18、俺のわがまま

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18、俺のわがまま

 温泉から帰った男性陣は穂澄の作ったリゾットを食べて、後片づけをして帰り支度を始めた。  美優が二階の女子部屋の掃除機をかけていると、壱弥がやって来た。 「美優ちゃん、入って大丈夫?」 「うん、もう掃除機かけてるだけだから大丈夫」 「代わろうか?」 「ううん、これ位やらせて?」 「片づけ終わったら送っていくよ」  壱弥はそう言いながら、壁に立てかけておいたお掃除ワイパーにシートを装着した。 「あ、ありがとう。こっち側はもう掃除機かけ終わったよ」 「了解」  掃除機をかけ終わると壱弥が手早くワイパーで軽く磨いていく。  2人でする掃除はさくさくと終わった。 「男子部屋はもう終わったの?」  美優は壱弥が男子部屋の掃除を担当していたのを思い出したので訊ねた。 「うん、結局ほぼ使ってないしね。女子部屋より簡単に終わったよ」 「そっか。昨日の夜壱弥君、ソファで毛布一枚だったでしょ? 体調大丈夫?」 「うん、大丈夫だよ。思ったより二日酔いも無かったし」  美優はキッチンのワインのボトルの数を思い出し、少し苦笑いをした。 「ワインの瓶の数、凄かったね」  壱弥も苦笑いする。 「話が弾むとどうしても呑む量増えちゃうんだよね。正直途中から記憶無い」 「記憶無くなる程呑んじゃダメだよ? 心配になっちゃうから」 「うん、わかった。気を付ける」  壱弥は美優の大きな荷物を持ってやり、美優は小さな二階二部屋分のゴミ袋を持って階段を降りる。  階下にいた穂澄が美優に声をかける。 「あ、掃除ご苦労様。下も終わったわ」 「これ、ゴミ、どうしたらいいのかな?」 「ああ、それはこのロッジのゴミ捨て場に捨てればいいわ」 「俺行って来るよ。頂戴」  航生は美優に手を伸ばしたので美優はゴミ袋を航生に手渡した。 「航生君、よろしく」 「うん、任せて。行って来る」  航生は笑顔でゴミ袋を受け取ると一階の大きなゴミ袋と一緒に持って、ロッジを出て行った。  穂澄が美優の方を見て訊ねる。 「美優ちゃん、次はイチゴ狩りよ。初積みイチゴ、楽しみね」 「うん、多分、13日か14日は空いてたと思うんだ。確認して帆高君に連絡するね」 「了解よ! 壱弥? もう出られるなら美優ちゃん送ってあげていいわよ? 航生待ちなだけだから」 「わかった。美優ちゃん行こうか?」 「うん、ホントに先帰って大丈夫?」 「私達にそんなに気を使わなくていいわよ? 帰れる者は遠慮なく帰っちゃっていいのよ」 「わかった。じゃあ、お言葉に甘えます」 「うんうん。甘えちゃって! 気を付けて帰ってね?」  それを聞いていた忠也と棗も美優に手を振る。 「美優ちゃん、次イチゴな!」 「壱弥、ちゃんと送っていくんだよ?」 「うん、わかった」 「忠也さん、棗さん、またね」  挨拶を済ませると、壱弥と美優はロッジの受付前にあるパーキングに向かい歩き出す。  美優の横を歩く壱弥が美優に言った。 「女の子の荷物って結構あるんだね。行きも持ってあげればよかったね」 「あ、ごめん! それ持っててくれてたんだよね」  美優は慌てて自分の荷物を受け取ろうとするけれど、壱弥は渡さない。 「今日から持つから。気が利かなくてごめんね?」 「自分の荷物位持てるよ? 大丈夫」 「俺が持ちたいんだよ」 「何も持ってないのって不安になっちゃうから、ホントに大丈夫」  壱弥はにっこりと笑って拒否の言葉を述べる。 「ダメ。慣れて?」 「そんな、慣れないよ……。壱弥君、まだ二日酔い残ってるでしょ? 無理しないで?」 「もう大丈夫だよ。なんか今日はあんまり残らなかった」  そんな風にやり取りしてる内に、結局パーキングまで辿り着いてしまう。 