生まれ変わり

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 それから数カ月後。 祖母の墓参りに行くことになった私達は、夏の暑い日差しの中、階段を登っていた。 「あっつい……」 思わず声が出る。 「じゃあ、終わったらコンビニでアイスでも買おうか」 「ほんとに!? やったぁ!」 叔父の言葉に愛華は喜ぶ。 「ありがとうございます」 私はペコリと頭を下げた。 「相変わらず唯ちゃんは礼儀正しいなぁ」 叔父は頭を少しかいたあと、笑った。 そこに。 ピロロロロロ!! 私の携帯に電話がかかってきた。 誰からだろう、バイト先だろうか。 「ごめんなさい、みんな先行ってて」 私は少し階段からズレた場所に移動すると、携帯の画面を開いた。 「……非通知?」 詐欺とかの電話だろうか。 でも、私はまだ未成年だし……。 とりあえず出てみないことにはわからないか。 詐欺だったらすぐ切ればいい話だし。 私は通話ボタンを押した。 「久しぶり、桐花」 電話の向こうから聞こえた声の主は、知っている声だった。 「……えっ……なんで…… 千代……?」 その声は紛れもない私の親友、穂名崎千代の声だった。 「なんで……あの時死んだんじゃ……」 「まぁそうだね 死んだ、なんて報道はされた」 「……まさかあれ……!」 「そう、デマ 全くの偽物 本物の私は生きている」  聞きたいことが山程出てくる。 「じゃあなんであの時テレビであなたが死んだなんて報道がされたの……!」 「それは私のお父さんに頼んだの」 「お父さん……?」 「そう、私の父は刑事 だから死んだことにしてもらったんだー」 「なんでそんなこと……!」 「なんでって……」 千代は少し時間をためて言った。 「君を殺 すために決まってるじゃん」 「……っ!」 「ふふふっ、さぁ 生まれ変わった君はどうやって私に復讐するのかな」 千代の高笑いで私の怒りの沸点が上がっていく。 「……っ……なにを、する気なの」 「なにするんだろうねぇ? あぁ、君のお母さんをこんな状態にしたのはー、誰だと思う?」 「……まさか」 「ふふっ、じゃあ頑張ってね」 電話はそこで切れた。 私は俯きながら二人の元へ帰った。 「お姉ちゃん……?」 「唯ちゃん、どうかしたのかい?」 私は叔父に笑って返した。 「いえ、なんでもないですよ」 引きつった笑いだと思うけど。 そして愛華に小声で囁いた。 「ちょっとこれ終わったら話、いい?」 「え、うん……」 これはもう私だけの問題じゃない。 同じ転生者の愛華にも関わってくることだ。 私はすべてを愛華に話すことにした。 「それ、ほんとなの?」  私は愛華にすべてを話した。 「……うん」 しばらくの沈黙。 私は拳を握りしめた。 「……絶対、復讐してやる」 やり場のない怒りを、私は震えながら口にした。 「そうだね、お姉ちゃん」 愛華はまっすぐ私を見つめた。 「復讐しよう、絶対に」 私達はその日、全ての元凶を倒すことに決めた。 「とりあえずどうするの?」  愛華は私に聞いてきた。 「さっきの電話は非通知でかかってきた どこからかけたのか、特定する」 「そんなことできるの?」 愛華は首を傾げた。 「できるよ、警察ができるんだから人にできないわけ無いでしょ」 私は本気だった。 絶対に、絶対に復讐を……! その気持ちでいっぱいだった。 「……お姉ちゃん」 愛華は私の手を掴んだ。 「復讐したいのはわかるよ でも、少し落ち着いてやったらどう?」 「あっ……」 我を忘れていた。 それを、愛華は気づかせてくれた。 「……ごめん、ありがと」 私はゆっくり立ち上がった。 「少し、頭冷やしてくる」 私は縁側へと向かった。 「……ん、お茶持ってきたよ」  愛華は笑っておぼんにお茶を2つ乗せてきた。 「はい、どーぞ」 私はお茶を受け取る。 