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雨音を聞きながら
本日の迷宮探索をパスした世良は仮病だった。欠席理由は単純に「水島と会いたくない」、それだけであった。
こういう部分が子供じみているんだよな、と世良は自らを軽蔑した。
いつまでも逃げ回っている訳にはいかない。水島と一度きちんと話し合わなければならないのに。
(だけど……もし私と付き合ったのは、ただの遊びだったんだよとコハルさんの口から言われたら……私……)
熱い眼差しと優しい態度。護ってくれた勇敢さ。それらを無かったことにはしたくない。まだ世良は水島が好きだった。
しかし杏奈の弁を信じるのなら、水島はとても不誠実な男となる。潔癖な性格の持ち主である世良が、彼とこの先も交際を続けていくことは困難に思われた。
「あれ、雨?」
隣のベッドで洗濯物を畳んでいた小鳥が窓の外を見て発言した。小鳥は立ち上がり、ガラス戸を半分開けて網戸にしていた窓の向こうを覗き込んだ。
「やっぱりだ。お姉様、雨が降ってきましたよ」
空には暗い雨雲が広がっていた。ポツポツだった雨はやがてザーッと本降りとなった。梅雨の始まりである。
雨が入らないように窓を閉めた小鳥が世良を振り返った。
「これで更に湿度が上がって蒸し暑くなりますね。風を入れられないし。もう24時間エアコン点けっ放しになるのかなぁ」
「そうだね……」
小鳥は昨日、世良から杏奈と水島について聞いていた。子供のように泣いて苦しみを訴える世良に驚愕した。
(水島さん、やっぱりだあの人! お姉様に相応しくない相手だと思ったよ!!)
世良を傷付けた水島を心底憎いと思った。いい加減で下品な男だが、世良を愛する気持ちには偽りが無いと思っていたのに。だから嫌々だが小鳥は水島を認めて身を引いたのだ。
それが、たった一日で状況がひっくり返ってしまっただなんて。
(何て女にだらしのない男! 田町先輩もどうせならもっと早く打ち明けて欲しかったよ。悪いのは水島さんだけど)
大いに憤った小鳥だったが、出来る限り普段通りに世良と接するよう心掛けた。世良が水島の悪口を言わなかったからである。
(優しいお姉様……。裏切られても水島さんのことを嫌いになり切れないんだね。本当はあの人と別れて欲しい。別れるべきだと思う。でもそんなこと私が言ったら、余計にお姉様は悲しむよね…………?)
自分のベッドへ戻って小鳥は衣料品の整理整頓を再開した。世良は小鳥のルームメイトだった、亡くなった一年生のベッドを使わせてもらっている。
「……ありがとうねコトリちゃん」
世良が向かいの小鳥へ礼を述べた。
「急に部屋へ押し掛けた私を、受け入れてくれて……」
思えば昨日、動揺していた世良は小鳥に礼らしい礼を言えていなかった。小鳥は笑顔で応えた。
「当然ですよ。私だってしばらくの間、お姉様達の部屋にお邪魔していたでしょう? お返しなんですから気にしないで下さい」
世良は苦笑した。
「ごめんね。後輩に気を遣わせる情けない先輩で」
「つらい時に先輩も後輩も無いと思います。いいんですよ、愚痴を言ったりダラダラして過ごしても」
「ダラダラか……」
小鳥と話している今この瞬間も、世良はベッドの上でストレッチをしていた。現役アスリートである彼女はダラダラ過ごすことに慣れていなかった。
「私、コハルさんと話さないと」
世良は自分がやるべきことを挙げた。しかし小鳥にやんわりと指摘された。
「……それ、できそうですか?」
「………………」
世良は俯いた。
「無理、かも。今はコハルさんと冷静に話せる自信が無いや」
同じ被害者の杏奈とすら喧嘩別れしてしまっている。
「だったら無理しちゃ駄目です。できるようになるまでゆっくりしましょうよ」
「でも迷宮へ行ったみんなは命懸けで戦っているのに、何もしないで私、ゆっくりしていていいのかな?」
「いいんですよ」
小鳥は逸る世良をじっと見て言った。
「迷宮探索に立候補する生徒は何人も居ます。しばらくは彼女達に権利を譲りましょう」
「そう……だけど」
「お姉様は、ダラダラすることを悪だと思っていませんか?」
世良は少し考えてから、こくんと頷いた。陸上の有力選手となってから忙しくなり、スポーツと学業を両立させる為に時間を有意義に使わねばならなかった。
「ダラダラと言っても、無駄な時間じゃないですからね? 充電期間ですから」
「充電……?」
「はい。お姉様は電池切れの状態なんです。ちゃんと充電しておかないと、大切な場面で行動不能になっちゃいますよ?」
小鳥のこの例えは解りやすかった。そうか、今の自分は電池の切れ掛かった携帯電話のようなものか。それじゃあ碌なパフォーマンスはできないなと世良は納得した。
「しっかり動く為に、今はダラダラするんだね?」
「その通りです」
世良は笑った。
「うん。コトリちゃんの言う通りにする。でも私、漫画読むくらいしか空き時間の使い方を知らないんだよね。他にオススメのダラけ方法って有る?」
久し振りの世良の笑顔を見て小鳥も嬉しくなった。
「任せて下さい! 女子サッカー部を引退してから特に何もしてこなかった私が、ダラけの極意をしっかりコーチングしますから! まず二度寝って至福ですよ。昼寝とかバンバンしちゃいましょう。それからゲームなんかもいいですね。同室のコが携帯ゲーム機持ってたんで借りちゃいましょう。パズルゲーに音ゲー、あと乙女ゲーも有ったはずです。あとは……」
張り切って早口になる小鳥。世良はそんな後輩を見て自然と顔がほころんだ。
窓の外の雨音を聞きながら。
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