15人が本棚に入れています
本棚に追加
「……ありがとう」
この女の口からこんな素直なお礼の言葉が出てくるとは異常事態だ。
柳香が柳香で無くなっている。
俺は最近の柳香の状態も考えると心底心配になってきた。
「……なぁ、どうしたんだ?」
「……え?」
柳香はまたぽかんとしていた。
やはり普段の柳香ではない。
「最近俺にも話し掛けないし、忙しそうだし、なんかあったのか?」
ストレートに聞いてみる。
「……あんたみたいな普通のなんの取り柄もない人間には関係の無い話よ」
俺は地味でもお前よりは特別だぞ、と言いたかったのと、イラッとしたのを押さえ込み、さらに問いを続ける。
「こんなこと初めてじゃないか、俺だって心配ぐらいするさ」
ここに恋愛感情だの特別な意味は一切含まない。
「……そっか。……別に大丈夫よ。あんたにどうこうできるとも思ってないし」
そういって柳香は歩きだそうとした。
「なぁ、なんかあったら言って───」
柳香の踏み出した足がかくんと崩れ、そのまま俺の隣で倒れそうになった。俺は反射で体が動いた。
ただ柳香を支えただけなら良かったが、その手はあらぬところにフィットしてしまった。
うーん……魅惑のボリューム……。
「…………」
ほんの一瞬だけ、ブレザーの上からでもわかる柳香の膨らみを堪能したのち、すっと手をどけて、俺は柳香を見つめて無言で立ち尽くしていた。
死ぬ。
ただそれだけを思って。
「……あんたがうまく受けとめないから足ぶつけちゃったじゃない」
嗚呼、何かがおかしくなっている。
これは夢なのだろうか、コイツは柳香じゃないに違いない。
柳香に違いないが柳香じゃない。……わからない。
「悪かった……」
ただそれだけしか言葉にならなかった。
「……歩けない。……保健室まで連れていきなさいよ……」
柳香は苦しそうだった。
俺はそのまま柳香の命令通り、彼女を保健室に連れていき、必要事項を保健室の紙に記入して逃げるように教室に帰った。
柳香はずっと顔を伏せていた。
顔は見ていない。
もしかしたら泣いていたのかもしれない。
その日、結局柳香が教室に戻ってくることはなかった。
途中、担任教師Mr.が柳香の荷物を纏めていたから、早退したのだろう。
最初のコメントを投稿しよう!