翼をもがれた鳥

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翼をもがれた鳥

 自身の装備品である槍の、()の部分を杖代わりにして小鳥は歩いた。槍が有って良かったと思いかけたが、そもそもこの槍で怪我をしてしまったのだった。  ほのかに発光する木製の板が敷かれた床。この通路も屋敷の廊下なのだろうか? 「水島、少し歩く速度を落とせ。椎名さんが負傷しているんだぞ」  先頭の水島は脚が長くて一歩の間隔が広い。それで自然と歩行スピードが早くなってしまう。最後尾から指摘した親切な多岐川へ、小鳥は明るい声で礼を言った。 「お気遣いありがとうございます。でも私なら大丈夫ですよ!」 「そうですか? 無理をしているのではないですか?」 「……だな。悪かったよピヨピヨ。ちょいスピード落とすわ」  意外にも素直に水島が(こた)えてくれた。宣言した通りゆっくり目に歩くようになった彼。 (てっきり私を責めてグチグチ言うかと思ったのに……)  小鳥は拍子抜けした。足手まといになりたくなくて強がっているが、実は彼女の脚には動かす度に鋭い痛みが走っていた。なので遅く歩いてくれることは正直ありがたい。 「あ、ありがとうございます。水島さんも……」  嫌いな相手だが自分に合わせてくれた水島へ、小鳥は礼儀として感謝の意を伝えた。水島の返事は「おう」のみだったが。 (お姉様の影響を受けて水島さん、少しは優しさを覚えたのかな?)  人懐っこい態度は表面だけで、内面は排他主義で自分の()だけを通そうとする水島。小鳥は彼の本質を見抜いていた。だからこそ世良との交際を大反対したのだ。多少は嫉妬心も入っていたが……。  だけれども、困った男だと知りつつも世良は水島を恋人として選んでしまった。水島もまた、世良にだけは心を許しているように見える。  それならば水島に変わってもらうしかない。  ほんの身近な相手だけでいい、他人を信じて意見を尊重する、その気持ちが彼の中に芽生えてくれたら良いのに。そうなれば世良が傷付いて泣くことが減ると小鳥は思った。 「部屋が在るな……」  四名が歩く長い廊下に面して、地下四階の大広間のような御簾(みす)が下げられた部屋が点在していた。 「戦闘をできるだけ避けたいから、僕としては部屋をスルーして先へ進みたいんですけど。多岐川さん、どうしますか?」 「私もそれがいいと思う。部屋の中にはほぼ確実に魔物が居るからな」  皆は部屋を無視して廊下を進むことにした。 「ピヨピヨとお姫様、周辺をよく見てくれな。上り階段を見逃さないように」 「了解よ」  小鳥の脚に負担がかからない程度の速度と、階段を探す為の慎重さ。四名はゆっくり進み過ぎたのかもしれない。  やがてカサ……カサ……と不穏な音が聞こえてきた。 「みんな、上よ!」  雫の声で見上げた天井。そこには人の顔を持つ巨大蜘蛛が七、八体張り付いていた。 「キャア!?」  異様な見た目の人蜘蛛に小鳥が(おび)えた。更に爬虫類と合成したかのような四つん這いの人間も、のそのそと廊下の奥から這い出してきた。前からだけじゃない。四名の背後からも。 「くそ、囲まれた!」  水島と多岐川が銃を発砲した。  魔物の一体一体は大した強さではない。問題は数だった。黒田達お宝発掘隊と同じ危機に四名は遭遇してしまった。 「畜生、もうすぐ弾切れだ!」 「全弾撃つな水島! 近接武器を使え!!」  遠距離攻撃が必要な場面が後に出てくるかもしれない。水島は多岐川の指示に従いハンドガンを腰のホルダーへ仕舞い、背中の槍を持って構えた。多岐川も(さや)から太刀を抜いた。  そう。お宝発掘隊が所持していなかったリーチの長い武器。これを持っていたが故に、四名は全滅の運命逃れられた。 「シズクさん、椎名さんすみません。ここからはお二人の力も借りることになります」 「覚悟の上ですよ、マコト」  薙刀を構えた雫は自分達を囲む魔物達を見据えたまま、小鳥を庇うように立った。 「椎名さん、あなたは私達が取りこぼした敵の始末をお願いするわ。その脚で前に出ちゃ駄目よ?」  水島が応急処置してくれた小鳥の右ふくらはぎ。包帯から血が滲んでいた。 「はい……!」  無茶をすればかえって皆の足を引っ張ることになる。迷宮探索に何度も参加している小鳥は素直に頷いた。 「オラァ!」 「はっ!」  水島と多岐川が積極的に魔物へ挑んだ。水島の槍先が何体もの爬虫類男を貫き、多岐川の刀が人蜘蛛達を斬り刻む。雫と小鳥とで、瀕死になった魔物へとどめを刺していった。 「まだ出てきます!」  覗かずに通り過ぎていた部屋の御簾を掻き分けて、新たな魔物が姿を現した。仄暗(ほのぐら)い迷宮内で際立つ、白い毛を持つ美しい中型犬だ。 「犬はヤベェぞ……」  犬は人間よりもよほど機敏に動く。優れた嗅覚と聴覚で何処までも追跡してくる。水島は自衛官時代に見た警備犬(軍用犬)を思い出していた。  時間がかかっても一つ一つ部屋を調べて、確実に魔物を倒してから先へ進む、藤宮の探索術は正しかったのだと窮地に追い込まれた四名は痛感した。 「少しでも通路の先へ進むんだ! 同じ場所に留まっていると袋のネズミになる!」 「くそったれが!」  水島が駆けた。そして鬼神の如き奮闘で、通路を塞いでいた蜘蛛達を次々に突き殺した。 「今の内だ、こっちへ早く!!」  水島に呼ばれて残り三名が走った。しかし────白い犬も走り寄っていた。狙われたのは怪我で瞬発力が落ちていた小鳥である。 「あああああ!!」  負傷していた右脚。同じ箇所へ白い犬が牙を沈めた。激痛で脳が痺れた。 「椎名さん!」 「……っ!」  犬に噛まれて倒れ込んだ小鳥。彼女の元へ誰よりも先に駆け付けたのは、先行していた水島であった。  水島の殺気を感じ取った犬は、小鳥の肉から口を離して水島へ飛び掛かった。狙ったのは彼の喉笛。しかし水島は左腕を首の前へ出し、そちらを犬に噛ませたのだった。 「水島!」  口さえ封じてしまえば犬は戦う術を無くす。水島は左腕に嚙み付く犬を強く強く、廊下の板へと叩き付けた。
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