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「この足でお母さん迎えに行っちゃお!」
愛華は私の手を引く。
「はいはい、そんな急がなくてもいいから」
小走りに病棟までたどり着いた。
近くで見てみると、やはり精神患者が入院しているというのもあってか、少し不気味に見える。
「いこ!」
「あぁ、うん」
私は病棟を見上げるのをやめ、目の前の入口に愛華と入った。
中は少し廃れていて、それでいてシンプルだった。
受付で母の名前を愛華は訪ねている。
「ありがとうございます」
愛華は受付にそう言って帰ってきた。
「なんて言ってたの?」
「お母さん、今問診中らしいよ
それが終わったら退院だってさ」
愛華は診察室の前にある椅子に座った。
私もその隣に座る。
「……そういえば、お母さんの病名って?」
「あぁ、それね」
私は知らなかったから、愛華に聞こうとした。
「確か……」
愛華はスマホを取り出す。
「あぁ、これ」
愛華はそう言ってスマホをみせた。
検索欄には『躁うつ病』と書いてあった。
「躁うつ病?」
「そう
うつ病より期間が長いし、酷いらしいよ」
愛華はそう言ってスマホを閉じた。
「そうなんだ……」
すると、診察室から母が出てきた。
「ありがとうございました」
母はそう言って医師に一礼すると、こちらを振り向いた。
「愛華……と唯?」
「あ、お母さん……」
覚えられてるかが不安だった。
けど。
「久しぶり、大きくなったね」
その声で全てが終わったような気がして。
「……あれ、お姉ちゃん?
泣いてるの……?」
「えっ?」
頬を触ると、涙が出ていた。
「……っ」
私は泣いた。
初めて、泣いた。
前世のときでも、泣いたことなんてなかったのに。
「ん、ごめんね
ふたりとも
迷惑かけちゃって」
母はそう言って笑う。
「でも……」
母は私達二人を抱きしめて続けた。
「これからはちゃんと、一緒だから」
その言葉に愛華もタガが外れたのか、愛華も泣いていた。
「ふふっ、二人共
大きくなったのに赤ちゃんみたいよ?」
そう言われて少し恥ずかしくなったけど、なんだか嬉しくて。
「これからはママがちゃーんと愛してあげますからねー
よーしよし」
母に頭を撫でられる。
それが幼い頃を思い出して、暖かい気持ちになった。
「……じゃあ、帰ろっか」
母はそう言って、赤い鼻になった私達二人の手を握り、病院の外へ連れ出した。
「こんなに変わったんだね、この街」
母は笑っていた。
「お母さん、出たことないの?」
「軽く軟禁されてたからね」
母は笑って答えた。
「そっか……」
愛華が俯きながらそう言う。
「じゃあ、帰ろうか
道はこっちで合ってるよね?」
母はそう言って指をさす。
「合ってるよー
ここをぐっと進むとねー」
そんな二人の会話に、私は足を止めた。
「……唯?」
「お姉ちゃん?」
二人は私の方へ振り向いた。
「……ごめん、お母さん
会いに行けなくて」
私はそのことをずっと謝りたかった。
「……ふふっ」
俯く私に、母は笑って私の頭を撫でた。
「大丈夫よ
そりゃ会えなくて寂しかったけど、それでも愛華の話で元気なんだなってわかってたから」
「でも……」
「ほら、顔上げて?」
私が顔を上げてみせると、母は笑って私のほっぺをつねる。
「んにゅっ!?」
「ふふっ、変な顔」
しばらく沈黙した後、母は続けた。
「……唯
あなたにはね、そんな罪悪感を持って生きてほしくないの
もっと胸を張って生きてほしい
例えそれが悪いことだったとしても、正しいことをしたんだって思って、突き進んでほしい
これがお母さんからのお願い
聞いてくれる?」
私は笑って答えた。
「……うん!」
「ふふっ、じゃあ帰りましょうか」
私達3人は、手を繋いで歩く。
「今日はカレーにしようかしらね
昔作ってたからみんなも恋しいでしょう?」
「やったぁ!
