6月23日の迷宮

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「! 効かない、効いていません!!」  轟音に負けないように笹川が叫んだ。家臣だったゲル状の物体は銃弾をものともせず、ゆっくりとこちらへ近付いてくる。  水島が苦笑した。 「スライムかよ。RPG系ゲームの定番だけど、どうやって倒すんだっけ……?」 「思い出せ水島!」 「ええええ!? ゲームの話ですよ?」  家臣……スライムが移動した箇所の敷布と床板が変色して、気泡のような穴が開いている。粘液で溶かされてしまったのか?  積極的に前進していた皆は今度はジリジリと後退させられた。 「ゲームだろうが何だろうが思い出せ! 倒すヒントになるかもしれねぇ!」  藤宮から理不尽な要求をされた水島は、肩を(すく)めてハンドガンをホルダーへ仕舞った。効かないなら撃っても弾の無駄遣いになるだけだ。 「国民的RPGに登場するスライムは超ザコ敵で、で殴打するだけでも倒せるんだけどなぁ……」  スライムが腕を上げるように身体(?)の一部を持ち上げて、ビュッと振った。分離したドロドロの一部が詩音の肩を(かす)めて柱に当たった。 「ひっ!」  ドロドロが張り付いた部分の柱がジュウゥゥと溶けていく。  詩音のTシャツからも煙が上がったので、藤宮が力任せに肩部分から袖までを引き千切った。肌は少しピンク色になっただけで済んだ。 「奴らには絶対に素手で触るな! 水島、急いで結論を出せ!!」  後退を続けてもうすぐ廊下だ。このままではすごすごと逃げ帰ることになる。 「ええ~……?」 「俺がやったゲームでは、スライムは魔法しか効かなかった!」  例を挙げたのは笹川だった。水島も同意した。 「ああ、そんなパターンも有ったっスね。ファイアかアイス。魔法やアイテムを使ったんだった! ……危ね!」  スライムがまた腕を振って、水島の頭の近く、斜め上にドロドロが飛んだ。当たった天井から煙が立った。 「火なら有るぞ!!」  藤宮がライターを取り出した。彼に喫煙習慣は無いが、いざという時の火種としてライターを常に持ち歩いているのだ。 「おっしゃあ!」  水島が紐で背中に(くく)り付けていた槍を取り出した。そして乱暴に敷布の先を切り取り、槍の刃にグルグル巻き付けた。 「隊長、ここに火ぃ点けて! 早く!」  スライム達が身体の一部を飛ばしながら確実に距離を詰めてきている。  藤宮は巻かれた敷布に火を点けた。乾燥していたようで、思いのほか強い炎が上がり槍の先を包んだ。  水島がその即席たいまつを、接近していたスライムの一体へ近付けた。 『ギッ!?』  スライムが逃げようと進路を変えた。 「やっぱり火が弱点かよ! はっは────!!」  殺戮衝動が強い水島は、嬉々として炎の槍をスライムへ突き刺した。  スライムの体液には油成分が含まれていたようで、ボンッと一気に身体全体が炎に巻かれた。 「うおっ」  想像以上の炎の大きさに身の危険を感じて、水島は後ろ飛びしてその場を逃れた。他の者達も廊下まで出た。 『ギュオォォォォ!!!!』  火だるまになったスライムが苦しそうに絶叫して暴れた。  火事になるのではと皆は心配したが、幸いなことにスライムが霧散すると同時に炎の大半も消滅した。残ったチョロ火は警備隊員達が丈夫なブーツで踏み付けて消した。 「いいぞ、()れる!」  水島は二体目のスライムに走り寄り、炎が付加された槍をまたもや突き刺した。 『ヒギャアァァァァ!!!!』  家臣だったモノは全身を焼かれる痛みと熱さに悶えた。  残り三体のスライムが、水島へ向けて身体のドロドロを飛ばして抵抗した。当たると溶けてしまうので、水島は()けることに専念せざるを得なくなった。  槍の先の敷布も燃え尽きてしまい火が消えた。 「ちっくしょ……」  水島を始末しようとにじり寄るスライム達。その背後に迫る人影が有った。 「はぁっ!」  雫であった。彼女は薙刀を水島同様、炎の武器に改造していた。 『ガアァァァァッ!!!!』  薙ぎ払いでスライムの一体を仕留めた雫。続いて四体目へ向かった彼女であるが────、  ガコン。  雫の足元の床が突然開いた。 「!?」  薙刀と共に落下し、雫の姿が大広間から失われた。落とし穴が仕掛けられていたのだ。 「シズクさん!」 「待て多岐川、武器が無いのに突っ込むな!」 「ですが……!」  廊下をグルッと回って水島が戻ってきた。 「隊長、もう一回火を点けて!」 「私の槍にも!」  水島が新たに敷布を槍に巻き、小鳥も(なら)った。  点火されたそれぞれの槍を持ち、水島と小鳥は雫が落ちた穴を迂回して残り二体のスライムへ突進した。  優れた動体視力で攻撃をかわし、二人はスライムの身体奥へ深々と炎の切っ先を沈めた。  バゴン!  小爆発並みの火の手が上がり、驚いた小鳥が横へ転んだ。そして────、 「きゃあ!!」  小鳥が新たに開いた床の穴に吸い込まれた。 「ピヨピヨ!」  水島が手を伸ばして小鳥の腕を掴むものの、彼も崩れた体勢だった。片手だけでは少女の体重を支え切れず、小鳥と一緒に穴の中へ落ちていった。 『グゴオォォォ!!!!』 「コハルさん、コトリちゃん!」 『ギイィィアァァ!!!!』  世良の声は家臣の断末魔によってかき消された。 「……っ!」 「シズクさん!」  飛び出そうとした世良と多岐川を詩音と藤宮が止めた。 「駄目だよ! 敵は居なくなったけど、まだ見えていない落とし穴が在るかもしれない!」 「生徒会長の言う通りだ。慎重に床を探りながら進むんだ」  シオンが自分の薙刀の()で床を叩いた。藤宮と笹川も脚を伸ばして、軽く足先でトントンと床を叩いて反響音を調べた。  世良と多岐川も(はや)る気持ちを抑えて、皆と同じようにした。 「あ、ここヤベェな」 「こっちもです」  藤宮と笹川が片足で強く床を蹴った。二つの穴が追加された。  ソロソロと進み、(ようや)く五人は三人が落ちた穴付近へ到着した。 「シズクさん!」 「コハルさーん! コトリちゃーん!」  暗い穴の中へ呼び掛けた。すると眩しい光が一瞬こちらに向けられた。 「大丈夫、そんなに高さが無かったのでみんな生きてます!」  水島の元気な声が返ってきた。光は彼が所持する小型懐中電灯だ。姿も視認できた。落ちた三人がこちらへ向かって手を振っている。  穴の上に居る五人はひとまず安堵したのであった。
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