お茶はいかがですか

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 桜は散った。  わたしも散った。  こんなはずじゃなかったのに――。  友だちに誘われて行った京都市内にあるD大学のオープンキャンパス。  隣県に住んでいたわたしからすると、ちょっとした遠出だ。  D大学の今出川キャンパスは、南に京都御所、北に相国寺に挟まれていた。  烏丸通りから、構内に一歩足を踏み入れると、世界は一変した。  赤レンガ造りの建物がずらりと建ち並び、一体どこにタイムスリップ、いや、テレポーテーションしたのかと心が躍った。  この大学に入りたい。直感だった。  そのためには、相当な努力が必要だった。  わたしは自分でも、勘が鈍くて、要領が悪いなと思う。だからなのか、勉強は得意じゃなかった。  でも、頑張れた。  あの素敵なキャンパスで、自分が大学生活を送る姿を想像すると、なぜだか心が沸き立つのだ。  でも、すべては妄想にすぎなかった。  猛勉強の努力が報われたときは嬉しかった。  でもそこがピークだったように思う。  理想と現実は違うのだ。  洒落た赤レンガ建築の世界に居ても、わたしはわたしだった。  人見知り、なかなか輪の中に溶け込めない、引っ込み思案なわたしはそのままだ。  地元の大学に行っておけば、数少ない高校の友だちと一緒に過ごせたのに、ほんとうに馬鹿だ。  なるべく人目につかない外のベンチに空きを見つけて腰掛ける。  よかった、空いていて。通路際に並んだベンチしか空いてなかったら、またトイレの個室にこもって過ごすところだった。  はあ、と誰の耳にも届かないため息をつく。  4月も終わりを迎えるというのに、今日は肌寒い。  そして、わたしはひとりぼっち。  わたしには、お昼ご飯を一緒に食べる友だちがいない。    大学は自由だ。  だからこそ、自分で行動しないと、存在しない人になる。  わたしはこの世界で透明人間だった。  みんな、わたしがいないかのように振る舞う。  二限の授業が終わると、示し合わせたように、ふたりとか三人組になって教室を出て行く。  長い昼休みの時間がこの上なくつらかった。  京都の中心地にある構内は、郊外の広々としたキャンパスとは少し趣が違う。  広大な芝はないけれど、たくさんの樹木が植わっているから緑は豊かだ。  おそらく桜が咲いていたと思しき木には、青々とした新芽が風に吹かれてそよそ揺れている。  昼食はもっぱらコンビニで調達していた。  食堂にひとりで入れるほど、わたしは肝が据わっていない。  毎日のことなのに、ひとりが慣れない。  大学に来ると、胃がきゅうっと絞られている心地になる。    食欲はないけれど、なにか食べておかないと、夕方の授業中にお腹がなってしまう。  薄情なお腹だ。  今日の昼食は学内のコンビニで買ったたまごサンドと温かい緑茶。  寒さからか緊張感からか、冷えた指先を熱いくらいのペットボトルが温めてくれる。  なるべく周りは見ないようにしている。  サンドイッチだけを見ながら、小さく開いた口に運ぶ。  ふと、隣に気配を感じた。  見ると、銀髪の綺麗な顔をした男子学生が、お尻一個分ほど間隔をあけて座っていた。  すっとしたフェイスラインに、切れ長の目が美しく、一瞬見惚れてしまった。  さっと顔をサンドイッチに戻し、状況を確認する。  隣のベンチは空いている。  それなのに、なぜ、あえてわたしの居るベンチに座るのだろう。 「お茶……ですか」  彼の声だと気づくのに、数秒かかった。  隣を見ると、彼はわたしの膝にあるペットボトルのお茶を見ている。 「……はい」  一日、誰とも話さなかったからか、出てきた声は小さくて少しかすれていた。 「ほう……」  やたら興味深そうにお茶を凝視してくる。  大手メーカーが出している普通のお茶なのに何がおもしろいのか、変わった人だ。  そういえば、よく見ると袈裟のような和風な服を身につけている。  そして、なによりおかしいのは箒を手にしていることだ。  昔ながらの、あの箒だ。  学生ではなく、清掃の人かとも思ったが、構内の清掃業の人たちはおそろいのユニフォームを身につけている。こんな袈裟のようなものではない。  やっぱり、ちょっと目立ちたがりの学生なのだろうか。  綺麗な顔立ちに緊張していたが、風変わりな人と分かると、不思議と気がゆるんだ。  彼は、顔を正面に戻して、物珍しそうにゆっくりと辺りを見渡しはじめた。 「おかしなところですね、ここは」  独り言のようにつぶやくと、彼はまた口を閉じてしまった。  分からない。わたしに何を求めているのか。    なんと返事をしてよいか考えあぐねたが、時間ばかりがすぎていった。          
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