138人が本棚に入れています
本棚に追加
世良と笹川は顔を見合わせた。
「トウヤって……、俺達が地下三階で遭遇した忍者の少年か?」
曲芸師のように身が軽く、世良を姫と呼び、黒田のショットガンの弾を腕に受けて撤退した少年だ。
「私が扉を開けます。笹川さんはそこで銃を構えていて下さい」
「了解だ。銃の軌道に入らないように、キミは扉と共に横へずれるんだよ?」
世良と笹川は小声で指示を出し合った。
世良は片手に槍を持ったまま開錠し、笹川に言われた通り扉を開けて横へ退いた。
「!」
開いた玄関口には、ぐったりした雫を両手で抱えた黒衣の少年が立っていた。灯夜だ。腕は綺麗に治っている。
警戒は解けなかったが、雫の具合が気になった世良が灯夜に尋ねた。
「……姫様はどうしたんですか?」
灯夜は武器を持つ少女へ普通に答えた。
『魔物の気に当てられた。力も消耗されている』
そして彼は世良の顔をマジマジと見た。
『姫と言うよりも公達と呼ぶに相応しい凛とした面。そなたのことは覚えているぞ』
高貴な身分の青年を指す「公達」の意味が世良には判らなかったが、何となく「男みたい」と言われていると感じた。慣れているので今更だったが、死者にまでそう見られるとは思わなかった。
『そなたは雫姫の力を託され、新たな姫と成ったのではなかったのか? 以前感知した力が消えている』
「あっ、姫の巫女は私ではなく桜木先輩に代わったんです。だから」
『?……。別の者が姫と成ったのか? その者を連れてきてくれ。姫様の乱れた気が安定する』
そうだ。同調した巫女と離れると雫は力が弱まるのだった。世良は笹川を振り返った。
「先輩を呼んでもいいでしょうか?」
「……彼からは殺気を感じないし、言葉も通じている。俺がここで見張っているから生徒会長を呼んできてくれ。藤宮さんも一緒に」
「こうすれば二階まで音が届きます!」
世良は槍を壁に立て掛け、灯夜の横をすり抜けて外から玄関チャイムを鳴らした。武器を手放し、迂闊に相手へ接近した世良に笹川はヒヤリとしたが、灯夜は鳴り響くチャイム音を不思議そうに聞いているだけだった。
ピンポーン♪ ピンポーン♪
連続で鳴らしていると、二階から藤宮と詩音が降りてきた。
「お、おい、これはいったいどういうことだ……?」
「シズク様!」
意外過ぎる訪問者を見て藤宮が愕然とし、詩音は雫を抱いた灯夜の元へ駆け寄った。
布でくるまれた雫は青い顔をしていた。詩音の指先が気遣うように雫の頬に触れた。その瞬間、柔らかい光が詩音から雫へと流れた。
「…………ん」
雫の瞼がピクリと動いた。
「シズク様!」
「……あ、シオ……ン」
目覚めた雫は灯夜の腕の中で顔を動かし、周囲を見渡した。
「ここは学院寮……? そう、帰ってこられたのね……」
そして男達へ言った。
「藤宮隊長、笹川さん、彼は敵ではありません。ヤスフミに拘束された私を救い出してくれたのです。トウヤ、ここに居る皆さんは私の協力者です。敵対してはいけません」
『姫様の仰せの通りに』
即座に灯夜は応えた。雫に絶対服従を誓っている模様だ。そのやり取りを見た笹川が漸く銃を下ろした。
世良が灯夜の後ろで扉を閉めて鍵を掛けたので、一時的かもしれないが灯夜はこちら側の人間となった。
『寝所は在るか? 姫様には休息が必要だ』
「あっ、はい。シズク様のお部屋へ案内します」
「あっ……待って、ここは土足厳禁だ」
履き物のまま床へ上がろうとした灯夜へ、思わず笹川が注意を飛ばした。昨日みんなで大掃除をしたばかりなのである。
紐で何重にも縛られている灯夜の履物は脱ぎづらそうだったので、世良が濡れ雑巾を持ってきて灯夜の前に敷いた。簡易足ふきマットだ。そこで灯夜は足裏の汚れを拭って今度こそ床へ上がった。
雫の体重が二十キロ程度だとしても、ずっと彼女を抱きっ放しの灯夜は相当な筋力の持ち主だと推測された。二階への階段も悠々と昇っていった。
「ありがとう、トウヤ」
廊下奥の雫の自室へ入り、灯夜は己の主をそっとベッドへ寝かせた。
「シズク様、何か飲んだり食べたりなさいますか?」
「大丈夫よシオン。巫女のあなたが触れてくれたおかげでだいぶ良くなった」
あの一瞬の間に力の譲渡が有ったのか、雫の血色が良くなっていた。
皆は安堵した。行方不明だった内の一人、雫が無事に戻ってきてくれたのだ。水島ともきっと再会できる。そんな希望が生まれた。
「なぁ姫さん、教えてくれるか?」
ずっと後方で様子を窺っていた藤宮が前へ出た。
「俺達と別れた後、あんたらの間に何が遭った? 俺達が到着した時、水島が椎名の頭に銃を突き付けていたんだ。そして……多岐川はどうして死んだんだ?」
多岐川の名前が出たことで雫が顔を強張らせた。
「すまねぇ。酷な事を聞いているのは解ってる。でも俺達は知らなきゃならねぇんだ」
「ええ……。私も解っています。大丈夫……」
雫は目に力を入れた。泣くことを堪えているのだ。
「……あの後、水島さんと椎名さんはどうなりました?」
逆に質問されて藤宮は困った。だが雫だって知らなくてはならない。藤宮は真実を告げた。
「椎名は死亡した。俺の撃った弾が彼女に当たった」
「なっ! 椎名さんまで亡くなったのですか!? 藤宮隊長が撃ったとは……?」
笹川が横から補足した。
「藤宮さんは椎名さんを殺そうとした訳じゃない。あれは事故だったんだ。水島が正気を失っていて、警備隊員同士で銃撃戦になったんだよ。そこに椎名さんが飛び出してきた。水島を庇う為にね。水島の弾も彼女に当たってる」
「椎名さんが……水島さんを庇った……?」
世良が自分の身体を両手で抱くようにして、震え声で言葉を紡いだ。
「コトリちゃんは……コハルさんのことを好きだったんです」
「えっ!? そうだったの!?」
驚く詩音。世良は続けた。
「恋愛感情ではなく、兄妹愛とか、それに近い感じだと思います。二人は否定していたけれど相性が良かった。顔を合わせれば喧嘩ばかりだったけど、どこかいつも楽しそうで……」
「あ……それは有るかも……」
世良の瞳に再び涙が滲んだ。
「コハルさんもきっと、内面ではコトリちゃんが好きだった。潔いって彼女のことを褒めていたし。だから……彼女の死を認められなくて、あんな風になってしまったんです」
「………………」
詩音、藤宮、笹川は腑に落ちた。狂ったように叫び続けていた水島。あれは自分が殺した小鳥の死を嘆いていたのだ。
最初のコメントを投稿しよう!