やんごとなき事情故。

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 鬼月も巻物を巡りながら、密鬼へと小声で話を振る。まだ開始迄時があるのか、皆声を潜めつつも軽い会話を交わすざわめきが聞こえる雰囲気。  其の空気感に、密鬼も飛ばした処へ目を戻しながら。 「へぇ、本当だ……下っ端の俺達が十鬼族の御方を目にする機会なんて、滅多に無いもんな」  冊子にある講習の流れを記す頁の下、其処には十鬼族の鬼沙羅魏家の次男坊、劉鬼の名が。毎年此の講習には、十鬼族の内現役で現場に居る鬼が順に宛がわれるのだ。密鬼等も、当然其の名は知る。が、何分広い地獄。其の上、十鬼族様の顔を拝む機会もそう無いので貴重な機会とも言える。 「十鬼族か……遠縁でも良いから、御近づきになれたらなぁ……鬼沙羅魏劉鬼様とか、御当主の李鬼様と並んで美兄弟で有名だしさ」  うっとりそう夢を語る鬼月へ。 「籤に当たるみたいな事考えてないで、もう真面目に仕事する方向へ持ってけよ……」  と、呆れを含めた突っ込みの直後。突如変わる部屋の空気。分かるのだ、強い力を放つ鬼が直ぐ近くへ迫る感覚が。途端に静まり返った室内。息を飲む間を一つ置いて、正面の卓へ炎と共に現れた和装姿の鬼――劉鬼――へ、皆一斉に厳かな拝を捧げる。 「顔を上げて貰いたい。御初に御目に掛かる。本日講習を担当する、鬼沙羅魏劉鬼だ。新入り獄卒の諸君、以後見知りおきを」  そう自己紹介と共に、新入り達へ頭を下げる劉鬼。徐に上がった劉鬼の、其の秀麗な容貌へ言葉にならぬ静かなざわめきが立つ。一呼吸置き、劉鬼は卓へ置いた本日の講習に関する資料へ軽く目を通しながら。 「欠席者はいないとの事で、皆の誠実な姿勢に賛辞を送りたい。本日、皆へ語るのは――」  と。劉鬼の言葉が止まる。出席確認の名簿より、ある名が目に飛び込んで来たのだ。其れは、先日兄へ告げられた『婚約者』の名――鬼島(オニジマ) 密鬼――。
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