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47、作戦決行
それから毎晩二人は身体を重ね、美優は壱弥と繋がっている時は辛い現実を忘れ、快楽に溺れている自分に戸惑った。
でも、壱弥の雄の光を孕んだ瞳で見つめられると拒否する事が出来なくて、結局求められるがまま、快楽に溺れてしまう。
理性が戻るとこんな自分が情けなくて恥ずかしくて、少し悲しくなったけど、それも壱弥が全部忘れさせてくれた。
完全に悪循環で、赤青い跡痣が消えてもすぐに壱弥が新しいのを付けてしまう。結局二人は家に引き篭もってどんどん昼夜を問わず身体を重ねていくようになっていった。
そんな状態が一週間続いて、穂澄達から連絡が入った。
『私達の休みの調整ついたから、明日と明後日囮作戦実行出来るわよ』
『どうすんの?』
「俺は顔割れてるから、俺の車で穂澄を美優のマンションの前で降ろせばいいんじゃないかな?」
『で、その様子を俺と航生で見張っとくと』
『なんか隠れられそうな場所とかあるの?』
「前に俺が美優のマンションから出た時に視線を感じたのは向かいのマンションの大きな柱の陰からだったから、そこで見張ってる可能性が高いと思う。で、そのマンションの柱の陰を見通せるのはその斜め後ろにある駐車場だね。そこがベストポジション」
『その駐車場、月極?』
「多分そう」
「その駐車場、向かいのマンションの駐車場で、多分来客用のスペースがあったと思うの。そこ貸して貰えたら車停められるかも」
『そうなの? そういう交渉は私に任せて? これ切ったらすぐにそのマンションの管理会社にお願いしてみる』
『でもさ、俺達って全員顔割れてる可能性ない? 卒業式ん時の写真あったって言ってなかった?』
「多分憶えてないよ。ストーカーなんてターゲットしか見てないし、ターゲットと二人でいる男にしか敵愾心持たない」
『俺達なんて眼中にないって訳だ』
『まあ、その方がこっちにとっては都合がいいよ』
『予め、借りられたら駐車場に車停めて、航生と俺で見張っておいて、そこに美優ちゃんに似せた穂澄を乗せた壱弥の車が登場。穂澄を降ろして美優ちゃんの部屋に入って、様子を見ると』
『その駐車場のスペース借りられなかったらどうすんの? 候補あげといた方がいいんじゃない?』
「だったら、その丁度反対側に駐輪場があるから、そこにいても問題ないけど、向こうの柱の陰からも見えるかも」
『じゃあ、チャリ持っていって修理してる振りでもすっかな』
『じゃ、私とりあえず管理会社に電話するわ。また連絡する』
「頼むよ」
『じゃ』
『後で』
音声チャットを終え、スマホをテーブルの上に置いた壱弥が晴れない顔をしている美優の頭を撫でる。
「大丈夫。心配要らないって。充分気を付けるから」
「……うん。ホントに気を付けて? 服の中に固いもの入れておくぐらいの事してね?」
「わかったよ。皆にも注意しとくから」
「……なんか私の事なのに皆に任せてばかりで申し訳ないな」
「美優のせいで起きた事じゃないんだから気にしなくていいって言ったでしょ?」
「……うん、ありがとう」
次の日、結局穂澄の交渉で向かいの駐車場を借りる事が出来たので、帆高の黒いディフェンダーを停め、帆高と航生が見張る。
ディフェンダーには美優も乗り込んで一緒に見張った。
壱弥と美優の服に着替え、美優の黒髪と同じ長さのウィッグを被った穂澄は少し遠い場所にあるコインパーキングに停めてストーカーが現れるのを待った。
「上手く今日来たらいいんだけど……」
「まあ、今日来なくても明日も空けてあるから大丈夫」
「今日月曜だろ? 全曜日埋めないとわからんよね」
ディフェンダーで三人は予め買ってあったおにぎりを手に壱弥の言っていた柱の陰を見張っていた。
「曜日はわかんないけど、多分朝とか昼は無いと思うの。夕方から夜にかけてだと思うんだ」
美優がおにぎりの封を開けながら言った。
「なんで?」
帆高も同じ様におにぎりの封を開けながら美優に訊ねる。
「私の行動パターンのせいもあると思うけど、撮られてた写真が夕方とか夜のものだったの。卒業式の写真以外は」
「ああ、そのパターンを向こうも知ってるから、その辺の時間に現れるって事か」
「……私が壱弥の家に行っちゃったから、ストーカーの人どうするのかわからないけど」
「いや、美優ちゃんがバイトしてるのは知ってる訳だから、寧ろその時間帯に執着するんじゃないかな」
「そうかも、ほら、来たっぽい」
見張っている柱の陰にこっそりと隠れた人影がある。
その人影はすっぽりと帽子とフードを被っていて顔はよくわからない。
「さて、あいつかな? どれくらい様子見る?」
「多分、10分もあんなとこでじっとしてたらストーカーの可能性かなり高いと思うよ?」
「だな。美優ちゃん、壱弥に連絡よろしく」
「うん、わかった」
美優は、壱弥にメッセージを送る。
【ストーカーらしい人が来たよ。10分ぐらい様子見てみます】
壱弥からすぐに返事が来た。
【了解】
「動かんね……。まあでもあいつ、さっきからチラチラ美優ちゃんの部屋の窓見てるからほぼ確だね」
航生が指先に着いたおにぎりの米つぶを食べ、視線は人影に向けたまま言った。
「……スマホ見始めた……」
