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☆☆☆
一夜明けた6月24日。
朝8時。喉が渇いた世良は一階の台所へ降りた。そこには寝起きと思われるボサボサ頭の藤宮が居て、冷蔵庫から牛乳を出しているところだった。
「おはよう高月。おまえさんも飲むか?」
「あ、はい。頂きます」
世良は棚から二つコップを取り、藤宮から牛乳を注いでもらった。
藤宮はグイッと一気に、世良はチビチビと水分を身体に補給した。
「少しは眠れたか?」
「……それが、全然。ずっとベッドに横になっていたので身体は楽になりましたが」
「そうか……。ま、迷宮へ向かうのは夕方以降だからな。これから寝たらいいさ」
「はい……」
水島が自力で帰ってくるのではないか。いや迷宮奥で魔物に襲われているのではないか。期待と悪い想像が交互に脳を興奮させ、世良は眠りに落ちることが出来ずに朝を迎えてしまった。
ピンポーン♪
そんな時だった。玄関チャイムが鳴ったのは。
藤宮と世良は顔を見合わせてから、駆け足に近い速度で玄関ホールへ向かった。
「誰だ!?」
「俺だ。開けてくれ」
藤宮の問い掛けに答えたのは落ち着いた男性の声だった。
扉を開けた向こうには先日会ったばかりの立川室長、中年男性二人と、寮の清掃を手伝ってくれた若い男性が一人居た。全員が大きく頑丈そうなケースを持っていた。銃が入っているのだろうなと世良は推測した。
「……酷い頭だな、藤宮」
「さっき起きたんだよ。立川さん達は水島の捜索に?」
「そうだ。これから迷宮へ潜る」
「ありがてぇ! こんなに早く来てくれるとは思わなかった!」
藤宮が歓喜の声を上げた。世良も嬉しかった。
「行方不明者の捜索は七十二時間以内が鉄則だからな。水島は食糧を携帯していたのか?」
「飲むゼリーを一個と、キャラメルは必ず毎回持っていくように言ってある」
「よし。派手に動き回らなければ、すぐに脱水症状となることは無さそうだな」
メンバーは全員が室長と同じ一族の者らしいが、中年二人は川原、堤と世良に名乗った。他の者に親族だと思わせない為の偽装らしい。その為に妻側の名字にしたのだとか。
若い男だけが立川姓で下の名を響と言った。室長の実子だ。
「室長まで来てくれるとはな。理事会の監視はいいのか?」
「現在、五月雨姉妹の件で桜木理事が糾弾されているが……、大混乱とならないように式守理事が目を光らせてくれている」
「式守理事が?」
自分のスポンサーの名前が出たので世良が興味を示した。立川は世良へ優しい眼差しを向けた。
「式守理事はキミ達を桜妃へ送り込んだことを後悔している。雫姫伝説については親から聞き伝えられていたが、本人は半信半疑だったそうだ。本当に異世界と学院が繋がり、生徒が迷宮に入ってしまうとは思っていなかったと」
「じゃあ、式守理事は私達を生贄にしようとは考えていなかったんですね?」
「ああ。藤宮隊の寮への常駐が決まってから、理事の方から私へ何度もコンタクトが有った。生徒達のバックアップの手伝いをしたいと」
立川が苦笑した。
「私は簡単に人を信用できる人間ではないのでね、理事の申し出に裏が無いか彼の身辺を調べさせてもらった」
「それで……どうでした?」
「理事には特に怪しい動きが見えなかったよ。純粋に生徒を想っての行動だと私は判断し、彼の息が掛かった三枝医師の派遣を受け入れた」
「あ……三枝先生は、式守理事に頼まれて寮へ来て下さったんですか」
三枝は亡くなるまでずっと生徒と警備隊員の為に働いてくれた。敵だと思っていた理事の中にも、自分達を護ろうとしている人物が居る。それは世良にとってとても嬉しい驚きだった。
「藤宮、迷宮の地図は有るか?」
「ああ。取ってくるからここで出動準備して待っててくれ」
立川達はホールへ上がって床に座った。ケースの中から己の武器を取り出して状態を念入りにチェックした。中身はやはり銃であった。
ハンドガンの他に室長がショットガン、川原と堤がライフル銃、響に至っては9㎜機関拳銃(サブマシンガン)を装備していた。
もはや世良は恐ろしいとは思わず、強力な武器を頼もしいと感じていた。
「藤宮?」
戻ってきた藤宮は、自身も戦闘服を着こんでいた。手にはショットガン、背中には水島が使っていた黒い柄の槍を紐で括っている。
「俺も行く。アンタらは今日が迷宮初日だ。案内役が居た方がいいだろう?」
「でしたら私も!」
即座に志願した世良を藤宮が睨んだ。
「馬鹿野郎、睡眠を取ってないヤツを連れていけるか。おまえがすべきことはとにかく寝て、夜の捜索に備えることだ」
「夜も行くんですね?」
「ああ。水島が魔物の少なくなったエリアへ逃れていることを想定して、今から俺達は校舎内、それから迷宮の地下一階と二階を回ってくる。一旦休憩で寮へ戻ってくるから、夜になったら強力な助っ人であるトウヤさんを加えて、迷宮の奥をおまえも一緒に探ろう」
「藤宮、そのトウヤ様についてなんだが……」
立川が口を挟んだ。灯夜が雫を連れてきたことは藤宮によって既に報告されていた。
「本当に我らのご先祖様が寮にいらっしゃるのか? ぜひご挨拶をしておきたい」
「それは陽が落ちるまで待ってくれ。直接日光を浴びなければ消滅することは無いそうだが、遮光カーテンを閉めた室内でも身体がダルイそうでな、トウヤさんは昼間は寝て過ごすとさ」
雫は巫女と同調し、寮長に化けた魔物は奏子の生きた細胞をバリアとした。生者の力を借りなければ、遥か昔の死者は太陽の下での活動が制限されてしまうのだ。
「了解した。みんな準備はいいな? 迷宮へ向かうぞ!」
立川の号令を受けて男達は立ち上がった。年若い響が少し緊張した面持ちだったが、彼らは室長が厳選した凄腕の猛者達なのだろう。
世良はその活躍を大いに期待し、そして全員の無事を祈って男達の背を見送ったのであった。
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