カレーだぁ~!」
「あんまり食べすぎないでよ? 愛華
太るよ?」
「ふ、太ってませんしー!」
……こんな幸せな時間がずっと続けばいいなって。
そう思ってしまうほどの、幸せだった。
数カ月後。
叔父も退院することになり、それまで私達の世話をしてくれていた方々に感謝として、色々お礼に回っていた。
「もうこんな時間か」
気づくと夕方になっていた。
「まぁでもこれで最後だよ」
「そうだね」
次の家で最後だ。
お礼を渡して、長話に付き合わされて。
いつもの流れだ。
「はい、ありがとうございました
また来ますね」
そうしてその家を離れ、数メートル歩いたときだった。
「……あれ、お母さん!」
愛華の声で目の前を見てみると、母が立っていた。
「家にいたんじゃないの?」
私が聞くと、母は照れながら言った。
「二人がちょっと心配で……
終わったところ?」
「うん、そうだよ」
私達二人は笑ってそう言った。
「じゃあ一緒に帰りましょうか」
「うん!」
「……うん、わかった」
私がそう言うと、母は思い出したように告げた。
「あ、そうだ
卵がもうないんだった」
「卵? なにか作るの?」
「そう、オムライスにしようと思ってたんだけど……ごめん、スーパー寄ってもいい?」
母はそう言って手を合わせてお願いをした。
まるで友達関係みたいだ。
「いいよ、付き合う」
私が言うと、愛華も「私も!」と答えた。
「ありがと、二人共」
そう言って母は私達二人の手を繋ぐと「じゃあ行くぞー!」と元気よく走り出した。
「うわぁ!」
「ちょ、お母さん!」
私達二人の言葉も聞かずに、母は笑っている。
「まぁ、こういうのもありか」
私はそう呟いて、3人で一緒に走った。
翌日。
学校の放課後。
私は愛華を待っていた。
「……あ、きた」
「おまたせ、お姉ちゃん」
外は軽くだが、雨が降っている。
「いや聞いてよー
委員会が遅くてさぁー」
そんな妹の会話に軽く相槌を打ちながら、私達二人は傘を差して帰路につく。
と、ある中学校を横切った。
「……!」
私は立ち止まり、中学校の中へと入っていく。
「ちょ、お姉ちゃん!?」
愛華は急いで私の後を追っている。
「……確かここに……」
屋上から投げたなら、ここらへんに落ちるはずだ。
「……あった」
土埃を払いながら見つけたのは、千代に渡していた石。
「……2つあるってことは、千代もあそこから投げたのか」
「……その石って……」
「うん、私と千代の友情の証……だったやつ」
もう、千代はこの世にいないけれど。
「……ねぇ、今から墓参り行こうよ」
愛華から告げられた一言に私はびっくりした。
「えっ?」
「時間もあるし、大丈夫だよ
お供えしに行こ
……大事な親友だったんでしょ?」
私はしばらく黙り込んだ後、答えた。
「……そうだね」
立ち上がり、そそくさと中学校から出ていく。
そうして私達は千代の墓がある寺へと向かった。
「……ごめんね、千代」
墓の前に石をおき、線香を立てて手を合わせる。
「でも、もう失くさないから」
私はもう一つの石を握りしめた。
「ねぇ、お姉ちゃん」
「ん?」
「それ、キーホルダーにできないかな?
穴とか開けてさ」
愛華がそう言って私の持つ石を指差す。
「キーホルダー……に」
そうだ、これは形見みたいなものだから。
「……やってみる」
「私も手伝うよ!」
そう言って愛華の笑顔に私も笑ってみせた。
数日後。
「唯〜! 遅れるよ〜!」
「はーい!」
私は制服と身だしなみを整え、バックを持って急いで階段を降りる。
バックには友情の証がキーホルダーとして揺れていた。
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