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16、まだ、癒えない傷
食事を終えた7人は、帆高の車に乗って山の頂上まで夜景を見に行く事になった。
「一番後ろの補助席二人、誰が乗る?」
「美優ちゃんが良ければ、俺と美優ちゃんで乗るけど」
壱弥がそう言ったので、美優も皆に向けて言った。
「私はそれで全然構わないよ?」
「え~? 女子は真ん中の三列に乗ればいいんじゃない?」
穂澄が不満そうに言って、美優の右腕に自分の両腕を絡めた。
「お、それがいいんじゃないか? 補助席狭いからな」
棗がそれに賛同する。
「だったらやっぱり私は後ろの方がいいんじゃないかな? 背も一番低いし」
「壱弥は高いじゃない」
やっぱり不満そうに穂澄が言う。
「ダメ。美優ちゃんは俺と一緒にいるの。行こ、美優ちゃん」
帆高が補助席のセットをし終わったタイミングで壱弥が美優の手を引いてさっさと背の高い車に乗り込んでしまう。
「もう、壱弥ってば強引なんだからっ!」
穂澄は不満気に呟くと二列目の後部座席に乗り込んだ。
「まぁまぁ、帰りは美優ちゃん隣に来てもらえばいいっしょ?」
その後を航生が乗り込んで、棗が続く。
助手席に忠也が乗り込むと、運転席に既に乗り込んでいた帆高が全員に向かって声をかける。
「皆乗ったな。んじゃ、行くよ~」
帆高は車を発進させる。車はロッジを出て山道に入り頂上へ向けて登り始める。
車内には地域でもとても有名なFMラジオが流れ、洋楽のタイトルを流暢な英語でDJが紹介している所だ。
「俺も一台SUVのいいヤツ買おうかな~。M3じゃキャンプとかスノボの時に困るからな~」
運転席の帆高が忠也に答える。
「あれ、車高ヤバいもんね。でも忠也先輩がSUV乗るなら俺ディフェンダーやめるよ?」
「は? 何言ってんの? SUV二台じゃなきゃダメに決まってんだろ。美優ちゃんも増えたんだし、お前だってまた彼女出来たら連れて来るんだろ?」
壱弥が口を挟む。
「俺のA5じゃちょっと手狭ではあるよね」
「じゃ、お前がSUV乗ればいいんじゃないの?」
忠也が壱弥に振り返って言った。
「やだ。SUVはなんか好きじゃない」
「俺だって好きじゃないわ。でもそこは空気を読んでだな~」
「車なんて空気読んで決めるもんじゃないでしょ?」
「まぁ、まだ何とかなってる間はいいんじゃない?」
航生は持って来ていたペットボトルのお茶の封を開けながらサラリと言った。
「いざとなればうちが一台増やせばいい。だろ? 忠也」
腕組をし、脚を組んだ棗が自分の真ん前の座席にいる忠也に言う。
「うん、そうだな、棗。うちが持てばいいよ」
忠也は棗の言葉を全て素直に受け入れる。
美優はこのやり取りを微笑ましく見ていた。
全員が何かリラックスしているし、心の壁みたいなものも無い。穏やかに、でも遠慮もなく、皆が言いたい事を言えている空気を美優は心地よく感じた。
そういう人達に受け入れてもらえたのも嬉しい事だった。
まるで昔から知ってるみたいだな……と、この和の中に居る事の違和感のなさを不思議に思っていた。
隣にいる壱弥が膝に置かれた美優の手をそっと握る。
そして美優の耳元に唇を寄せて耳打ちした。
「大丈夫? 疲れてない?」
美優も壱弥に微笑んだ後、壱弥の耳元に唇を寄せて耳打ちした。
「うん、大丈夫、全然疲れてないよ。すっごく楽しい」
「そっか、よかった。もししんどくなったらすぐ言ってね?」
壱弥はまた同じ様に美優に耳打ちする。握られた手がきゅっと強く握られる。
「無理しちゃダメだからね?」
「大丈夫。無理なんてしてないよ。ホントに楽しい」
壱弥の心配をくすぐったく感じながらも微笑んで見せた。