「ありがとう」 夕日にお茶を掲げてみる。 お茶はキラキラと光り、氷がカラカラと音を立てる。 「……ぷはぁ! やっぱ縁側で飲むお茶は美味しいなぁー」 愛華は隣でお茶を飲み、くつろいでいた。 私はそんな姿をただ眺める。 「……お姉ちゃん? 飲まないの?」 愛華に言われ、私は我に返った。 「あぁうん、飲むよ」 そう言ってお茶に口をつける。 飲み干したあとに香ばしい香りが口の中に広がる。 「……おいしい? 麦茶にしたんだけど……」 「おいしいよ、ありがとう」 愛華は笑った。 「よかった」 無心で夕日を見上げてみる。 縁側に差す夕日は、木漏れ日もあったせいか、どこか物悲しく見えた。 「……飲み終わった?」 「うん、ありがとね」 そう言って愛華に飲み終わったコップを渡した。 「じゃあ、再開しようか」 私は立ち上がると、背伸びをしてそう言った。 「うん」 愛華はそう言ってはにかんだ。 「まずは特定から どこからあの電話がかかってきたのかわかれば、居場所もわかるかもしれない」  私は持っていた地図を広げた。 中学の時に授業でもらった白地図。 いつか使えると思って取っておいてよかった。 「電話……どこからかかってきたと思う?」 「うーん……引っ越してなければこの辺の近くだと思うけど……」 愛華は私達の住む地域、東京を指さした。 「確かにそうだね でもそれ以外だったら全国ありえるってことか……」 赤いペンで東京を囲んでいると、愛華が私に聞いてきた。 「海外は?」 「海外……」 確かあの電話は「国外通信」とは書いてなかった。 恐らくだが、国内なのは確かだ。 「国外通信じゃなかったからそれは違うと思う」 私は答えた。 「……それで、どうやって特定するの?」 「確か履歴に……」 携帯を操作して電話の画面を開く。 通話履歴に、どこからかかってきたか書いてあった。 「……東京……」 何区なのかは書いてない。 「ここから絞ろう」 私は東京23区を囲むように丸つけた。 「どうやって絞るの?」 「えーっと、警察のやり方が……」 検索して調べてみる。 「NTTに頼むしかない……のか」 私は携帯を机においた。 「……なら自力でやってやる」 私はある場所に丸をつけた。 「私達の住んでる場所は渋谷 近い場所からかかってきたなら、ここを探せばいい」 「近い場所って……根拠はあるの?」 「……あるよ 川辺で前世の話ししてる時、帰りに千代の声を聞いたの」 「えっ……?」 「まだこの街に住んでる可能性はないとは言えない、そうでしょ?」 「……そっか そうだね」 なんだか愛華の表情がおかしい。 「愛華……?」 「ん? どーしたの?」 ……気の所為、だろうか。 「ごめん、なんでもない」 私は地図に向き直った。 「そう、私の居場所を突き止めに来てるんだ」  ブラウスに、ベージュのスカート。 大人びた姿の穂名崎千代が、そこにいた。 「……いつまで続けるの、この関係」 私は会いに来ていた。 姉であり、いじめていた相手、中島桐花の因縁の相手に。 「……いつまで、ねぇ…… そうね、あなたを捨てるときはきっと、あなたの命も桐花の命も消えるときよ」 夕日が、カフェの中を照らす。 「……あなたは私の手の中にある そのことを忘れないことね」 そう言って千代は微笑んだあと、自分の料金を机において去っていった。 「……ごめんね、お姉ちゃん」 姉を欺くのが、最近辛くなってきた。 でも、これはお姉ちゃんのためだから。 「お姉ちゃんが死なないためには、こうするしかないから」 本当は、二人を会わせたくない。 でも、もしも、会ってしまったら。 「……どちらかが死ぬことになる」 烏龍茶が入ったグラスをストローでかき混ぜて飲んでいく。 少しだけ残った烏龍茶は夕日に照らされてキラキラと輝いていた。  カフェからの帰り道、姉から電話がかかってきた。 