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15、クリスマスパーティ
温泉から上がった女性陣はロッジに戻る。
戻ってみると料理は完成していて、パーティの準備は整っていた。
「おう、やっと戻ったか。穂澄がいる時点で2時間は覚悟してたけど早かったな」
忠也が穂澄を見て軽口を叩く。
「あれは混んでたから仕方なかったのよ」
少しむくれた様に穂澄は言い返す。
「よし、戻ったならパスタ茹でよっと」
帆高は大きな鍋に沸かしてあった熱湯にパスタを投入する。
「今日は何のパスタなんだ?」
棗がキッチンの帆高に訊ねた。
「今日はシーフードパスタだよ」
熱湯に投入されたパスタを覗き込みながら帆高が答えた。
「帆高のパスタ、美味いんだよ~?」
忠也はワイングラスに赤ワインを注ぎながら美優に言った。
「え、お前もう一人で吞んでるのか?」
棗が引き気味に訊ねる。
「いや、ほら、ソース作ってたらさ、赤ワイン使うじゃん? 残るじゃん? 吞んじゃうじゃん?」
「俺達は止めたよ?」
壱弥が美優の隣に立って言った。
「共犯にされた人がいるけど、俺達は待てって言ったからね?」
壱弥が更にダメ押しでそう訴えて航生の方を見る。
「俺は仕方ないんだよ? だって料理に使うし、余るんだから。問題は航生だよ?」
「え? 忠也先輩が呑めって薦めたのに、俺の事売っちゃう?!」
穂澄がポツリと呟く。
「……醜い押し付け合いね……」
その言葉に忠也と航生は肩を落とす。
「な? だからやめとけって言っただろ?」
帆高が苦笑いしながら忠也と航生に言った。
「で、でもホラ、料理で余っちゃうなら仕方ないんじゃないかな~? 捨てちゃうのは勿体ないし、ね?」
美優はなんだか肩を落とす二人が気の毒になってフォローを入れる。
「あのね、美優ちゃん。この人達、前に集まってこんな風に吞んだ時も、始まる前から既に出来上がっちゃってて、最後はベロベロで男達皆リビングで雑魚寝状態でどうしようもなかったのよ? その時は壱弥と帆高もだったけど」
壱弥は穂澄に抗議する。
「俺は反省した」
「俺も反省した」
帆高も壱弥の後に続いた。
「確かにこの二人は反省してないな」
腕組みをした棗が二人を睨みながら言った。
「「すみませんでした」」
二人は旗色の悪い戦いに早々に白旗を上げた。
そんなやり取りの後、洗面セットを二階に置いて、茹で上がったパスタに予め作っておいた具材を合わせて、完成したシーフードパスタがテーブルに置かれてパーティを始める。
皆にグラスが行き渡り、美優と帆高以外にはスパークリングワインのロゼが注がれた。
「んじゃ、まぁ、とりま、メリクリ~!」
忠也がグラスを掲げると全員、それに合わせてグラスを掲げる。
「「「「「「メリクリ~!」」」」」」
皆、グラスに口をつけたので、美優も用意してくれていたシードルに口をつける。
「あ、俺らの集まり基本的に自由だから、どこで何しててもいいから。それに好きなの勝手に食べて好きなの勝手に飲んで? あ、美優ちゃんはお酒はダメだよ?」
帆高がワイングラス片手に美優の隣にやって来て耳打ちした。
「はい、お酒は吞みません。ありがとうございます」
帆高に笑顔で答える。
「美優ちゃん、敬語も可愛いけど、そうじゃなくてもいいよ? ……って言ってもその方が気を使っちゃうか」
「……だって、皆さん年上だし」
「壱弥に話してるみたいに話してくれた方が俺達も嬉しいよ? さ、俺で練習してみて?」
「え、えっと……。うん、わかったよ、帆高さん」
「帆高でいいのに。でもそれは壱弥に怒られそうだなぁ~。じゃ、壱弥みたいに君で」
「わ、わかった、帆高君」
「うん、それで。じゃ、これからそれでよろしくね」
「ありがとう、帆高君」
「帆高ったら、美優ちゃん口説いてるの?」
穂澄が会話に入って来る。
