3、買い物

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3、買い物

「港の方に知り合いのお店があるんだ。こじんまりした洋食屋なんだけど、味は保証するよ。そこでもいい?」  ハンドルを握りながら壱弥は美優に確認を取る。 「うん、大丈夫。なんか壱弥君に頼ってばかりでごめんね?」 「全然。美優ちゃんにならもっと頼ってもらいたいくらいだよ?」  朗らかにそう言うと信号が赤に変わって車は緩やかに停まった。 「壱弥君は面倒見がいい人なんだね。小さい時も私とたくさん遊んでくれたもんね」 「美優ちゃんは特別だって言ったでしょ?」  壱弥の視線がこちらに向いたことを感じる。  壱弥の方を向いてみるとやはり優しい笑顔で美優を見つめていた。 「……っ あ、ほら! 変わっちゃうよ?」  焦って前を向き、信号を指さす。  その美優の慌てた様子に壱弥は可笑しそうに笑った。 「大丈夫。ちゃんと見てるよ」  美優はこんな風に壱弥が自分に思わせぶりな態度を取るのがどういうつもりなのか、測り兼ねていた。  自分に優しくしてくれるのは昔の幼い自分にかけてくれた情と同じものの様にも感じられた。それに壱弥の様な大人のとてもモテそうな男の人が自分を本気で相手にしているとは思えなかった。  きっと自分は妹の様に思われているんだろうと、心にしっかりと重しをして、まずは予防線を張った。 「港に着いたら、ちょっと海でも眺めようか? ああ……でも今の季節は寒すぎるかな?」 「私海見たいよ?」 「ホント? 良かった。実は俺、海ってなんか好きなんだよね」  そう言うと信号は青に変わってアクセルを踏み込み車は再び走り出す。 「あのね? この車って屋根開くの?」  美優は天井を見上げて壱弥に訊ねた。 「うん開くよ。」 「そうなんだ、視界が開けるのなんかいいね!」 「うん、たまに遠出して星空見上げに行ったりするんだよね。こないだちょうど流星群来てたでしょ? あの時も見に行ったんだ」 「わぁ! いいね! 私、流れ星って見た事無いんだ!」 「じゃあ、次の流星群の時期に一緒に行こうか。調べとくよ」 「ホント? 凄く嬉しい! 一度でいいから流れ星見てみたかったんだ!」 「そうだね、小さい頃もそう言ってたもんね。叶えてあげるよ、その位、幾らでも」  ハンドルを握り、前を向く壱弥を見ると相変わらず優し気な顔に微笑みを乗せている。  その横顔はやはり格好良く、何故か見惚れてしまった。 「……そんなに見られると恥ずかしいよ」 「あ、ご、ごめんなさいっ……」  慌てて目を逸らし、前を向き、そして俯いた。 「……だって、そんな小さな時に言ってた事憶えててくれたんだと思って……」 「美優ちゃんは自然のモノに興味がある子だったなぁって。蛍も見たいって言ってたし、オーロラも流氷も満点の星空も見たいって言ってたしね。印象的だったんだ」 「そんな話してたっけ?」 「うん、美優ちゃんちで図鑑広げて色んな話したよ。全部一緒に見に行こう? 全部俺が叶えてあげる」 「……全部?」  再び壱弥に視線をやると、先程よりもずっと優しい横顔だった。 「うん。あの時約束したんだよ? 俺が叶えてあげるよって。そしたら美優ちゃん待ってるって言ってくれた。ホントに待っててくれて嬉しいよ」  そう言われて初めて、そんな記憶がなんとなく蘇る。 「ごめん……。私全然憶えてなかった……今言われて思い出したよ」 「美優ちゃんは一年生だったしね。憶えてないのも無理ないよ」  壱弥はそう言うとハンドルを切ってパーキングに入っていった。 「……? あれ? 港まで行くんじゃなかったの?」 「うん、その前にちょっと買い物」  壱弥は手慣れた様子で駐車する。 「コート要らないよ。すぐに店に着くから」  そう言うと駐車場の真横にあるブティックを指差した。 「あそこ?」 「うん、知り合いのお店なんだ」  見るからに高級そうな佇まいで庶民育ちの美優には今まで縁がなかった様なお店だ。  壱弥の後を所在無げに付いて行くと、綺麗に着飾った店員さんが壱弥に話しかけた 「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」 「店長いますか? 鈴志野だと言ってくれたらわかると思います」 「畏まりました。少々お待ち下さい」  店員さんは一礼するとスタッフオンリーと書かれた扉の向こうに入っていく。  すぐにその扉の向こうから栗色のロングヘアをなびかせたパンツスーツの美人の女の人が出て来た。 「やだ、何、壱弥! ホントに女の子連れて来たの?!」 「うん、連れて来た。お願いするよ」  その女の人は美優に視線を向けてにっこりと笑う。 「初めまして。私、久峨穂澄(くがほずみ)。この店の店長よ。壱弥とは中学からの同級生なの! よろしくね!」 「あ、えっと、神崎美優です。よろしくお願いします」 「美優ちゃんね。じゃ、早速こっち来て?」  