「どうしたの、お姉ちゃん」 「叔父さんが倒れたの!」 「えっ……?」 「今病院に搬送されてて…… 家から近くの病院、わかるでしょ?」 声からして姉は焦っているのがわかる。 「う、うん!」 「そこまで来て!」 私は駆け足で病院に向かった。 「はぁっはぁっはぁっ……」  どれくらい走っただろう。 息が上がって、思わず膝に手をつく。 「あぁ、愛華」 姉が私を見るなり、立ち上がった。 「叔父さんは……?」 上がった息を整えながら、私は聞いた。 「今、緊急診療室にいる」 私は「そっか……」と言いながら顔を上げた。 「桜嶺さん」 医者が私達の名前を呼ぶ。 緊張しながら、私達二人は診断結果を聞くために部屋に入った。 「脳梗塞ですね」  医師はそう言って脳のレントゲン写真を見せた。 「ここに腫瘍ができてしまってるみたいです」 「……どうにかできないんでしょうか?」 姉は心配げに聞いた。 「そうですね…… やれるところまではやってみましょう」 医師はそう言って私達に向き直った。 「しばらく入院してもらって、手術をすればなんとかなりますが……」 医師は暗い顔をした。 「流石に高校生のあなた方には費用は出せないでしょうし…… ここは援助金として私が出しましょう」 「いいんですか?」 思わず声が出た。 「人を救うのが医師の仕事ですから」 「ありがとうございます!」 私達二人は頭を下げた。  病院から出た後は無言だった。 何も話せる気がしなかった。 夕日が私達二人を照らす。 「……とりあえず、帰ろうか」 姉からの言葉に私はただ「うん」とだけ答えて、その日は帰路についた。  祖母の葬式から一年が経とうとしていた。 一周忌として、墓参りに行くことになった。 「……おばあちゃん、叔父さんは絶対助けるからね」 愛華はそんなことを言って手を合わせていた。 「……あっ」 偶然ばったりと鉢合わせたのは、葬式のときに来ていた男だった。 「……っ!」 「あ、待って!」 男は引き返すように走り出す。 それを私は追いかけ、寺の入口あたりで手を掴んだ。 「……っ、離せ!」 「待ってください!」 私の声で男の動きが止まる。 「……俺にはもう関係ないことなんだ!」 「なんのことですか!」 そこに走ってやってきた愛華が加わる。 「お姉ちゃん、その人知ってるの?」 「……おばあちゃんの葬式にいた人だよ」 愛華は一度驚いたあと「もしかして」と続けた。 「もしかして、私達のお父さん?」 男は驚いたあと「はぁ」とため息をついて答えた。 「……わかった、全部話すよ」 男は私達に向き直り「でも、ここじゃ話せない」と続けた。 「ファミレスに行こう、奢るから」 私達二人は目を合わせてから、男の方を向き「わかりました」と受け答えした。 「俺の名前は雪宮 圭人(ゆきみや けいと) お前らのそう……元父親だ」  考察はやはりあっていた。 「それで……なんで逃げてたんですか?」 私の問に、圭人は「それは……」と答えを困っていたようだった。 しばらく沈黙したあと、圭人は答えた。 「……君たちのお母さん……鈴花に顔向けができなくなったからなんだ」 「どういうことです?」 「1から話すよ」 圭人はコーヒーを少し口にしてから話し始めた。 「あれは今から18年前のことだった 僕らは付き合って2年だった 子供もできたこともわかって喜んでいたんだ だけど、喜びも束の間だった」  大手企業に務めていた圭人はある日、汚職を押し付けられ、上司にクビを宣告された。 それを知られてしまえば、母である鈴花のバイトは増え、嫌われてしまう。 「だから僕は何も言わずに別れだけ告げた」 「引き止められなかったんですか?」 「もちろん、引き止められたよ でも僕は無理矢理にでも離れなきゃいけなかった」 私が「どうして」と聞く前に、圭人は口を開いた。 「脅されてたんだ、ある少女に」 「……ある少女?」 