが、ふと背後に気配を感じた。思わず振り返る、だが誰もいない。気のせいか、とその生徒が前を振り返った途端、彼女は何かに押され、教室の中に入ってしまう。そして背後には何もいなかったはずなのに・・・なぜか図書室の扉は、勝手に閉まった。その生徒が再び図書館の中を見やると!! 『本朝通鑑』が一札、床に落ちていたのだ・・・」 ・・・よくある学校の怪談かと思ったが、最後変なのが混じってたぞ。 なるほど、そこから幽霊騒動が始まったわけね。 「『本朝通鑑』は、林羅山が著した書物。ここから、林羅山の幽霊が出るって騒ぎに発展したの。」 「はあ・・・」 なかなか複雑な事件なわけだ。 常は話を続ける。 「次に起こったのが、窃盗事件。これはある1年の生徒が、自分の読んでいた本が盗まれたと騒ぎ立てた。ここまではよくある話よね。 しかしその本は、『三徳抄』だった・・・ちなみに『三徳抄』も、林羅山の著書ね。」 ・・・いや、『三徳抄』なんて書物、自分で購入して読んでるやつ、どんな生徒だよ⁉ それで、最後は? 「そして最後が、生徒の失踪事件。 三年生の生徒が一人、受験勉強のため夜遅くまで、自分の教室に残っていたらしいけど、ある日そのまま帰らずに、行方不明となってしまった。 その生徒は、現在でも見つかっていない・・・」 は⁉ 急にマジでやばい事件じゃん。 なんで警察が捜査に乗り出していないんだ? 私が、思わず突っ込もうとした、その時。 「キャ~」 突如、上の階の方から、女子生徒の悲鳴が聞こえてきた。 私は反射的にクラスから飛び出し、階段を登る。 「ちょ、勇美ちゃん⁉」 常も、突然飛び出した私に驚き、ついてくる。 「なんだなんだ?」 「ふん、下品な叫び声だ。」 さらにその後ろには、才蔵と掃除君も続く。 階段を登り終えた私は、左右を見渡す。 そして、左の端のクラスに人だかりができているのを発見、迷わず駆ける。 するとそこには・・・ 倒れている男子生徒と・・・その上に、黒マントを羽織り、仮面を被った、人型の何かが、そこを浮遊していた! これがまさか・・・林羅山の幽霊⁉ 私は思わず、刀を抜く。左右を見ると、才蔵も拳を構え、掃除君も抜刀していた。 「さっそく現れたか。ここで一気にケリを付けるぞ!」 「俺が前衛、勇美は右から、沖田は左側に回りこんで攻撃しろ‼」 二人とも、覚悟ができているようだった。それでは私が号令をかける。 「それじゃあ、いくよ‼」 そして私たち三人が、その黒ずくめ浮遊霊に、一気に攻め寄った、その時! 「待ちたまえ‼」 私たちは、反射的に足を止める。 そこには・・・旗本・遠山先輩が、悠然と佇んでいた。 「全ての謎は解けた。これより、この幽霊騒動の真相を解明しよう。」
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