第05話 発話

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第05話 発話

 魔王は日課を行うのを止めて、彼女と遭遇した魔王の城の跡地で、彼女が再び現れる事を一日千秋の思いで待ち続けていた。  彼女は生きている!そして再び私に会いにやってくるはずだ!  そんな思いを抱き続けて待ち続けた。  彼女が突然現れるまでの間、一万二千年の年月を過ごしてきた魔王であったが、再び彼女を待つ一分一秒がとても長く感じられる。一万二千年の間に錆びついたように鈍くなっていた時間の感覚が、彼女が現れた事で、一万二千年前の普通の時間間隔に戻りつつあることを魔王は自覚する。 「そう言えば、配下の者に、仕事が早いだの遅いだのぼやいていたな… 時間の事で、自身の心がこんなにも沸き立つことは本当に久しぶりだ… まるで初めての感覚のように思える…」  魔王はそんな独り言を呟きながら、周りの空をキョロキョロと見渡したり、時々、焦れて地面に落書きをしたり、時には適当な岩に腰を降ろして気を落ち着けたりもした。  そして、久々に過ぎた時間を岩に印をつけて数えるという行為を行い、四日ほど過ぎた時に魔王の待望の時が訪れる。 「!!!!」  自身の研ぎ澄ませた感覚や気配探知の魔法に、何者かの気配を感じ取る。  地面に落書きをして気を紛らわせていた魔王は顔を上げ、気配を感じた方角を見る。黄砂が舞い上がり黄色くもやる景色ばかりで、彼女の姿を直接視認することは出来ないが、確かに彼女の気配を感じる!  魔王は望遠魔法を使い目を凝らして、彼女の気配を感じる一点を直視する。  すると、次第に小さな点が見え始める。そしてその点はどんどんこちらに近づいてくる。初めて遭遇した時と同じだ!  そうして、点だった者の詳細な姿が徐々に確認でき始める。桜色の長髪、小柄な体に重装な鎧を纏い…そして… 彼女の両腕が見える!!! 不注意で切り落としてしまった左腕がちゃんと彼女に繋がっているのだ!!! 「繋がっている!! 繋がっているぞ!!! 彼女は無事だったのだ!!」  魔王は自分の事…いや自分の事以上に彼女の腕が繋がっており五体満足である事をよろこんだ。  そんな魔王に彼女は通り過ぎ様に一撃を加えようと大剣を後ろ手に構えて突進してくる。 「おーーーい!! おーーーい!!!」  魔王の方は、そんな彼女に、久しぶりの旧友に会った時の様に声を上げる。  キィィィーーーン!!!!  前回の初めの遭遇と同じように、彼女が通り過ぎ様に魔王に剣戟を加える。 「!!!」  だが、彼女は、少し驚いたように目を丸くする。一撃を加えて通り過ぎたと思っていたのに、魔王が彼女の一撃に合わせて、後ろに飛び退き、大剣を防御魔法でがっちりと押さえて彼女に付いて来ていたのである!! 「よかった! 腕は大丈夫だったのだな!!」  魔王は耳が聞こえなくても読唇術でも分かるように、ゆっくりと大きな口調で彼女に話しかける。  そんな魔王に彼女は腹に蹴りを食らわせて剣を引き抜き、距離を取ろうとする。 「本当に済まなかったな! 君を傷つけるつもりは無かったんだ!!」  しかし、魔王はふわりと彼女の蹴りの勢いを反らせて、再び彼女に接近する。 「!!!」  それを見た彼女は、グンッ!と飛翔する速度を上げて、魔王から再び距離を取ろうとする。 「待ってくれ!! 本当に済まないと思っているんだ!!」  しかし、魔王は余裕で彼女に追従して話しかけてくる。  そんな魔王を見た彼女は、ギュン!と直角に方向転換をして魔王を引きはがそうとする。 「そんな無茶な動きをすれば、傷に障るぞっ!!」  彼女の急な方向転換に、さずかの魔王も一拍遅れて追従する。  追従されているものの、魔王を少し引きはがす事に成功した彼女は、ギュンギュン!と急な直角の方向転換を繰り返す。 「待て待て! そんな急な方向転換は体に障るぞ!!」  そんな彼女に魔王は声をあげる。彼女の咄嗟の機転であったが、魔王も徐々に急な直角の方向転換にも慣れて来て、距離を離すどころか、徐々に距離が縮み始める。  次の瞬間、また彼女が方向転換をするように見せかけて、くるりと身を回転させ、振り向きざまに剣戟を繰り出してくる。  ガッキィィィーーーン!!!!  高い金属音が鳴り響く。 「凄い機動力だな! 追いつくのに必死だったぞ!」  彼女の剣戟を受け止めた魔王が、剣を受け止めたままの姿勢と見つめ合うような距離で、彼女の機動力を褒め称える。  すると、彼女は全力で逃げるのではなく、すっと常人が距離をとるような速度で、ゆっくりと魔王から離れ、ムスッとした表情で、剣で魔王を指し示す。 「真面目に戦え!!! 魔王!!!」  彼女の口から魔王へ初めて言葉が放たれた瞬間であった!!!  その声を聞いた瞬間、魔王はぞわぞわとした感覚の興奮が背筋を駆け上がり、身体全身が感動で満たされていく!!! 「喋ったぁぁぁぁ!!! 君は喋れたのかぁ!!!」  我が子が初めて立ち上がった時の様に、我が子が初めて言葉を口にした時と同じように、ヨロ込みに満ち溢れた。 「魔王! 当たり前だろ! 私を誰だと思っている!! 私は勇者だぞ!!」  勇者と名乗った彼女は、フンっ!と鼻を鳴らしながら胸を張る。 「き、君は… 人族の勇者だったのか… では、改めて自己紹介をしよう… 私は魔族の長… 君たち人族が魔王と呼んでいた存在だ」  魔王は胸に手を添え、恭しく勇者に頭を傾げて自己紹介をする。 「お前が魔王である事は既に知っている!! そんな事よりどうして真面目に戦わないのだ!!」    勇者はそう言って、再び魔王に剣を向ける。 「どうして戦わねばならんだ!! そんな事より話し合おう!! 勇者よ!!」  そんな勇者に魔王は両手を開いて見せる。  だが魔王のそんな姿勢に、くっと眉を顰める。 「私は魔王と話し合う口などもたん!!!」  勇者がそう言い放った時、勇者の頭に直接声が響く。 (勇者よ、ここは一旦引くのだ)  その声を聴いた勇者は今にも魔王に飛び掛かろうとしていた姿勢を取りやめる。 「どうしたのだ? 勇者!! 体調が悪いのか?」  そんな勇者に魔王が心配して声を掛ける。  だが、勇者はくるりと身を翻すと、先程とは比べ程にならない速度で、魔王の前から飛び去った。 (どうして、引かなければならないのですか? 賢者様…) 勇者は飛翔しながら、一旦引くように連絡してきた賢者に尋ねる。 (今はまだ、魔王に勝てるだけの戦闘能力を有していない…だが、経験は溜まった、その経験を使って勇者の戦闘能力を向上する為だ) (…分かりました、賢者様、早急に戻ります)  勇者は唖然とする魔王を置き去りにして帰還したのであった。
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