「いやいや、そんな事したら壱弥に恨まれるから。美優ちゃんに敬語じゃなくていいよって言ってたんだよ」
「あ、それはいいわね! 私にも敬語は無しでいいからね」
「う、うん。わかったよ、穂澄さん」
「……美優ちゃん、照れる時いつもそんな顔してるの? やだ可愛い!」
「あの、穂澄さん……」
美優が恥ずかしさで俯いたのと同時に、
「二人で美優ちゃん苛めるのやめてくれないかな?」
壱弥は冗談めかしてそう言った。
「失礼ね~。照れてる顔が可愛いって言ってただけよ~。ねえ、帆高」
「な、穂澄」
「それが苛めてるって言うんだよ。美優ちゃん、何言われたの?」
「えっと、敬語はやめていいよって言ってもらってたの」
「そっか、それで照れてたのか。確かに可愛かった」
「……壱弥君までそんな事言わないでよ……」
助けに来てくれたと思った壱弥までもが微笑みながら美優を追い込む。
美優は更に顔が紅潮するのを感じて俯いてしまった。
「でしょでしょ?」
「……もうホントにやめて……」
壱弥は美優の頭にポンと手の平を乗せると、美優を見て笑う。
「ごめんごめん。二人とも美優ちゃんはこれで褒められ慣れてないんだって。だからこれ以上はやめてあげて」
「そうなの?! こんな可愛いのに?」
「なんで? 美優ちゃんみたいな子、モテそうなのに」
「え?! モテた事なんてないですよ?!」
美優は顔を上げて慌てて否定する。たまによく知らない男子に話しかけられたりはするけれど、特に遊びに誘われたりする事もないし、今までに告白されたのは元カレと壱弥だけだ。
「多分、告白するムードにまで行かない、行けない様な男にモテるんだよ、美優ちゃんは」
壱弥がそう言うと帆高は納得顔で言った。
「なるほど、学生時代にありがちなやつか。想いを秘めて眺めてるみたいな」
穂澄がそれに続く。
「確かに美優ちゃん、真面目だし大人しそうだからノリで何とかなる様な感じじゃないもんね」
「だから、あんまり弄らないであげて?」
壱弥は二人にやんわりと注意する。
美優は喉が渇いてしまって、ワイングラスのシードルを飲み干す。
「わかったわよ。あ、そうそう美優ちゃん、ご飯食べたら花火行って夜景観に行くんだって!」
話が変わってホッとした美優はその話題に乗る。
「花火、冬にするっていう発想がなかったよ。そもそもあんまり売ってる所見た事ないし」
帆高が美優の空になったワイングラスにシードルを注ぐ。
「あ、ありがとう、帆高君」
「どういたしまして。花火はさ、なんか夏の余った売れ残りをまとめて買って来るんだよ、知り合いの問屋さんから」
「そう、毎年飽きるほどあるよ、花火」
壱弥が少し呆れた様に補足する。
「でも風が強そうだし、大丈夫かな?」
「ここほら、キャンプファイヤーとかする広場あるでしょ? あそこでするんだよ」
帆高は広場のある方を指差して言った。
「ああ、あれだけ広い場所なら大丈夫だね」
背後から忠也が声をかける。
「おーい、ローストチキン切り分けたぞ~? 食う奴来いよ~」
声の方を振り返ると、忠也が予め別で用意されていた背の高めのテーブルに人数分の切り分けられたローストチキンが盛り付けられた皿が置かれている。
「行こっか、美優ちゃん」
「うん」
壱弥に促されてローストチキンの置かれたテーブルまで進む。
「はい、どうぞ。今日は上手く出来た。めちゃ自信作だわ」
そう言いながら忠也が美優にローストチキンの皿を手渡す。
「ありがとう、忠也さん」
「お、敬語抜けたか。いい傾向だ」
「帆高君がいいよって言ってくれたの」
「うん、その方がいいよ。堅苦しいのは俺達の性分に合わないからね。さ、食ってみ食ってみ?」
「うん、いただきます」
カトラリーボックスに入ったフォークを取り出して、彩り美しく几帳面に盛り付けられたローストチキンは手を付けるのが勿体ない位だ。
その皿に遠慮がちに手を付ける。
チキンをフォークに刺して、添え付けてあるソースをつける。
