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「はぁ、どうもご丁寧に。高月と申します。先輩のお兄さんでしたか」
「ちょっと何よ、その間の抜けた返しは!」
茜は世良が思った通りの反応をしなかったので苛立った。清吾を見て頬を染める他の女生徒のようになったら、ここぞとばかりに笑ってやるつもりだったのだ。
「アンタお兄様を見て何とも思わないの? 何も感じないの!?」
「何を……って?」
「カッコイイとか照れ臭いとか無いの? 学院に居ると周りは女ばっかりなんだから、若い男は新鮮でしょう?」
ずいぶんとあからさまな物言いだった。清吾が苦笑いしていた。
「いや私……陸上の大会に出た時は、ほとんどレオタードみたいなユニフォーム着て、顔見知りの男性選手と会話したりするんで。今さら異性に会っただけで照れるとか無いですね」
風の抵抗を減らす為に、短距離走のユニフォームは肌の露出が多い上に、身体にぴっちり張り付く仕様になっている。
「な、な、アンタって……」
「すみません、他のみんなみたいに箱入り娘じゃなくて。それであの~……、今週食事当番なもんで、夕飯の支度をしに早く寮に戻りたいんですよね。今日は生誕祭で遅くなっちゃったし。もう行ってもいいですか?」
茜は目を剝いたが清吾が噴き出した。
「ぷっ……ははは! すまなかったね高月さん、行っていいよ」
「お兄様!?」
「肝の据わったコだ、なるほどアカネ、おまえの最大のライバルになりそうだね」
「……ええ。彼女が一番の注意人物よ」
兄妹の会話の意味が判らなかったが、行ってもいいと言われたので世良はそそくさと退散した。その背中に清吾は別れの言葉を投げ掛けた。
「会えるのならまた会おう。キミが素晴らしい明日を迎えられますように」
☆☆☆
消灯時刻の23時。寮の自室ベッドへ潜り込んだ世良は、今日は失敗したな~と、一日を振り返っていた。
6時から8時まで日課である陸上の早朝トレーニングをこなした。いつもならその後に通常授業が行われるので、急いでシャワーを浴びて身綺麗にするのだが、今日は球技大会だからと着替えもせずそのまま過ごしてしまった。
つまり世良は朝からずっと汗臭かったはずなのである。
(桜木先輩……何度か微妙な表情をしてた。あれって私が匂ってたのかな? 汚い身体で近付いて、先輩に悪いことしちゃったなぁ)
世良は見当違いの反省をしながらベッドの上で何度も寝返りを打った。
「あれ、セラ、まだ起きてるの?」
同室の杏奈が寝苦しそうにしている世良に声を掛けた。寮は基本二人部屋で、杏奈は一年生の頃から世良のルームメイトだ。
「子供並みに寝つきの良いアンタにしちゃ珍しいじゃん」
「今日は生誕祭で放課後のトレーニングができなかったから、身体がまだまだ元気なんだよ」
「へ? その分を球技大会で発散したっしょ? まだ足りないの?」
「全然足りない」
やっぱりコイツは化け物だと再認識した杏奈は、体力馬鹿にかねてからの疑問をぶつけた。
「セラはさぁ、スポーツ特待生だから走ることが仕事みたいなもんだけど、他にもやってみたいって思うこと有る? ……たとえば恋とか」
「してるし」
「はぁ!?」
意外過ぎる答えが返ってきて杏奈は思わず大声を出してしまった。いけない、隣室のクラスメイトの睡眠を妨げる。
杏奈は声を潜めた。
「……あ、相手は誰……?」
「ウルトラマン」
「……は?」
「ウルトラマン」
「いや、聞こえてる。ウルトラマンみたいに強い人ってこと?」
「違う、ウルトラマンご本人。宇宙人なのに地球の危機を救おうとしてくれて、尚且つ正体を明かさない奥ゆかしさ、彼って究極の紳士じゃない!?」
世良にしては珍しく声が弾んでいた。これは本物だと判断した杏奈は脱力した。幼児ならともかく、17歳の女子高生が未だにウルトラマンに恋をしているってどうよ?
「紳士ならさぁ、今日会った桐生先輩のお兄さん……セイゴさんだっけ? 彼も素敵だったよ」
「そう? スカしてなかった?」
「そりゃお金持ちのお坊ちゃんだろうから……。でもアンタが失礼な態度取っても笑って許してくれたじゃん」
「失礼な態度なんて取ってない。敬語使ったし。桐生先輩が勝手に怒ってただけ」
「ああ、そうね。まぁそうね……」
あの時の世良は遠回しに、清吾には全く興味が無いです、魅力を感じませんと、兄妹の前で示してしまったようなものなのだが。しかしそこを指摘しても世良は理解できないだろうなと、杏奈は相棒を諭すことを放棄した。
「ウルトラマンってさぁ、すっごく強いのに三分間しか戦えないって弱点有るじゃない? そこがまた母性本能をくすぐるんだよね」
「そっか。そりゃ惚れるわ。おやすみ」
「何だよアンナ、自分から聞いてきておいて」
「それは悪かった。心から反省してる。おやすみ」
「反省って言えば私、今日さぁ……」
世良が言い掛けたところで、ベッドがカタカタと揺れ出した。
「…………っ!」
揺れは大きくなっていき、床と天井が軋む音を立て始めた。
「また地震!? 昼間より大きいよ!」
勉強机の上の小物が床に落ち、壁に留めていたコルクボードが激しく揺さぶられて、壁に何度も強烈なノックをした。この頃にはベッドの上で身体が跳ねる程になっていた。
「ひっ……ヤダ、ヤダヤダ」
「アンナ、布団を頭まで被れ! 身体を小さくしな!!」
壁や扉の向こうから悲鳴が上がっていた。眠っていた生徒達も異変で叩き起こされたのだ。
ドオォォォォン!!!!!!
頭に響く轟音を響かせて、最大の揺れが桜妃女学院を襲った。
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