壱弥はそんな美優に微笑みかけて、髪を優しく撫でた。
そのタイミングで車は緩やかに停車した。
「着いたぞ〜」
帆高は頂上にあるパーキングに車を停め、皆に声をかけた。
車から次々に出て来て、皆で夜景を眺める。
「うわぁ……、綺麗……」
今まであまり夜出歩いた事のない美優は夜景ももちろん観に行った事が殆どない。
この間の水族館の後に観に行った夜景は見慣れた風景だったが、今回は本当に知らない景色が灯り達に彩られている。しかも街の全体と海まで見渡せる景色なので、なかなかの絶景だった。
そう呟いた美優の左横に壱弥が立った。
「ね? ここはあっち側とはまた違った景色になるでしょ?」
「そうだね、全然違う。私、あまり夜は外に出た事なかったから、夜景って新鮮だよ」
「そっか。じゃあ、色んなトコの夜景一緒に見に行こうね」
壱弥がそう言うと、穂澄が美優の右横に立って言った。
「壱弥と二人きりばかりじゃなくて、私達とも行きましょうね? 美優ちゃん」
美優は穂澄の方を向いて笑顔で言った。
「うん、一緒に行きたい」
「夜景だけじゃなくて、来年はお花見でしょ? 海でしょ? キャンプでしょ? フルーツ狩りも行きたいわね! それにまたクリスマスも一緒に祝いましょ?」
帆高が美優の後ろに立って言った。
「フルーツ狩りって言えばさ、いちごって実は1月の初積みが一番美味いんだって知ってた?」
「え? そうなの?」
美優は帆高の方を振り返る。
「うん、去年、新年明けてすぐにいちご狩りに元カノと行って来たんだけどさ、すっごい、甘いんだわ、これが」
「え? そういう品種じゃなくて?」
穂澄もまた帆高を振り返って訊ねる。
「違う違う。そこはさ、春に行った事があって、その時と品種は一緒なんだ。明らかに1月の方が甘いんだ」
「あんた、春って去年の4月5月の事? その時付き合ってた茉莉ちゃん連れてったトコに彩綾ちゃん連れて行ったの?」
「だって、そこの農園、コスパいいんだ。美味いし甘いし、いちご自体デカいし」
「元カノと行ったトコに彼女連れて行くんじゃないわよ、デリカシー無いわね」
「じゃあ、お前らと行けばいい訳だな?」
「そうね、私達全員連れて行ったなら問題ないと思うわ」
「じゃ、予約するわ。美優ちゃんに合わせるから都合のいい時連絡して? あ、壱弥、美優ちゃんの連絡先聞いていいか?」
「俺は構わないよ」
壱弥は特段気にする様子もなく、サラリと答えた。
「OK出たから、美優ちゃん、良かったら連絡先交換しよ?」
「いいよ」
「じゃ、私も〜」
穂澄が追随するとそれを聞きつけた忠也と棗と航生もやって来る。
「じゃ、俺も〜」
「私も」
「俺も俺も」
結局全員と連絡先を交換して、改めて夜景を眺める。
忠也がいそいそと車に戻り、紙コップと大きな水筒を持って戻って来る。
「実はグリューワイン持って来たんだよね〜。帆高と美優ちゃん以外は呑んじゃおうぜ〜。二人にはコーヒー持って来たから。トランクにもう一個小さい水筒入ってるから、帆高? 取って来い」
「はいはい」
そう言うと、帆高は自身の車のトランクまで歩いて行く。
トランクを開けて水筒を取り出し、また美優の後ろに戻って来た。
「俺達は、コーヒーね」
忠也から渡された紙コップに帆高がコーヒーを注ぐ。
「ありがとう」
「美優ちゃん、ブラック飲める?」
隣の壱弥が美優に聞いた。
「うん、飲めるよ。普段はあまり飲まないけど、飲めない訳じゃないよ?」
「あ、ミルクと砂糖も持って来てあるよ〜? 帆高はブラックなの知ってたけど美優ちゃんは分からなかったから一応持って来た。はい」
そう言うと忠也は美優にミルクと砂糖を一つずつ渡す。
「ありがとう、忠也さん」
それぞれの紙コップにグリューワインが注がれる。
「じゃ、クリスマスの夜景にかんぱーい!」