しばらくの沈黙。 私達は息を呑んだ。 「……君たちは、穂名崎千代という少女を知っているか?」 「えっ……?」 私達は顔を見合わせた。 「……彼女に、なにか言われたんですか」 「……知ってるんだね」 圭人はコーヒーを飲み干すと、続けた。 「……彼女に言われたんだ 『桜嶺家に関われば僕を殺 す』ってね」 「えっ、じゃあ……!」 「あはは、そんな顔しないでよ 僕はもうやるべきことを終えたんだから」 圭人は笑っていた。 「……ごめんね」 ここは窓際の席。 窓の奥にはビルの屋上が見える。 「……! あそこから……!」 スナイパーが銃を構えているのが見えた。 「……っ!」 私は圭人を庇うように両手を広げる。 ……が。 パリン! ガラスが割れる音と同時に。 圭人は……父は、頭を撃たれて。 ……死んだ。 なんで、なんで防げなかったんだろう。 思えば、最初から死にに行くためにこの場所を選んだのかもしれない。 「……っ!」 愛華は何も言えず、驚いていた。 ただ、震えて、立ち尽くしていた。 「……っ……くっそ……」 私はやりきれない思いをテーブルに押し付けた。 周りは野次馬のようにガヤガヤと言い始め、私は救急車と警察を携帯で無心になりながら呼んだ。  警察の事情聴取は実に簡単なものだった。 あの時、誰かに撃たれる様子を見たか。 最後彼はなんて言っていたか。 それくらいしか聞かれなかった。 私は撃たれる様子を見ていたが、言わなかった。 刑事にも敵がいることをわかっていたからだ。 『そう、私の父は刑事 だから死んだことにしてもらったんだー』 その言葉が頭によぎったから。 父も、祖母も死んでしまった。 警察署から出るなり、愛華を待ちながら私は小声で拳を握りしめた。 「……絶対許さない」 そう、これは私の復讐劇。 前の人生と、今の人生の、リベンジなのだから。 「さぁ、そろそろフィナーレと行こうか」  ビルの屋上。 そこにいる一人の少女は、両手を上げる。 「3、2、1……」 カウントダウンを始めると、そばにいたスナイパーは向かいにあるファミレスにいた男に銃口を向けた。 「ゼロっ」 バンッ! 大きな音が響き渡る。 向かいのガラスが割れ、ファミレスでは大混乱が起きている。 「……ふふっ ゲームはまだ終わらないからね」 少女はそう呟いた後、屋上の出口へと向かっていった。 「……叔父さんの調子は?」 「大丈夫だったよ ママの様子もみてきたけど、平気そうだった」 「そっか」  結局、私達二人だけになってしまった。 「……ねぇ、お姉ちゃん」 「ん?」 「……ごめんなさい」 「えっ?」 「……実は今まで黙ってたことがあるの」 しばらくの沈黙。 愛華は息を呑んでから続けた。 「……私、実は内通者……してたの」 「えっ?」 「ずっと脅されてやってた でも、もうお姉ちゃんを騙したくないから……!」 私はそれを聞いて周りを警戒しながら、愛華を守るように小声で告げた。 「わかった」 そして続けた。 「居場所わかるんでしょ?」 愛華はコクリと頷いた。 「……連絡、取ってみるから」 愛華は震える手で電話番号を打ち込んだ。 プルルル……プルルル……。 「……あ」 愛華はすぐさまスピーカーにして机に携帯をおいた。 私は息を殺 して彼女たちの会話を聞いていた。 「……何? 君から連絡なんて珍しいじゃん」 何かを楽しむかのような、軽々しい声。 正しく『魔女』のような、そんな千代の声が聞こえた。 「話したいことがある」 愛華の真面目な声に、しばらくの沈黙が続く。 「……わかった 今から送る住所に来て」 そう言って送られてきたのは、とあるビルの屋上。 「……待ってる」 そう言われて通話は切れた。 ついに突き止めた、千代の居場所を……! 「私だけが行くよ」 私はそう言い出した。 「……っ、お姉ちゃん!」 