肩を押されて強引にチェンジングルームに引き込まれた。 「何着かは用意してたんだけど、このサイズで大丈夫かしら? うん、いけそうね!」 「あの、なんで私の? 壱弥君の服を買いに来たんじゃないんですか?」  どんどん宛てがわれていく服達を尻目に美優は穂澄に疑問をぶつけた。 「なんであんな男の服私がコーデするのよ~~。どうせ選んでやったって黒か白しか着ないんだから」  確かに壱弥は昔も以前会った時も今日もモノトーンの服を着ていた。 「今からデートするけど、制服じゃなんだからコーデしてやってってメッセ貰ったの。今壱弥界隈は騒然としてるわよ? 壱弥が女の子を忠也先輩の店に連れて行くって」 「え? そうなんですか?」 「そうよ~~。壱弥が私達の所に女の子連れてくるなんて今まで絶対になかったからね。あ、これもいいわね! 美優ちゃんはこういう系好き?」 「え、好きですけど……」 「じゃ、これもね。あ、今日はディナーデートだからこれがいいわね」 「ちょっと待って下さいっ。あのデートって……。それに『これも』って……っ」  穂澄はけろりと言ってのけた。 「壱弥からそう聞いてるわよ? デートだって。それに何着かプレゼントしたいからコーデしてくれって」  美優はびっくりして首を横に振った。 「待って! 私、今日は本当に晩御飯に誘ってもらっただけでっ! それにプレゼントって……どうして?」 「……何あいつ、何も説明せずにここに連れて来たの? そりゃ混乱するわよね~~。まぁいいじゃない。別にちょっとくらい甘えたって壱弥だって喜ぶわけだし、ケチな男じゃないし、問題ないわよ?」 「だって、前もご飯奢って貰ったり、色々お世話になってばかりで……」 「……あいつが? へえ~~……。ま、気にしなくていいわよ。あいつお金に困ってないし。困ってる奴がA5スポーツバックなんて乗ってないでしょ」 「……でも、壱弥君が困ってない事は関係ないと思うんです。奢って貰う理由がないもの……」 「初デートでしょ? その記念って事でいいんじゃない?」 「……デートじゃないです……。壱弥君は多分私の事は妹みたいに思ってるだけだと思うし……」 「別に妹だったら甘えとけばいいわよ。うん、このコーデ似合ってる。これも入れとこ」  穂澄はてきぱきと服を宛がっていき、どんどん積み上げていく。  もしかしてこれ全て購入するのだろうか? と、美優は不安になってくる。  「あの、く、久峨さん? せめて一着にしてくれませんか? こんなに貰っちゃったら……」  そう言うとぱっと美優に向き直って穂澄はきっぱりと言った。 「穂澄って呼んで?」 「え、あ、はい。ほ、穂澄さん?」 「さんも要らないけど、まあそれはその内でいいわ。あ、この服にはこの靴がいいわね! これも入れとこ」  結局美優はグレーのVネックニットに黒のフレアスカート、同じく黒のショートブーツとアクセントの水色のバックをコーディネートされた。  その格好でチェンジングルームを出ると、スマホを操作していた壱弥は美優に目をやる。 「美優ちゃん、良く似合ってるよ。可愛い」  壱弥は目を細めて優し気な雰囲気に更に心からの優しい微笑みを乗せて美優を見つめた。 「……あの、壱弥君、これはいくら何でも悪いよ……」  美優は持たされた鞄のハンドル部分をきゅっと握った。 「ほら、もうすぐクリスマスでしょ? クリスマスプレゼントだと思ってくれたらいいよ」 「でも、にしたって貰い過ぎだよ……。こんなたくさん……」 「今日時間くれたお礼も込みだよ。気にせず受け取って?」 「……でも……」  壱弥は優しく美優の髪を撫で、指先で頬に触れた。 「美優ちゃん? 別に甘えてくれていいから。さっき言ったでしょ? 背伸びしなくていいって」  その壱弥のどこか有無を言わせない笑顔に押し切られた気持ちになった美優はこくんと頷いた。 「……ありがとう、壱弥君。でも、何か私にできる事があったら、その時は助けになるから、何でも言ってね?」 「……ホント?」 「うん」 「じゃ、早速お願いしようかな?」 「え?」 壱弥は少し悪戯っぽい笑顔を美優に見せた。 「それは、ご飯食べながら聞いて貰おうかな」  キョトンと壱弥を見つめてみたが、唇に人差し指を当てて、笑うだけだ。  今話してくれる気はない様だ。 「二人とも、包み終わったわよ~~」  穂澄がレジの前で二人に呼びかけた。 「ああ、ありがとう」  壱弥と二人でレジに進み、大量の紙袋を受け取る。  大きな袋は全て壱弥がサラリと受け取って、結局美優が持ってるのは小さな制服を入れてくれた袋だけだ。 「じゃ、また連絡するよ、穂澄。行こうか、美優ちゃん」 「あ、私達もお店閉じたら先輩の店行くからって言っておいて~~」 「……なんだよ、お前ら来るのか……。まあいいけど。伝えとくよ」  そう言うと壱弥は美優の肩に手を回して促しながら店を出た。
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