帆高もおにぎりを食べ終えて、お茶を一口飲むとハンドルに凭れ掛かりながら人影の方をじっと見つめる。
「おし、そろそろ10分だ。壱弥に連絡して」
「わかった」
美優は再び壱弥に連絡する。
【10分経ったけどまだいる。ほぼ確だから来て】
殆ど間を置く事無く壱弥から連絡が入る。
【了解】
5分ほどして美優のマンションの前に壱弥の白いA5が停まる。
壱弥と美優に変装した穂澄が乗っていて、壱弥が上半身を穂澄の方に捻った。
遠目から見るとまるでキスをしてるように見える。
こうしてそれっぽく振舞ってストーカーを煽ろうという作戦だ。
壱弥はいつもの様に運転席を降りて助手席のドアを開けてやる。
助手席の穂澄は車を降りて、壱弥に手を振った。
穂澄は美優のマンションに向かい、エレベーターに乗り込む。
柱の陰の人影はその様子をじっと窺っているようだった。
壱弥がA5を走らせてその場から去っていくと、人影は柱の陰からゆっくりとした歩調で出て来る。
その様子を窺っていた帆高は、二人に言った。
「動いた。もし投函したらそこを抑える。美優ちゃんは車から降りないで動画撮って?」
「わかった」
美優はスマホではないホームカメラを構えた。
穂澄が美優のマンションの前にやって来て、美優から予め預かっていた鍵で解錠して部屋に入った。
「よし、穂澄と壱弥に音チャする」
帆高がスマホをタップして二人と音声チャットが繋がったら、呟く。
「美優ちゃん、カメラ回して」
「うん」
柱の陰にいた人影は、美優のマンションの窓から明かりが漏れた事を確認すると、エントランスに歩いていく。
そして郵便受けが並ぶエントランスの一番手前で足を止め、美優の部屋の郵便受けに何か入れた。
それを確認した帆高が一声かけ、運転席の扉を開け、
「入れた。行く」
そう言うと航生も車の後部座席の扉を開けて、飛び出した。
二人は人影が逃げられない様に横に並ぶ。
「ね? 今あんたここに手紙入れたよね?」
航生が笑顔でその捕らえた人影に声をかけた。
「!!!!!!」
人影は狼狽したが、二人に両脇から腕を掴まれているので逃げ出せない。
「確保」
帆高がそう一言呟くと、美優のマンションから穂澄が、すぐ近くのパーキングに車を停めてやって来ていた壱弥が、そしてディフェンダーからカメラを回しながら降りてきた美優が、周りに集まる。
「さ、あんたが美優ちゃんのストーカーって事で、誰?」
帆高がその人影のフードと帽子をはぎ取った。
「……っ!!!」
「……お客さん……」
その顔には見覚えがある。いつも唐揚げ定食を頼む、あのお客さんだ。
「お客? 美優ちゃん知ってる顔?」
「うん……。いつもバイト先に来てくれるお客さんだよ。えっと、本宮さん……でしたよね?」
「何? 店員さんに優しく接客されて、その気になっちゃった?」
航生が目の笑ってない笑顔で本宮に問い詰める。
「……神崎さんは……凄くいい子なんだ……」
本宮は小さな声で呟くように言った。
「は? 何知った様な口きいてんだよ」
帆高がいつもの彼からは想像できない様な凄みのある声で静かに言った。
壱弥の方を見た本宮は項垂れていた首を上げて叫んだ。
「神崎さんは! 美優さんは! お前なんかには相応しくないんだ!」
壱弥は冷たい目で本宮を眺めた。
「美優さんは本当に優しくて、誰にも優しくて、お前みたいに女にモテそうな奴に弄ばれていい様な子じゃないんだ!」
壱弥は美優が今までに見た事がない位に冷たい目をしている。そして静かに口を開く。
「そんな事お前に言われなくても知ってるよ」
そのあまりにもいつもとは違う冷ややかな声音に驚いて美優は壱弥をまじまじと見つめてしまう。
「相応しくないに決まってるだろ、俺もお前も」
壱弥は腰に手を当てて本宮を見下ろした。
「お前、俺を追い払えたらそれでいいと思ってたんだろ? でも残念だったな。俺は美優から一生離れるつもりなんかない。でもお前はストーカー規制法適用でもう二度と美優の傍には寄れないな。ご愁傷様」
航生はスマホで警察に連絡している所だ。
本宮が美優の方をおどおどした様子で見た。
「……神崎さん? 俺、ストーカーじゃないよ? 俺、ホントに神崎さんの事心配して、ずっと見守ってただけなんだ。いつも優しく接してくれて店で笑いかけてくれて、俺ホントに嬉しくて……」
「あの、私……」
「美優は何も言わなくていいわ」
穂澄が美優の前に立ちはだかった。
「あんたね、気持ち悪いの。はっきり言って人として終わってんの。美優はあんたじゃない他の男が好きなの。美優が誰と付き合おうとあんたには関係ないの。仮に他の男にめちゃくちゃにされてもあんたには関係ないの。あんたは美優にとってたまたま店で接客しただけのただの他人なの。いい? 二度と美優に近づくんじゃないわよ? じゃないと社会的に潰しちゃうわよ?」
本宮は泣き叫ぶ。
大声で何か叫んでいたが、殆ど言葉になっていなかった。
徹底的な引導を穂澄が口にした事で激昂しているようだが、帆高と航生に抑えられてその腕を振り払えない。
本宮は泣き崩れ、へたり込んだ。
それをただただ見下ろしているとやがて警官がバイクに乗ってやって来た。
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