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6月3日 雫姫生誕祭(プロローグ)
審判役のバスケ部員が笛を咥えた。残り時間が僅かだ。高月世良は相棒の田町杏奈ヘ一旦パス、ワンツーリターンで戻ってきたボールと共に45度の角度からカットインを決め、本日最後のシュートをネットに沈めた。
ピリリリリ!
試合終了のホイッスルと共に黄色い歓声が上がる。
「セラ様ー!」
「バスケの部、優勝おめでとうございます!!」
世良へ熱視線を送る下級生達を眺めながら、杏奈は上がった息を整えた。
「はは、もはやアレ、球技大会の風物詩になっちゃったね。いよいよモテモテじゃんセラ」
「女子にモテてどうすんのよ……」
世良は溜め息こそ吐いたものの、呼吸はさほど乱れていなかった。
球技大会で2クォーターしか無かったが(実際の試合は4クォーター)、それでも二十分間フルで走り回って一人で二十六点も上げて息を切らせないとは。コイツはつくづく化け物だと杏奈は思った。
「キャー今、セラお姉様と目が合ったー!!」
甲高い声で騒ぐ一年生達から世良は面倒臭そうに顔を背けた。
「お姉様て……。だから女子高は嫌なんだよ」
「じゃあなんでこの学校に入ったのさ?」
「前に言ったじゃん。スポーツ特待生で奨学金が出るから。私は貧乏なんよ」
貧乏どころではなく、世良には親が居なかった。暗い話になるので友人達には詳しく話していないが、物心がつく前に両親は交通事故で亡くなったそうだ。親戚が引き取りを拒否したので彼女は施設で育ち、本来なら中学卒業と共に社会へ出なければならなかった。
しかし陸上の走り幅跳びで全国一位、100メートル走でも全国四位という優れたスプリンターである世良はここ、私立桜妃女学院にスカウトされた。他にも何校かに声を掛けてもらえたが、授業料免除だけではなく生活費まで面倒を見てくれるという破格の待遇を提示されて、世良は桜妃への入学を決めたのだった。
「ま、仕方が無いやね。この学校ときたら森に囲まれて周囲に何も無いし、試合やコンクールに出場する以外は、長期休暇に入らないと外出もできないんだもん。そりゃ身近な美少年に目が行きますわ」
「美少、女」
世良に訂正された杏奈は乾いた笑みを浮かべた。短髪で背が高く涼しげな瞳、筋肉量が多いせいで胸を含めた脂肪が少ない世良は美少年にしか見えなかった。
傍に居て世良がサバサバを通り超したガサツな性格だと知っているから惚れはしないが、下級生達が憧れる気持ちは杏奈にも解った。
「見た目は王子様だもんね。見た目だけは……」
「何か言った?」
「いーえー」
「ちょっと二年生、試合終わったらさっさと下がりなさいな。邪魔よ!」
世良と杏奈は背後から怒鳴られた。そうだ。バスケの次はバレーの決勝戦が行われるのだった。一学年二クラスの小規模校である桜紀女学院の体育館は、コート2面分の広さしか無い。世良達がバスケの試合をしていた隣のコートには既にバレーのネットが張られていて、今度はこちら側が応援席となるのだ。
「ちょっと活躍したからって調子に乗ってんの? 球技大会レベルで馬鹿みたい」
ツインテールに髪を結い腕組みをした少女が世良を睨みつけた。三年生の桐生茜だ。左右に取り巻きの生徒を連れている。
「さっさとアカネさんに場所を譲りなさいよ」
「気が利かないのね」
「すみません、すぐにどきます」
世良と杏奈は、他のチームメイトと一緒に体育館の壁際まで移動した。
「……桐生先輩って、いっつも偉そうだよね。それにセラは全国区だっつーの」
杏奈は怒鳴って来た相手を遠目で見ながら小声で言った。
「お父さんが学院の理事の一人なんだもん。そりゃ態度デカくなるよ」
「でも桜木先輩は優しいじゃん。桜木先輩はお母さんが理事なんでしょ?」
言われて世良は対象の少女を目で捜した。体育館には大勢の生徒が集まっていたが、比較的近い右手の壁際に桜木詩音がもたれ掛かってる姿を見つけた。
三年生で親が理事。茜と詩音は同じ境遇だが性格が180度違った。
「そうだね、桜木先輩は人に突っ掛かったりはしないね。いつも大人しくて具合悪いんじゃないかって心配になるけど」
儚い美少女、それが詩音に対して抱いている世良のイメージだった。
「具合悪いって、おしとやかなだけでしょ?」
「いやでも、小柄だし手足細いしちゃんと食べてるのかなって」
「セラあのね、アンタが大き過ぎるの」
「私は普通だよ」
「女子の平均身長は173も無いから。……うわ!」
桜木詩音が世良と杏奈の方へ真っ直ぐ歩いてきた。彼女を見ながら話していたのを気づかれた模様だ。
「こんにちは。私に何かご用?」
詩音は柔らかい笑みを浮かべて二人に尋ねた。
「あっ、すみません、何でも無いんです!」
杏奈は慌てて否定したが、世良が余計なことを言った。
「先輩が元気無いって心配してたんです。朝ご飯ちゃんと食べましたか?」
「えっ……」
馬鹿。安奈は届くのであれば世良の頭にゲンコツを見舞いたいところだった。
「あ、ええと、心配してくれてありがとう……。でも大丈夫だから」
「そうですか? あ、もしかして生理痛が酷いとかだったら保険室で薬貰います?」
「………………」
詩音の表情が引き攣った。これだからデリカシーの無い奴は……、杏奈が頭を抱えそうになった時、地面が大きく揺れた。
「えっ?」
「キャアッ!」
体育館のあちこちで悲鳴が上がった。地震だ。
「みんな、身体を低くして!」
教師の誰かが叫んだ。世良は咄嗟に詩音を抱き寄せてから一緒にしゃがんだ。
「……………………」
徐々に揺れが弱くなっていき数十秒が経過した頃、大地の振動は完全に止まった。
安堵の表情で生徒達は互いの無事を喜び合った。震度5は有ったのではないだろうか。久し振りに体感した大きな揺れに恐怖して、一年生の中には泣き出す生徒も居た。
「あ、あの、高月さん……」
世良の腕の中で詩音がモゾモゾ動いた。腕を広げて解放すると、詩音は赤い顔で世良に礼を言った。
「護ってくれて………ありがとう」
「いや先輩、小さくて子供みたいだから、つい」
大馬鹿。杏奈は今度こそ頭を抱えた。
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