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第12話 説得
勇者は決意を秘めた表情で本拠地に戻る。
(ん?どうした? 勇者よ 先程、飛び出していったと思ったらすぐに帰ってくるとは)
「賢者の皆さまに、相談事があって戻りました」
(相談?)
(戦闘能力の向上の事か? それにしてはクリスタルに経験が溜まっておらぬが…)
「その事ではありません、先程お尋ねした、死の瘴気の事と新たな生命についてです」
勇者は真剣な眼差しをする。
(その事であるか…)
(その事なら、先程も述べたように、研究する資源も実行するエネルギーも残されてはおらぬ)
(仮に技術があったとして死の瘴気の除去について試算したが、膨大なエネルギーが必要となる)
(勇者よ、其方の中に組み込まれておる魔力炉では、全ての死の瘴気を取り払うのは不可能だ)
(魔力炉の全ての力を使っても半分も除去できないであろうな)
クリスタルの賢者たちは不可能な理由を次々と語り出す。
「それは…一から研究を始めた場合ですよね?」
勇者は反論するように訴える。
(左様…)
(一から始めた場合だ、かと言って、我々が思いつく技術では恐らく結果は変わらぬ)
(全く別体系の技術であれば、可能やもしれぬ)
「では…その全く別体系の技術があるとすれば…?」
勇者は賢者たちの反応を伺うように尋ねる。
(当てがあるのか!?)
(おぉ! 素晴らしいぞ! 勇者!)
(して、その当てとは? 何か遺物でも見つけたのか!?)
勇者の言葉に賢者たちは興奮した声を上げていく。
その反応に手応えを感じた勇者は、ゴクリと唾を飲み込み、息を整えてから口を開く。
「魔王…です」
勇者がぽつりと魔王の名を上げた途端、賢者たちの声が、時が固まったようにピタリと止まる。そして、暫し停止と沈黙の時が流れる。
魔王はこのような感覚をずっと過ごしていたのか?
勇者は反応が返ってこない賢者たちに一瞬、そんな事を考える。だが、一人の賢者の発言により賢者たちの怒声が堰を切ったように始まる。
(魔王!!)
(なんだと!!)
(魔王は我ら人類の宿敵であり仇敵であり怨敵・大敵だ!!!)
(魔王と組みするなど、絶対にあり得ん!!)
賢者たちは、魔王の存在にあり得ないぐらいの凄まじい敵対心を露わにする。
「しかし、この星の復活、未来の為には魔王が持つ技術や知恵が必要です!」
勇者は懸命に訴える。
(いや、ダメだ!)
(我らは魔王に根絶やしにされた人々の為、その遺恨を晴らす為だけに存在する!)
(その為に、我らは肉体という器を捨て、クリスタルにその精神を移し、人の姿まで失った)
(そして、我々は一万二千年の長きに渡り、魔王の息の根を止める為に、勇者、お前の存在を作り上げるのに心血を注いできた)
(今更、人々の怨嗟の声を忘れて、魔王と手を結ぶことなど出来ん!!)
賢者たちは勇者の提言を固い意思で拒絶する。
「賢者様! 人々の為と言っても、それは一万二千年も遥か昔の事… もはや、この星には魔王に恨みを持つ人など残っておりません!」
あの地下で魔王が誰一人として生存者を見つける事が出来なかったと言った、勇者も魔王が雲隠れした時に星の上を駆け巡った時に、誰一人として生存者を見つける事は出来なかった。つまり、この星の上で人族に関わる存在は、勇者とここにいる賢者たちしかいないのである。
(いる!)
勇者の言葉に賢者が声をあげる。
(そうだ! 我々がいる!)
(肉体の器、人の形を失ったとしても、人々の意思は我らの中にある!)
(だから、我らが人を受け継ぐものだ!!)