「わかってるよ ……でも、これ以上愛華を危険な目に合わせたくない」 沈黙が続く。 愛華は「はぁ」とため息を付いた後「わかったよ」と告げた。 「ありがとう」 私は愛華にそう言って笑った。  ガチャン。 扉をあける音。 春から夏に変わるぬるい風の中。 長い髪を揺らして、穂名崎千代は振り向いた。 「あぁ、やっぱり」 にんまりと、悪人のような顔をして。 「……君が来ると思ってた 中島桐花……いや、桜嶺唯と呼んだほうがいいかな?」 「どっちでもいいよ そんなことより、もう私の家族に関わるのはやめて」 「どうして?」 「あなたは私の家族を殺 した それは許されないことよ」 私は拳を握りしめる。 すると。 「ふふふふふふふふふっ あは、あはははははははははは!!」 千代は高笑いをし始めた。 そして私を見下ろすような目で見た。 「家族? 家族ねぇ 脅されたくらいで? 仕事をクビになったくらいで? 母親と別れた男を父親って君は呼ぶんだ? あはははははははっ!! まさに滑稽ね!」 ムカついて私は声を荒げる。 「ふざけないで!! 人殺 しのくせに何言ってんのよ!!」 「人殺 し……かぁ まぁ、指示したのは私だから そうなのかもね」 千代は空を仰いだ。 「……何が目的なの? なんでこんなことするの!」 「なんで……? わからないの?」 千代は振り返り、私の胸ぐらを掴んだ。 「私の、私のことを一番に理解してくれるのはあなただと思ってたのに!!」 千代は私の胸ぐらから手を離すと、脱力したように話し始めた。 「……あれは私達がまだ中学生の頃」 「ねぇ、何してるの?」  中学生の頃、机に向かってなにかしている桐花を見つけて、私は質問した。 「ん? 千代ちゃんにプレゼントしようと思って! はい! これ!」 「えっ? 石?」 「うん! でもこれね、ただの石じゃないんだよー」 「どういうこと?」 「これがあれば、いつでも私と一緒って意味を込めて、ハートを絵の具で塗ったんだ! ほら! お揃いだよ!」 赤いハートの片割れが石に絵の具で書いてあった。 「こうやってつなげると……ほら!」 2つの石を重ねて繋げてみると、ハート型になった。 「ハート型だ!」 「これでずっと友達だからね!」 「……! ……うん!」 それから私は、その石を大事に持っていた。 ……けど。 「ねぇ、知ってる? 3組の中島さん、屋上からなんか投げたらしいよ」 「えっ、何投げたの? 怖いんだけど」 「なんか石だってさ 人の頭には当たらなかったみたいだけど」 「こっわー そういう子ってほんとにいるんだねー」 風のうわさで聞いた。 でも、信じたくなくて。 噂でも真相を知りたくて。  放課後。 校庭で探してみると。 「……嘘」 ハートの片割れが描かれた石が、そこには転がっていた。 『ずっと友達だからね』 その言葉がまるで嘘のようで。 騙された。 私はあの女に、騙されたんだ。 「……許さない」 私は石を投げ捨てて決めた。 「絶対復讐してやる」 「これが私の復讐を決めた全て あの時友達は君しかいなかった だから余計に辛かった 見捨てられた、騙されたんだって」  私は数秒沈黙した後、口を開いた。 「……あれはいじめっ子たちに脅されて、捨てろって言われて……」 「言い訳なんか聞きたくない!!」 千代が叫んだときだった。 ガチャン。 扉の音がして、目線を向けると。 「……えっ? なんで……」 愛華がそこにいた。 「……ごめん、お姉ちゃん やっぱり心配で……」 「私一人でいいって言ったじゃん! なんで来て……」 そんなやり取りをしていると、千代は高笑いをまたし始めた。 「……丁度いいや」 千代はナイフを懐から取り出すと、俊敏な動きで愛華を人質に取った。 「……! 愛華!」 「おねえちゃっ……」 「……ふふふっ、ゲームはまだ終わらない いや、終わらせない……!」 