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それからしばし待ったが余震の気配が無かったので、バレーボールの決勝戦が再開された。激戦の末、二年二組A班が三年一組B班を破って勝利した。バスケに続いて、二年生チームがバレーでも優勝することになった。
「……くだらない!」
試合を観ていた桐生茜が不機嫌オーラ全開で吐き捨てた。すかさず彼女の取り巻き達が追随する。
「二年生は上級生を立てるってことを知らないのかしら?」
「本当よね」
その光景を世良は冷めた目で眺めていた。インターハイ常連の彼女には、勝負事で手を抜くという感覚が理解できないのだ。たとえ結果が成績表に反映されない校内球技大会であったとしても。
ちなみに桐生茜も中々の運動神経の持ち主だが、彼女が率いたバスケットボールチームは、世良のチームに二回戦で当たり敗北を喫していた。
「これで一学期の球技大会を終了とします。みんなお疲れ様、汗を流していらっしゃい。15時から講堂で行われる生誕祭は全員必ず出席ですよ。遅れないように!」
桜妃学院の球技大会には表彰式が無い。優勝してもその場で喜んで終わりである。拡声器を使った体育教師から終了宣言をされて、出入口付近に居た生徒達はぞろぞろと体育館から出て行った。
「セラ、私達も早く行こ。シャワー室が行列になっちゃうよ」
杏奈に急かされた世良は、地震の後もずっと横で観戦していた詩音に声を掛けた。
「桜木先輩も一緒に行きませんか?」
「あ……私は午前中にシャワー済ませたから。私が入ったチーム、一回戦で敗退しちゃったのよ」
体操着姿の世良や杏奈と違い、詩音は既に制服を着ていた。
「言われてみるとそうですね、シャンプーの良い香りがします」
「えっ……? あ、ありがとう」
俯いた詩音を不思議に思い、尚も声を掛けようとした世良の腕を杏奈が引っ張った。
「はい行くよー。先輩、お先に失礼しまーす」
杏奈に強引に体育館の外まで連れ出された世良は抗議した。
「ちょっと何? 先輩と話してる途中だったのに!」
「ばぁか! 見た目完全に男のアンタが、女のコの髪の匂いを嗅いじゃ駄目でしょーよ!」
「何だよそれ……」
王子様の自覚が無い世良は腑に落ちなかった。
更にもう一つ、校庭の隅で咲き誇る桜の大樹を渡り廊下から眺めて困惑した。
「あの樹、もう6月だってのにまだ花を付けてる……。他の桜は4月の初めに散ってしまったよね?」
「あの樹だけ長持ちする別の品種なんじゃない? そんなことよりシャワーだよ!」
「うん……」
不自然な美しさを保つ一本の樹。世良はそれに感動することができず、何とも言えない不気味さを感じていた。
☆☆☆
15時。講堂では予定通りに雫姫生誕祭が執り行われた。
今年は百年毎の節目に当たる年らしく、世良が初めて参加した去年の式典よりも豪華で、そして校長や理事達の講話と祝辞がクドクドと長かった。
雫と言うのは平家の一族に生まれた、位の高い女性なのだそうだ。
全盛期は都で貴族さながらに振る舞い、この世の春を謳歌していた平氏であったが、東国武士である源氏との戦いに敗れて没落してしまう。歴史本や歌舞伎の題材で有名な源平合戦だ。
主だった平氏の者は討ち死にや自害で果てたが、雫姫は僅かな家臣と共にこの地まで落ち延びてきたらしい。
しかし過酷な逃亡生活がたたり雫姫は若くして死去。嘆いた家臣らの手によって葬られた彼女は、やがてこの土地の守り神となった。
学院の理事達は雫姫に仕えていた家臣の子孫だ。彼らは様々な事業で成功していて、それら全ては雫姫から恩恵を賜ったおかげだと主張する。ここで学ぶ生徒の皆も、雫姫への感謝と祈りを忘れないようにと。
つまり桜妃は、雫姫を神と崇める宗教学院であるのだ。
無神論者である世良にとって講話はいい迷惑でしかなかった。ただただ眠い。
「……セラ、終わったよ。二年生退場だから、起きて」
後ろの席の杏奈に肩を軽く叩かれた世良は、自分が実際に眠っていて席で舟を漕いでいたことを知った。慌てたが、眠っていたおかげで後半すっ飛ばせて密かにラッキーとも思ってしまった。
クラスメイトと共に講堂を後にした世良は、エントランスホールにできた人垣に目を止めた。
中心には先に退場した三年生の桐生茜と学院には珍しい若い男性が居て、彼らを数十人の生徒達が遠巻きに眺めていた。
「あのお兄さん、誰?」
世良は顔の広い杏奈に質問した。しかし杏奈にも心当たりが無いようだった。
「判んない。けっこうイケメンだよね。もしかして先輩の恋人……とか?」
そんな雰囲気が合った。男性に接する茜は普段とは違う、甘えた口調で話していた。
「!」
ところが世良と目が合った途端に、茜は片眉を吊り上げた挑戦的な表情に変わった。嫌な予感がした世良はその場を立ち去ろうとしたが、
「お待ちなさい、高月セラ! こちらへいらっしゃい!」
茜のよく通る声で呼び止められてしまった。先輩を無視する訳にはいかなかった世良は、仕方無く茜と男性の元へ歩を進めた。周りに居た生徒達が左右に分かれて道を造ってくれた。
「……何でしょう、桐生先輩」
茜はフンっと鼻を鳴らして、得意げに隣の男性を手で指し示した。
「紹介してあげるわ。私の兄の清吾よ。大学生なの」
「桐生セイゴだ、よろしく。今日は雫姫の生誕100周年記念として、父の供をして学院にお邪魔した」
清吾も来賓の一人であった。来賓席に興味が無かった世良や杏奈は彼を見落としていたのだ。
スマートにお辞儀をして見せた清吾に生徒達が色めき立った。
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