クリスタルの賢者たちは自分たちこそが人であると宣言する。だが、勇者はその言葉に違和感と疑問を感じる。
「賢者様…」
(なんだ、勇者よ、まだ異議があるとでもいうのか?)
「はい、その通りです… 私には賢者様たちが…人…には…思えません…」
勇者は賢者たちの言葉を否定し、賢者たちが人であることも否定する。
(何を言い出すのだ!!)
(我らが人の姿を捨てた事で、その様な侮辱を申すのか!!)
(勇者と言えど、その発言は許せんっ!!)
賢者たちは勇者の言葉に激高する!
「私は姿、形の事を言っているのではないのです!!」
(では、なんだと言うのだ!)
「魔王と初めて遭遇した後、私には補助機関として賢者様が使っている人格クリスタルの一つが取り付けられました… その中はただの白紙ではなく、過去の…一万二千年前の人々の息づく様子が記録されていました… その記録の中の人々のあり様と、賢者様方のあり様とが余りにも違うのです!!」
勇者は胸元に取り付けられたクリスタルに手を当てる。すると勇者の周りに、一万二千年前に記録された人々の映像が次々と映し出されていく。
「一万二千年前の人々… 魔王や魔族と戦う以外の生き方に、共に語らい、共に喜び、共に悲しみ、時には人同士で争う事もあった。中には、怪我や病気で、身体の一部、またはその全てを肉体から別の物へと置き換える人も確かにいました… しかし、その人たちは人間らしさを失ってはいません。その理由は常に周りの人々や環境と調和し、未来に向けて自らを変えていったからです! 関わる人が代わり、環境が変わっても同じ反応を返すのであれば、それでは機械とかわらないではないですか!」
勇者は賢者たちに自分の思いを熱弁する。
(なにを言い出すかと思えば…)
(我らは、時の流れに魔王への復讐が色褪せぬよう、人の形を捨て去る前にその信念を固定化させたのだ)
(なので魔王への復讐心が変わらぬのは当然の事だ)
賢者たちは勇者の発言をせせら笑うように言い返す。
「なるほど…そのような理由で魔王への復讐心が変わらないのですね… ちなみに、賢者様方の魔王の定義とはなんですか?」
勇者は賢者たちを直視して尋ねる。
(魔王は悪しき存在!)
(人類の敵!)
(いや、この星に住む全ての生命の敵対者であり、星と生命を滅ぼすものだ!!)
賢者たちはそれが自然の摂理の様に言い放つ。その言葉を勇者は瞳を閉じて聞いていた。
「それが… 賢者様方の魔王の定義でよろしいですね?」
(あぁ、これ以上の的確な定義などない)
賢者が言い終わると同時にゆっくりとその瞳を開く。
「私は…魔王と言葉を交わし、その人柄を深く知ることが出来ました… 確かに魔王は一万二千年前に、人族を滅ぼし死の瘴気を生み出した張本人です。だが…彼はその罪の重さを知り、酷く後悔して悔やみ、贖罪の道を探し続けてきました。
初めは、孤独の寂しさや罪の重さに恐怖し許しを求めるのが動機で始めたでしょう…
しかし、一万二千年の間、彼はその罪の重さから逃げ出す事はせず、ずっと保護するために生存者を探し続け、死の瘴気を払う事に心血を注ぎ、この星に新たな命を生み出す為に苦労を重ねて、少しづつ罪を雪いできました。
その一万二千年の年月の積み重ねの結果が、彼の罪を雪ぎ切り、その本質すら変えてしまったのです。
もはや、魔王は悪しき存在ではなく、その精神は善良であり、死の瘴気を打ち払い、生命の誕生を願い、この星の復活を祈り続ける…もう、彼は魔王ではない…
この星にただ一人残された生存者であり住民…この星の未来を祈る唯一の民なのです!!」
勇者が高らかに宣言する声が、部屋に響き木霊する。
「そうだろう? 魔王…」
勇者がチラリと後ろを振り返ると、魔王が姿を現した。
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