人質に取りながら、屋上の端へ端へと後ろ向きで歩いていく。 そして、足場ギリギリで千代は足を止めた。 「……さぁ、私を殺 して妹も殺 すか それとも妹だけ見捨てるか ……選んでご覧?」 銃が私に向かって投げ捨てられる。 私は、震える手でそれを手に取り、銃口を向ける。 ……体の震えが止まらない。 「……っ」 「お姉ちゃん」 愛華は震える声で、それでも力強い声で、私に鼓舞するように言った。 「お姉ちゃん、撃って」 「……っ、でも! でも私は……!!」 「いいの! ……いいんだよ 私は前世のとき、お姉ちゃんを……あなたをいじめてた 憎いでしょう? 嫌だったでしょう? ……だから、ほら 今それを果たすべきなんだよ」 「……っ!」 私はしばらく銃を見つめ、俯いて考えた後、答えを出した。 「……それでも、私は あなたの家族だから」 「……っ、何をする気…!?」 私は千代にフラフラと近づいていく。 「お姉ちゃん……?」 「……ごめんね、愛華」 愛華に向けられていたナイフを振り払い。 私はそのまま、千代を抱きしめて。 屋上から落ちた。 「っ……離せ! 離せばか!」 「離さない! ……これは私が起こした問題だから 私とあなたの問題だから……!」 地面が近づいてくる。 それでも私は千代を抱きしめていた。 「……ははっ」 千代の乾いた笑いと共に、地面に落ちる。 赤色が視界いっぱいに広がった。 「……ねぇ……桐花」 朦朧とする意識の中、千代は私に語りかける。 「……ありが……と」 千代は泣きながら、笑ってそう言った。 あぁ、そっか。 私はきっと、この時のために生まれ変わったんだ。 意識が飛んでいく。 空の彼方へと、飛んでいく。 「……あれ、ここって……」 「あぁ、来たんですね」 「あ、あなたは……!」 そこにいたのは、生まれ変わる前にやり取りをした男だった。 白い空間の中、黒いスーツが目立っている。 「……この空間って……」 「ここはそうですね……意識がなくなった者、死んだ者が一時的に送られる場所です」 私は辺りを見渡した。 「……一時的に?」 「はい、そうですよ 天国に送るか、地獄に送るか はたまた転生させるか それの決定権は私にあるのですよ」 「あなたに?」 「えぇ」 ニコッと男は笑った。 「ということは……あなたは閻魔様みたいなものってこと?」 「簡単に言えばそうですね」 しばらく白い空間を歩き回っていると、男は私に声をかけた。 「さて、そろそろ戻ったほうがいいですよ」 「えっ?」 私が振り返ると、男はもういなかった。 「……あれ、いない……?」 「あなたはまだ、生きているのですから」 耳元で男の声がした後、意識は暗転した。 「……ん……んん……」  目が覚めると、白い天井が目に入った。 「お姉ちゃん!」 私の顔を覗き込む愛華の姿が見えた。 「あれ、私……」 確か、死んだんじゃ……。 「お姉ちゃん、屋上から落ちて意識失ってたんだよ」 「……そっか」 泣きながら「よかった」とだけ呟く愛華に、私は思い出したように言った。 「そういえば千代は……?」 「あぁ 落ちた時、脳の損傷がひどかったらしくて……」 「……そう」 最後、千代に「ありがとう」と言われた。 何に対しての感謝だったのだろう。 ……もしかして。 「……お姉ちゃん?」 「……私、また調べなきゃ」 「なんで? もう終わったんじゃないの?」 「いや、終わってない この"物語(じんせい)"は終わっちゃいない」 私は愛華に向かってそう言った。 「……そっか そう言うなら」 愛華は笑った。 私は一瞬驚いた後「変わったんだね」と呟いた。 「ん? なんか言った?」 「いーや? 何も」 そう言って二人で笑う。 「そういえば、起きたって先生に言わなきゃ」 愛華はナースコールを押した。 「……愛華」 「ん? 何? お姉ちゃん」 「……ううん、なんでもない」 まだこれは、言うべきじゃないかな。 