やはり忠也が紙コップを高く掲げると、全員同じ様に紙コップを掲げる。
皆がその紙コップの中身を煽る。
風が無いとはいえ、山頂の空気はピンと張った様に冷たく寒い。
そんな中で飲む温かいコーヒーは体の芯に染み渡る様に美優を温めた。
「毎年こんな風に皆でクリスマスパーティしてるの?」
美優が壱弥の方を見て訊ねる。
「大学入ってからじゃないかな? こんな風に泊まりでパーティする様になったのは」
壱弥が答えて、その後を忠也が続ける。
「中等部と高等部の時は主に俺ん家でやってたな」
穂澄がその後に続く。
「学生の時はなんとなく持ち回りで誰かの家でやってた感じね」
「ホントにずっと仲良しなんだね。私親友とは中学離れたらお互い色々忙しくてなかなか会えなくなっちゃったなぁ」
穂澄が美優の方を向いて言った。
「私達はエスカレーター式の学校だったからね。学校別れる事がなかったのは大きいかもしれない」
「まあ腐れ縁ってヤツだよ」
帆高が美優の後ろから続けた。
「でもさ、やってる事は今も昔も殆ど変わらないよ? こんな風に集まって自分達でお菓子とか持ち寄ってゲームやったり漫画読んでたり。皆好き勝手やってた」
横にいる壱弥が美優に笑いながら言う。
「ふふ。今も皆自由に過ごしてるもんね」
なんとなく、今の6人の様子から、どんな風に過ごしていたのか想像出来て、可笑しくなった。
しばらくそんな事を談笑しながら夜景を見て、7人はロッジへと戻る事にした。
車はロッジのキャンプファイアー広場へと向かい、そこでトランクから大量に積まれた花火を取り出す。
「今日は風弱いな。ツイてる」
忠也は満足そうにそう言うと、打上花火や連発花火、ロケット花火を設置していく。
男性陣総出で設置系の花火をセッティングしていき、女性陣で手持ち花火を人数分選り分ける。
「じゃ、点火するぞ~!」
着火ライターをプラスチックの包みから取り出しながら、忠也が言った。
「こっちも準備で来たわよ~」
穂澄が片手を大きく振って、準備が整った事を伝えた。
航生がカメラを構える。
着火ライターの小さな火が打上花火の導火線に寄せられ、小さな火花を散らしながら素早く打上花火の胴体まで燃えた。
打上花火の胴体から火の玉が空にめがけてポシュンという音を立てて駆けあがり、小さな火花を華々しく散らした。
「おお~! じゃ、次々行け~!」
男性陣はどんどん打上花火や噴出花火に火を点けていく。
次々に空は花火のカラフルな火花の花が咲き、噴出する花火は複数並んで鮮やかな光の穂が生り、地上もまた華やかに彩られていた。
美優は思う。
そういえば今年の夏は両親が亡くなってしまったので、花火をしていない。
そんな事をしているゆとりは現実的にも心理的にも全く無かった。
目に染みるほど明るい花火の穂を眺めていたら、グッと胸に重い鉛の様な何かが込み上げて来て、泣きそうになったのを美優は慌てて堪える。
油断していると、たまに重い鉛の様なこの何かがやって来る。
焦った美優は自分に言い聞かせる様に言った。
「綺麗っ! 楽しい~!」
そう、今は楽しい場面だ。
決して感傷に浸って涙を見せて場をシラけさせてはいけない。
「うん、綺麗だね」
いつの間にか美優の隣にやって来ていた壱弥が美優の頭を撫でる。
「来年の夏は一緒に花火しようね」
壱弥を見上げると、いつもの優しい笑顔ではなく、真剣な表情で美優を見下ろしていた。
きっと察せられてしまったのだろうと思ったが、美優は壱弥に笑った。
「うん」
壱弥は美優の右手を握る。
壱弥の触れた冷えた指先からまるで全身が温められる様な、そんな気がした。
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