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☆☆☆
桜妃女学院寮。
藤宮浩司は二階自室でトランシーバーを使い、学院警備室長の立川晃と交信していた。
部下の多岐川誠と生徒の椎名小鳥の死を、藤宮は己の悔いと共に上司へ告げた。
『多岐川が……』
トランシーバーの向こうで立川が落胆の表情を浮かべたと、離れた場所に居る藤宮は想像していた。藤宮もそうだが多岐川は、組織トップの立川が自らスカウトに出向いた人材なのだ。それ故に目を掛けられて期待値も高かった。
「……それとな立川さん、姫さんと水島が行方不明なんだ」
『何だと!?』
雫姫に仕える忍びの末裔である立川。彼は大いに憤った。
『どういうことだ藤宮! おまえ達は姫と行動を共にしていたのではなかったのか!?』
まず結果を伝えていた藤宮は、今度は過程を詳細に報告した。
落とし穴で雫、多岐川、水島、小鳥の四人と離れ離れになったこと。
別のルートを使って彼らを捜し、再会を果たした時には既に雫の姿が無く、多岐川が死亡しており、水島が錯乱状態。彼を制止する際に小鳥を誤射してしまったこと。そして水島が離隊したことを。
『……………………』
全てを聞かされた立川はしばし沈黙した。マイナス面での情報量が多過ぎる。さしもの室長も冷静さを取り戻すには時間がかかった。
「姫さんは誰よりも異変について詳しい。上手く立ち回って無事でいてくれるかもしれねぇ」
『ああ……。我が一族の者から救助隊を編成し、迷宮内へ派遣しよう。しかし、あの水島が……』
立川は呻くように言った。
『アイツは警備室の最年少者だが、誰よりも肝が据わった男だと思っていた。その水島が我を失うとはな……』
それについては藤宮も同感だった。今までどんな危機に際してもふてぶてしい態度だった水島。死を恐れていないようにすら見えた。
高月世良と交際することにより、良い方向へ水島が変わってくれればいいと思っていただけに、今回の件は残念でならなかった。
☆☆☆
既に時計の針は21時を回っていた。
玄関ホール。世良はトイレ以外は食事もせずに、ここに座ってひたすら水島と雫の帰りを待っていた。
「水分くらい摂った方がいいよ」
笹川がホットミルクティーを淹れたカップを二つ持って、世良の隣へ座った。
「笹川さん、私に付き合う必要はありません。どうぞお部屋で休んで下さい」
「大丈夫。俺は夜間警備でどうせ起きてなきゃならないから。それに俺も水島を待ちたいんだよ」
「あっ……、そうですよね」
笹川にとって水島は後輩なのだ。心配して当然だろう。
世良は差し入れてもらったミルクティーに口を付けた。温かく甘い。気持ちが少し落ち着いたようだ。
「あの……コハルさんって、職場ではどんな感じなんですか?」
黙って待つと不安ばかり募る。世良は笹川に話し相手になってもらうことにした。
「水島は……なかなか本音を見せてくれないタイプだね。明るく話し掛けてくれるけど、実は警戒心が半端なく強い」
「あぁ~……そうかも」
世良は最初、水島が苦手だった。笑顔だが何を考えているか判らない不気味な相手だったのだ。
「でもアイツが人に心を許せない気持ちは理解できる。俺と育った家庭環境が似ているから」
「………………」
「水島がどう育ったか、聞いた?」
「……はい。医師のご両親が海外で働かれていたので、叔父さん夫婦に育てられたと。でも……虐待されたから、暴力でやり返したって」
「そこまでアイツ話したか。キミのことを信頼しているんだね」
笹川はそう言ってくれたが世良は自分を責めていた。本当に信頼関係が築けていたのなら、水島は世良の元に留まってくれただろうから。
「俺も虐待家庭で育ったんだ。父親が原因なんだけどさ、不倫して相手を妊娠させちゃったんだよ。でもプライドの高い母親は離婚を頑なに拒んだ。向こうの子供を私生児にしてやるって」
妊娠問題は世良にとって他人事ではなかった。水島とずっと避妊無しのセックスをしているが、自分達は大丈夫なのだろうか…?
「そんな風に母が抵抗しても父の心は戻らなかった。籍は入れられなかったけど不倫相手の子供を認知して、向こうで家庭を築いちゃったんだ」
「お母様……気の毒に……」
「うん。俺もそう思ってさ、八つ当たりから始まった母の暴力に耐えてきた。でもそのうち我慢できなくなって、小学校高学年の頃から家出を繰り返すようになったんだ」
暗い話であるのに、笹川は笑った。
「それで夜の街をうろついていたガキの俺を、最初に補導したのが当時警察官だった黒田さん」
黒田のことを笹川は嬉しそうに語った。
「黒田さんにさ、初めて会った時に熊みたいって思わなかった?」
「正直、思いました」
「だよな! でも実は有名大卒のキャリア組だったんだよ。あの見た目でインテリなの。不器用な熱血漢でさ、政治家や資産家と癒着する一部の上官達に反発して、エリートコースから外れちゃったんだ」
世良は亡き黒田のことを想い返した。彼と接した期間は短かったが、豪快に笑う温かい人柄だと感じていた。
「俺の身体が大きくなるにつれて、母の虐待は暴力から無視に切り替わった。親に放置される俺を黒田さんは何かと気に掛けてくれた。警察組織の体制にうんざりして学院警備室へ転職する際、あの人は俺にも声を掛けてくれたんだ」
「黒田さんは笹川さんにとって恩人……、ヒーローだったんですね」
率直な感想を世良が述べ、笹川はゆっくり頷いた。
「そう。だから俺は迷宮へ……」
ドンドンドンッ!
突如、けたたましく玄関扉が叩かれた。世良と笹川は不意を突かれて身体をビクッと震わせたが、夜間警備の為に銃を所持していた笹川がホルダーから抜いた。
全員が寮に揃っているのなら魔物の襲来だ。しかし今は水島と雫の帰りを待っている状態だった。
ドンドンドンドンドンドン!
再び強く叩かれた扉へ向かって笹川が怒鳴った。
「誰だ! そこで名乗れ!!」
扉を叩く音がやみ、代わりに人の声で返答が有った。
『平家惣領、清盛公に仕えし一族の者、トウヤ! 雫姫をお連れした!』
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