私は笑って愛華に言った。 愛華の手元はずっと、私の手を握っていた。  ナースコールが鳴って、急いだ足で医師と看護師がやってきた。 医師は私がしばらく起きないと診断していたようで、このことを「奇跡だ」と喜んでいた。 「そういえば何日私は寝てたの?」 気になって問いかけてみる。 「5日だよ 先生の話じゃ、もう起きるのは無理かもしれないって話だったけど」 愛華はそう私に答えた。 「とりあえず、明日検査してなんともなかったら、明日退院しましょう」 医師はカルテを書きながらそう言った。 「はい、ありがとうございます」 私は軽く頭を下げ、愛華もそれを見て頭を下げた。  その後、看護師が体温を測ったり、痛いところがないか聞いたりの問診をして、医師と看護師の二人は病室を後にした。 「……よかったね、お姉ちゃん」 「うん」 私は窓の外をちらりと見る。 「……ん? 外?」 「あぁうん、何があるのかなって」 愛華は私の目に見えるように、少しズレた位置に座った。 「見える?」 「うん」 そこにあったのは大きな木。 もう緑に染まってしまった、きれいな新緑が映える木だった。 「あれ、桜の木らしいよ 春には満開の桜が咲くんだって 今はもう夏だから咲かないけど……」 「そっか、ちょっと残念だね」 私がそう言って桜の木から目をそらすと、愛華が声をかけた。 「……まだやること、あるんでしょ?」 私は一瞬驚いたが「うん」と答えた。 「……手伝うよ、最後まで」 「いいの?」 「うん」 開いた窓から夏風が吹く。 「これは、私の"物語(リベンジ)"でもあるから」 愛華は長い髪を揺らして、笑って答えた。 それがとてもきれいに見えて。 数秒、私は見つめてしまった。 「……どうしたの? お姉ちゃん」 愛華は小首をかしげる。 「……ううん、なんでも」 私は笑って目をそらした。 ……まるで映画のワンシーンだった、なんて。 「……言えないや」 小声で呟いた言葉は、夏風にくるまれて消えていった。 「そういえばお姉ちゃん お母さん、退院できるって」  次の日、面会に来た愛華はそう言って笑った。 「確か同じ病院に入院してたよね?」 私が言うと「そう! 精神病棟にね」と愛華は言う。 「そっか……よかった」 私は少し俯いた。 「……お姉ちゃん?」 「ん?」 「なんか、落ち着いてるから もっと喜ぶと思ってたんだけど……」 愛華に言われて、自分が冷静なことに気づいた。 「あぁ、ごめんね 嬉しいのは変わりないんだけど……」 「けど?」 「……あんまり会いに行ってなかったから、私のこと忘れてないかなって」 そういうと愛華は笑った。 「大丈夫! この前会ってきたけど、全然そんなことなかったよ!」 「ほんと?」 「うん!」 私が「よかった……」とだけ呟くと、愛華は笑った。 「退院して、お母さんとまた一緒に暮らそ?」 「うん、そうだね」 私が笑ってみせると、愛華も笑った。 すると、扉が開いた。 「検査の時間ですよ」 看護師はそう言って私を呼んだ。 私はゆっくりと看護師の手を借りながら、ベッドを降りる。 「じゃあまた後でね」 愛華はそう言って、扉から出る私に手を振った。 「奇跡的に無傷ですし、病気も見つかりませんでした 臓器が何処かおかしいというのもありませんでしたし……大丈夫ですね」  医師からそう告げられて、私達は顔を見合わせ、笑った。 「よかったね、お姉ちゃん」 「うん、ほんとに」 愛華の手は、優しく、それでいて安心したように、私の手を握っていた。 「……お世話になりました」 病院の外に出るなり、私達姉妹は医師と看護師二人にそう言ってお辞儀をした。 「お大事になさってくださいね」 看護師はそう言って笑った。
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