「壱弥君、ありがとう」 「俺が強引に持っちゃったんだから、お礼なんて要らないよ?」  車のトランクを電子キーで開けながら壱弥は笑った。 「ううん、でもホントに気を使わないでね?」  壱弥は更ににっこりと笑う。 「これからは持つの。決まったの」  これまでの壱弥とのやり取りで、こういう笑顔で言い出した時は絶対に譲ってくれないという事はなんとなくわかってしまう。 「……ホントに持ってくれなくても大丈夫なんだけどな……」  美優はなんだか壱弥に気を使わせてしまって申し訳ない気持ちになる。  確かに壱弥の荷物に比べれば大き目の荷物になってしまうけれど、持てない様な重さじゃない。  わざわざ持ってもらうなんて気が引ける。  けれどきっと、こういう風に頑とした笑顔で言い切る時の壱弥に何を言っても無駄なのはなんとなく理解出来始めていたので、ここは美優が折れる。 「あ、壱弥君。少しだけ荷物開けさせて?」 「うん」  美優は自分の荷物の中から小さな簡単なラッピングの施された包み紙を取り出した。 「ホントは車で渡そうと思ってたんだけど。これ、クリスマスのプレゼント」  その包み紙を壱弥に差し出す。 「……俺に?」 「あのね? ホントに大したものじゃないの。ほら、クリスマスパーティはプレゼントとかは無しって言われてたから皆には渡せなかったけど、壱弥君にはどうしてもいつも色々相談に乗ってくれたりするお礼がしたくて」  壱弥はその包みを開ける。  中身は白いハイブランドのハンカチと包装された5枚ほどのクッキー。壱弥はそれを手に取ってじっと見つめる。 「クッキーはね? 私が焼いたやつなの。お母さん考案のクッキーだから多分美味しいと思うよ? お母さん、ネットにレシピ上げてくれてたから作ってみたの」 「ああ、おやつにご馳走してくれた、あのクッキー?」 「そうそう。あれだよ」 「……ありがとう、美優ちゃん。ハンカチ大事にするよ。クッキー食べてみていい?」 「うん、どうぞ」  壱弥は透明の袋に詰められたクッキーを一枚取り出して口にした。  サクサクとした歯応えで、口の中いっぱいにバターの風味が広がっていく。 「ああ、懐かしい。このクッキーだ。凄く美味しい」  壱弥は微笑んでクッキーを食む。 「よかった。お母さんみたいに手際よく作れなかったけど、味はなんとか再現できたんだ」  焦がしたり、何か味がしっくり来なかったりで、何度か失敗したがそれは恥ずかしいので内緒にする事にした。 「……先越されちゃったけど、俺からもプレゼントがあるんだ」 「え?」  壱弥も自分の荷物の中から、細長い形状のラッピングされた包みを取り出した。 「これ、俺から美優ちゃんにクリスマスプレゼント」 「え、ダメだよ、壱弥君。壱弥君はもういっぱいお洋服プレゼントしてくれたのに」 「ん~……、でもさ? もう用意しちゃったし。開けてみて?」  美優は差し出された包みを壱弥から受け取る。  少し戸惑いながらも壱弥のプレゼントを開けてみた。  中には小さなドロップ型のローズクォーツのペンダントトップのついたネックレスが入っていた。 「美優ちゃん、あんまりアクセサリーつけないのわかってたけど、この色美優ちゃんに似合いそうだなって思ったんだ」 「わぁ……、凄く可愛い……!」 「つけてあげる」  美優の背後に回った壱弥はネックレスを受け取り、美優は髪を右肩に寄せてうなじを露わにした。  壱弥はネックレスの金具をサッと取り付ける。  髪を背中に戻した美優は、壱弥の方に向き直り少し頬を染めて壱弥を見た。 「似合うかな……?」  右側の横髪を耳にかけながら、美優は壱弥に訊ねた。  そんな美優を優しい微笑みを湛えて見つめた壱弥はそれに答える。 「うん、凄く良く似合うよ。可愛い」 「あの、ありがとう……」 「俺もありがとうね。