闇を照らすともしび

6/6
前へ
/220ページ
次へ
☆☆☆  世良が目覚めたのは13時10分を過ぎた頃だった。携帯電話で時刻を確認して眠れたのだと彼女は喜んだ。  立川達を見送った後にホールで刀の素振りをして程良く肉体を疲労させ、その後にシャワールームの小さな浴槽で久し振りにお湯へ浸かったことが功を奏した。寝起きの彼女は心身ともに軽くなっていた。 (これなら夜の捜索に連れていってもらえる。もしかしたら私が寝ている間に、室長さん達がもうコハルさんを連れ戻してくれたかも)  淡い期待を抱いて世良は階下へ降りた。一階はシンとしており捜索隊が戻った気配が無い。  少しだけ気落ちしたが、世良はすぐに背筋を伸ばした。  大丈夫。待っていられる限りはまだ希望を持てる。小鳥と多岐川に関してはどんなに嘆いても待ち続けても、二度と二人が帰ってくることは無いのだ。それに比べたら。 「桜木先輩」 「あら、高月さんもご飯?」  何か腹に入れておこうと台所へ向かうと先客が居た。汗を掻いて首にフェイスタオルを巻いた詩音だ。運動部の部活後のような佇まいだった、  世良の不思議そうな顔を見た詩音は笑って(こた)えた。 「さっきまでね、合鍵を使ってグラウンドに出ていたんだ。悪いけど樹を(まと)にさせてもらって弓を()ってたんだよ。……あ、もちろんシズク様の墓標は傷付けてないよ?」  迷宮で見つけた扱いが難しいとされる和弓。中学時代まで弓道をやっていた詩音が使えるよう、練習すると言っていたことを世良は思い出した。 「手ごたえはどうでした?」 「うん……勘が戻ってきてイイ感じ! 付け焼き刃の薙刀(なぎなた)よりも、私はこっちの方が役に立てるかも」 「そうですね。先輩は柔術で接近戦はもう充分に強いのだから、遠距離攻撃の方を強化した方がいいかもしれませんね」 「私もそう思ったんだよ。警備隊員さん達の銃は強力だけどよく弾切れを起こすじゃない? その時に私がフォロー出来たらって」  魔物だけではなく家族とも戦わなければならないのに、詩音の瞳は強く輝き前を向いていた。人の顔色を窺いオドオドしていた少女は完全に居なくなった。 「あの……先輩、どうぞ私のことはセラと下の名前で、これからは呼び捨てにして下さい」  詩音から「高月さん」と他人行儀に呼ばれることを、いつの間にか世良は嫌だと感じるようになっていた。 「え、いいの?」 「はい。」  何となく意味深な言い方になってしまい世良は照れた。 「じゃあ…………セラ」  詩音も呼び慣れていなかったので照れた。二人して頬を赤く染めて気まずくなってしまった。 「あの、高つ……セラ、私のことも呼び捨てにしていいよ?」 「いや、それは駄目でしょう」  即座に否定した世良へ詩音は赤い頬を膨らませた。リスのようで可愛いと世良は思った。小鳥もこんな表情をよくしていたな。主に水島へ向けて。 「何で駄目なのよ」 「先輩ですもん」 「真面目過ぎ……。じゃあせめて、下の名前に先輩を付けて」 「ええと……シオン先輩?」  声に出してみて世良はまた照れてしまった。呼ばれた詩音もだ。  そんな初々しい甘い空気をピンポーン♪と鳴った玄関チャイムが一掃した。  二人で玄関ホールへ行くと笹川も寮母室から出てきた。 「誰だろう……」  詩音と笹川は藤宮が立川室長達と出掛けたことを知らないのだ。世良が扉の向こうへ大きな声で呼び掛けた。 「室長さん達ですか?」 「そうだ」  鍵を持っていかなかった彼らの為、世良が開錠した。 「室長。藤宮さんに響、先輩達も……?」  帰ってきたみんなを見て笹川がポカンとした。世良が説明した。 「皆さんはコハルさんを捜しに、朝早くから迷宮へ潜って下さったんです。今まで、五時間も」 「そうなのか? だったら俺にも声を掛けてくれたら良かったのに」 「ばーか、おまえは夜勤明けで寝入ったばっかだったろうが」  藤宮を筆頭に、ブーツを脱いだ戦士達が床へ上がった。 「……コハルさんは見つかりましたか?」 「いや、地下三階まで見たんだが水島は居なかった」  明らかに落胆の表情を浮かべた世良を立川が(さと)した。 「悲観するな。私達は夜の捜索にも参加する。まだ水島生存の時間的猶予は充分に有る」 「立川さん、残ってくれるのか?」 「ああ。しかし入ってみて判ったが、迷宮は地下三階以外は通路が広くないな。全員で行けば動きが殺されてしまう」 「そうなんだよなぁ。かといって少人数じゃ強い敵に太刀打ち出来ねぇし」 「チーム分けをしよう。川原、堤、響が組んで地下一階と地下二階をもう一度徹底的に捜せ。残りの者が地下四階から下を担当する」 「了解」  妥当な組み分けだと皆は思った。まだ迷宮に不慣れな隊員達が迷宮深部に挑むのは無謀だ。室長である立川は来るつもりだが、海外の紛争地域で傭兵をしていた彼なら危険なエリアにも適応できるだろう。  視界が悪く奇襲を受けやすい湿った地下三階は、負傷した水島が潜むには適していないと候補から除外された。 「何か食った後、夜まで仮眠を取りたいな」 「レクレーションルームのソファーでも、二階の空き部屋でも好きに使ってくれ。いいよな? 生徒会長」 「もちろんです。リネン室から清潔な寝具を持ち出して下さい。それと男性の人数が増えたので、シャワールームも好きな時間に使って結構です。セラ、厚紙で男子入浴中と女子入浴中の札を作ろう。札が脱衣室のドアノブに掛かっている間は、異性の立ち入り禁止というルールにしましょう」 「男子ね……」  中年男達が苦笑いした。 「トイレだけ二階は女子専用でお願いします。あとはご自由になさって下さい」 「よし、19時に戦闘準備をしてここへ集合。それまでは各々好きに時間を過ごせ」  解散の合図と共に戦士達はそれぞれ散った。勝負は夜の捜索だ。
/220ページ

最初のコメントを投稿しよう!

138人が本棚に入れています
本棚に追加