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「ピヨピヨが落ちる時に自分の槍で少し脚を傷付けたけど、歩けない程の怪我じゃないです!」
「ええっ、コトリちゃん!?」
「私は軽傷ですから! お姉様、心配しないで下さい!」
どうやら三人が落ちた先は地下五階の何処からしい。
「おい水島、近くに上り階段は在るか?」
藤宮の問い掛けに応じて懐中電灯の光が四方を照らした。少し間を開けてから雫が答えた。
「階段は見当たりません。通路が続いているので先には進めそうですが……」
多岐川が眉間に縦皺を作った。
「そんな。まだ地下五階の地図が無いのに、たった三人で挑むなんて無謀ですよ」
藤宮は笹川の背負うリュックサックに目を留めた。
「なぁ笹川、トレジャーハンティングに来たおまえ達ならロープを支給されたんじゃないか?」
「はい。ですが黒田さんと相馬さんの荷物が回収できなかったので、俺が所持する五メートルのものが一本だけです。部屋の隅の柱に結び付けるとして、穴の下の彼らの元までは届かないでしょう」
落とし穴は大広間の中央に集中して仕掛けられていた。
柱を使わずに三人の警備隊員達がロープを持って支える場合も、引きずり込まれないように穴の群れから多少離れた所で踏ん張ることが好ましい。やはり長さが足りない。
「寮にはロープが無いのか? そいつと連結すれば」
詩音が口を挟んだ。
「寮に在った唯一のロープは、ガラスが割れた窓をドアで塞ぐ為に使用中です」
「……あれか。外すのに時間がかかりそうだし、耐久性があまり無さそうだったな。人間を引っ張り上げる程の強度が有るかどうか……」
生徒の脱出に使えそうな物は、寮母の下田が予め処分していた。
世良が穴の中を覗きながら不安を口にした。
「藤宮隊長、コハルさんは大丈夫でしょうが、訓練を受けていない女子高生がロープを登ってこられるでしょうか? 特にコトリちゃんは脚を怪我しているので、使えるのは腕の力のみになってしまいます」
「あ~……それもそうだな。仕方がねぇ、学院警備室に連絡して縄梯子を用意してもらうか」
「隊長、それでは時間がかかります」
すかさず多岐川が苦言を呈した。彼も視線は穴の中に定めたままだ。
「強敵がひしめいているという地下五階に、何時間も彼らだけを放置できません」
「おい多岐川、妙なことを考えるなよ?」
思い詰めた表情をしている多岐川を藤宮は危うく思った。
「……隊長、申し訳ありません」
それだけ言うと多岐川は、開いた穴の中へヒュッと飛び降りたのだった。周囲の者が止める間も無かった。
「おおい!!」
「きゃあ!」
「多岐川さん!」
「マコト!?」
穴の上と下とで悲鳴が上がった。
「多岐川!」
「……大丈夫です。勝手な行動を取ってすみません。私は彼らと行動を共にします」
穴の下から多岐川が手を振った。無事に着地は出来たようだが……。
藤宮が拳を床に叩き付けた。
「この馬鹿野郎が!! 高月、おまえは絶対に真似をするなよ! 出口が在るかどうか判らん空間に、自ら飛び込むのは自殺行為と同じだ!!」
「は……はい」
世良もチラリと多岐川の後に続こうと考えたのだが、藤宮の怒気を孕んだ眼差しを向けられて考えを改めた。
笹川が静かに世良へ言った。
「藤宮さんが正しいよ。避難経路の確保は基本中の基本なんだ。……でも多岐川さんが、あんな大胆な行動に出る人とは思わなかった」
それは雫に恋をしたからなのだろう。藤原は多岐川をあの時、雫の部屋に行かせたことを激しく後悔した。
「隊長~、敵地でじっとしている訳にはいかないので、僕らは通路を進んで上り階段を探します!」
水島の声が響いた。藤宮は奥歯を嚙み合わせたが反対できなかった。水島の言う通りここは敵地なのだ。食糧も弾薬も補充不可能。それらが尽きる前に地上を目指すしかない。
「……くれぐれも慎重にな!」
それしか藤宮は言えなかった。
「はい! そちらも気をつけて!」
下の彼らはもう一度上へ手を振り、それから歩き去って穴が作る窓から姿を消した。
「みんな……」
潤んだ瞳の世良の背を、詩音がポンポンと優しく叩いた。
「大丈夫、きっと大丈夫。ホラ、私だって地下五階から帰ってきたんだよ? 今回は頼もしい多岐川さんと水島さんが付いているんだから、シズク様も椎名さんも絶対に無事だよ!」
詩音に慰められて世良は思った。この人は本当に強くなったんだなと。
「……はい、そう信じます。ありがとうございます桜木先輩」
世良は詩音へ微笑んでから、藤宮へ視線を移した。
「隊長、はぐれたみんなの為に私が出来ることは有りますか?」
「………………」
思案する藤宮に代わって笹川が発言した。
「あの回転扉の隠し階段を使って、俺達も地下五階へ行こう。たとえ合流できなくても、化け物の数を減らしておけば多岐川さん達が楽に進めることになる」
「ああ、そうですね!」
世良が顔を輝かせたが、藤宮は渋い表情だった。
「笹川、おまえは大丈夫なのか……? 生徒会長も」
隠し階段の先は黒田と相馬が惨殺された場所だ。詩音は身を汚された場所。二人にとってのトラウマだろうと藤宮は案じたのだ。
「大丈夫、行けます」
「私も」
笹川と詩音は躊躇いなく答えた。
「俺は化け物の親玉を倒して二人の仇を取りたい。その為にこの隊に参加したんです」
「私も……呪いを解く為なら、どんな目に遭おうと諦めません」
藤宮は長い溜め息を吐いた。
「解ったよ。こうなりゃ俺もトコトンまでこの狂気の世界に付き合おう」
そして笑った。
「ただし命が最優先だ。笹川、弾薬の残りをチェックしろ。弾切れを起こす前に地下五階から撤退する、いいな?」
「はい!」
四人と四人に分かれてしまった彼ら。
この組み分けが大きな運命の分かれ道にもなってしまうとは、この時はまだ誰も気づいていなかった。
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