クリスマスプレゼント貰えるなんて思ってなかったな」 「私も思ってなかったよ? だって、もうたくさんプレゼントしてもらってたから」 「あれはあれ。これはこれ」  やはり壱弥は頑として受け付けない時の笑顔で美優に言った。 「壱弥君、ホントにありがとう。大事にするね」  美優はたくさん高価な物を送って貰って、申し訳ない気持ちになったが、きっと壱弥は何も受け付けてくれないのだろうという事はわかったので、受け入れる事にした。 「うん。そうしてくれたら嬉しい。……美優ちゃんは気にするかもしれないけど、ホントに俺がしたいだけだから、遠慮せずに受け取って?」  美優はいつも不思議に思う。  壱弥はいつも何故か美優の隠し持った気持ちをパッと見抜いてしまう。  どんなに隠し事をしたくても壱弥には見破られる。  それは、人に見せるべきではない舞台裏の様なもので、そんな所を見破られてしまうと何か自分のする気配りがとても安い物の様に見えて恥ずかしい気持ちになる。  それでもやはり、そういう所に気が付いて貰えるのはくすぐったい気持ちになったりもして、複雑な心境だ。 「……でも、あまり高価な物はやめて欲しいな……。お返しする時困っちゃうから」 「お返しなんて要らないよ? 俺がやりたくてやってるんだから」 「壱弥君は要らないと思ってても、私だってお返ししたいの。嬉しかった分だけお返しして出来れば同じだけ喜んでもらいたいなって思うでしょ?」  壱弥は美優を愛おし気に見つめる。そして美優の頬に指先を這わせ、言った。 「美優ちゃんは本当にいい子だ。昔からずっと変わらないね。離れていた事が惜しくて堪らないよ」  なんだかうっとりとした表情で見つめられて、美優も恥ずかしくなる。赤面して、でも壱弥の指が頬に触れているので俯く事が出来ず、視線だけ壱弥から外した。 「……頬が冷えちゃってるね。車乗ろっか」  壱弥はそう言うと、助手席の方に回って、車の扉を開ける。 「ありがとう」  美優は車に乗り込んで助手席に座った。  壱弥は助手席の扉を閉めると運転席側に回り、扉を開けて乗り込む。 「壱弥君? あの、車のドア、もし壱弥君に何かこだわりが無いんなら、自分で開け閉めするよ? いつも開け閉めしてもらってちゃなんだか申し訳ないし……」 「ダメ。こだわりあるから、俺が開け閉めする」 「……そっか。車傷つけちゃったりしちゃいけないもんね」 「別に車なんてどうでもいいよ。直せばいいだけだから」 「だったら、私、自分で……」 「俺さ、美優ちゃんには俺といるとお姫様になれるみたいな気分でいて欲しいんだ」 「……どうして?」 「だって、俺といたら幸せになれるって思ってもらいたいでしょ?」 「そんな事してもらわなくても、私壱弥君といたら楽しいし、幸せな気持ちになれるよ?」 「違うよ? 幸せな気持ちになるんじゃなくて、幸せになるんだよ? 現実じゃなきゃ意味ないでしょ?」 「気持ちが幸せになるんなら、それはもう充分幸せになってるんじゃないかな?」 「傍に居られるだけで幸せって言う気持ちはあるけど、実際に幸せじゃなきゃ意味ないんだ。俺は美優ちゃんにはいつも幸せでいて欲しい。その幸せは俺が完成させる。完成させるのは俺じゃなきゃ嫌なんだ」  こんな風に自分の幸せを望んでくれる人はきっと、両親以外には壱弥しかいないだろう。 「……ありがと……、壱弥君」 「ううん。……これは俺のわがままみたいなものだから、お礼を言われる事なんてないんだ」  壱弥は有無を言わせない時の笑顔を美優に向けた後、フロントガラスの向こうに目をやり、ギアを握ってパーキングからドライブに入れて、サイドブレーキを戻す。 「さ、帰ろうか」 「うん、よろしくお願いします」  車は走り出し、二人はロッジを後にした。
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