それを口に運ぶと、先ずは香ばしく焼けた皮のパリパリとした食感が美味しく、更にその中の身の柔らかい食感が美味しく楽しめた。
ソースがその食感を引き立てる良い仕事をしている。
「美味しい……!」
「だろだろ? 今日はホント成功したんだ。こんなに上手く行ったの初めてかも」
忠也はにかっと笑った。
「ホントに美味しいよ、忠也さん」
「ありがと。そんな美味そうに食べてくれたら作った甲斐があるよ。穂澄は塩だし、棗は食えりゃいいって奴だから、そんな反応初めてでちょっと俺感動するわ」
「いや、ホントにあの二人作り甲斐無いよね」
壱弥が同意する。
「それな。あ、ローストビーフもそこに切って盛ってあるから」
「うん、ありがとう」
大皿に切り分けられて盛られているローストビーフを1枚皿にとって、それも食べてみる。
グレイビーソースのかかったローストビーフはチキンとはまた違い、牛の独特の味わいがしっかり引き立てられて、ちょうどいい火の入り具合だ。
「これも美味しい……!」
「そうだよね?! 今日のはホント良く出来てるよね? 俺今日は料理の神様降りてるんじゃないかな?」
「大げさな言い様ね~。料理の神様が気を悪くするわよ?」
穂澄もローストビーフを口にしながら言う。
「うん、今日は火加減最高ね。でもグレイビーソースがワイン多すぎない?」
「そうか? これは牛の臭みを抑えるのに敢えてワイン多めに入れたんだよ?」
二人の料理談義は白熱し始めたので、壱弥は美優に別の料理を薦めた。
「このキッシュは航生が作ったよ。それから俺のカプレーゼとアヒージョ、あれは帆高のパスタ」
「うん、全部美味しそう。皆ホントに料理上手なんだね」
「俺のはホントに簡単だからね。料理って言っていいか自信ないけど」
「そんな事ないよ? 壱弥君のアヒージョ、野菜いっぱいで美味しそう」
「肉ばっかじゃさすがに重たいかなと思ってさ。俺は今回は野菜担当って事にしといた」
美優は早速壱弥の作ったカプレーゼとアヒージョを皿に盛った。
「いただきます」
壱弥に笑いながら言うと壱弥もまた微笑んで答える。
「どうぞ」
美優は先ずアヒージョに入っていたブロッコリーをフォークに刺して口に運んだ。
ニンニクとオリーブオイルの香りが口の中に広がる。これもまた良く火が通っているのにしっかり歯応えがあってちょうどいい。
「すっごく美味しいよ、壱弥君」
本当に美味しかったので、思わず頬が綻ぶ。
そんな美優に壱弥は優しく微笑む。
「二人きりだったら抱きしめてるよ。それ位嬉しい」
やはりこんな甘い事を言われると羞恥が沸いて、俯く美優。
「美優ちゃんがこないだ作ってくれた料理に比べたら、こんなの大した事ないけどね」
美優は顔を上げて首を横に振る。
「ううん、そんな、私の料理よりもずっと美味しいよ?」
「俺にとってはこないだのお祝いの料理の方がよっぽどご馳走だったし美味しかったよ?」
「……壱弥君は私の事褒め過ぎだよ? あんなの普通の料理だし。見た目もあんまり綺麗に作れなかったし……」
壱弥は笑う。
「普通じゃないってば。美優ちゃんが作ってくれたのなら、それだけで特別だよ」
そう言うと壱弥は自分の皿に自分の作ったカプレーゼのトマトとモッツァレラチーズ、アヒージョのブロッコリーとトマトとアスパラを乗せた。
「俺味見してないんだよね。いただきます」
ブロッコリーをフォークに刺して口に運ぶ。味を確かめる様に食んだ。
「うん、胡椒ちょっと多かったかな?」
「私、これ位効いてる方が好きだよ?」
美優が壱弥ににっこりと笑って感想を述べる。
「そう? 美優ちゃんが好きならいいや」
外は少し山風が吹き下ろしているが、この季節の割には珍しく穏やかで隙間風もなく、静かな山の夜は7人の賑やかな笑い声で更けていった。
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