直緒さんと

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「どうしてですか?先日までは、“会わないで欲しい”と、言ってましたよね?」 語気が荒くなる。 「ああ。確かに。」 「何かあったんですか?しいちゃんに……。」 「……。」 「教えて下さい。」 俺が、ずっと彼女からの手紙を読み返していることは、直緒さんは、知らないはずだ。 “今さら、なぜ?” ただ何も考えずに、こんな提案をする直緒さんではない。何か意図があるのだろう。 「実は、最近、ピアノをよく弾いてるんだ。この前、たまたまその様子を見て聴いていたんだが……。」 「何かあったんですか?」 「志緒が……弾きながら……。涙が、溢れはじめて……。澪緒が、そばにいたんだが涙が止まらなかった……。」 “ピアノを弾くことで、何か辛いことが、起こっているのだろうか……。” 「澪緒が……、入院している時も、同じようなことがあったというんだ……。その時は、大高くんのレモン風味のパウンドケーキを食べた時だそうだ。」 そういえば、この事がきっかけで大高先生と少しずつ話せるようになったと、聞いていた……。 ということは、俺とも話せるようになるのかも……、そんな淡い期待が生まれる。 “会いたい……。” 素直にそう思う。 「直緒さん、しいちゃんは……、志緖さんは、何か思い出したんですか?俺のことは、分かりますか?」 「それは、何とも……。でも、実際……、大高君とは、新しい関係作りから、始めてもらっているから…。」 正直に話す直緒さん。 家族としても、辛い状況は変わらないのだろう。 一命をとりとめ、大きな障害や後遺症はなかったが、記憶の一部分を失ってしまった志緒さん……。 彼女を見て、俺自身の態度がどのようになるのか……自分でも分からない……。 返事に詰まった。 しばらく二人とも無言のまま時間が過ぎていった。
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